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2016年2月2日火曜日

今さら聞けない中国軍の接近阻止/領域拒否(A2/AD)

最近の日本の安全保障に関する研究者、自衛官の間では、中国軍が「積極防衛」という基本方針に従って、「接近阻止/領域拒否」(英語でA2/ADと略されることもあります)の能力を強化しており、このことが北東アジア地域における米国の抑止力を低下させる恐れがあるという状況判断が、議論の前提として広く共有されつつあります。

しかしながら、このような議論は依然として国民の間で共有されているとは言い難い状況が続いていると思います。
その背景には米国での議論を日本に持ち込む際に「A2/AD」というペンタゴン用語、つまり国防の関係者以外には理解し難い用語が十分に日本国内で理解されておらず、また理解を広げる取り組みが専門家の側でまだまだ不足している事情が関係していると思います。

今回は、改めて中国軍が重視する接近阻止/領域拒否が何を目指すものであり、それが日本や米国にどのような影響を及ぼすものであるのかを基礎から説明したいと思います。

接近阻止/領域拒否の基本的な考え方
この記事ではMcDevittの研究に沿って説明してみたいと思います。
そもそも接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial)という用語が米国国防総省の公文書で最初に使用されたのは2001年度四カ年防衛評価(Quadrennial Defense Review)であり、当時この用語は台湾有事で米軍が介入してくることを防止するための中国軍の取り組みを特徴付けるために用いられていました(McDevitt 2011: 191)。

接近阻止/領域拒否の基本的な考え方はそれほど複雑なものではありません。
要するに中国軍が作戦を開始した際に、その作戦地域に米軍が部隊を送り込んでくる事態を防ぐため、努めて遠方で米軍の部隊を撃破し、中国軍の作戦地域には進出させないという構想です(Ibid.)。

このような構想を中国軍が実現することができれば、軍事力で圧倒的に優勢な米軍が北東アジア情勢に介入してくることを妨げることができるため、中国はこの地域で対外政策をより遂行しやすくなると期待されます。

接近阻止/領域拒否は一つの概念として議論されることも少なくありませんが、McDevittの研究によると、異なる意味を持っている用語です。

つまり接近阻止は沖縄の嘉手納基地に配備された米空軍の戦闘機が台湾有事に出動することを防止することを念頭に置いたものなのですが、領域拒否はより遠方から接近する空母機動群(1隻以上の空母を中心とした戦闘部隊)が進出することを拒否するためのものといえます(Ibid.)。
中国の接近阻止/領域拒否で影響を受ける地域を図上で示したもの。
第一列島線は九州南端から南西諸島、台湾、フィリピンに沿って展開されており、東シナ海、南シナ海を中国の防衛圏としている。第二列島線は東京湾を起点にマリアナ諸島、グアム、ミクロネシア、パラオに沿って展開されており、フィリピン海を中国の防衛圏として組み入れる構想であることが分かる。
(Ibid.: 201)
ここで注目して頂きたいのは、接近阻止/領域拒否が中国の立場で見れば防御的性格を持っていますが、日本、台湾、フィリピンなどから見れば攻撃的性格を持っているという点です。特に台湾に向けられる軍事的圧力は地域の安定にとって深刻なレベルとなると考えられます。

もちろん、台湾有事だけでなく、尖閣諸島や南シナ海など中国が死活的利益と見なす問題に関しても、この接近阻止/領域拒否の構想は適応可能です。この点に関してMcDevittは次のように説明しています。
「接近阻止の作戦そのものは防勢的であり、中国本土に近接し、また接近しつつある米軍部隊が突き付ける問題に対応するための反応作戦構想であることを中国の視座から認識することも重要なことである。それは台湾有事を念頭に置いて発展したものではあるものの、その概念自体は単純な台湾紛争シナリオ以上に幅広い適用可能性を持っている」(Ibid.: 192)
接近阻止/領域拒否を重視する中国軍の「積極防衛」の戦略
なぜ中国軍は接近阻止/領域拒否のような意図を持っているのでしょうか。
この疑問を解決するためには、中国軍がどのような戦争計画を持っているのかを考えなければなりません。当然のことながら、中国軍の戦争計画は明らかにはされていませんが、その計画の基礎となる戦略理論に関しては研究が進んでいます。

中国軍の教義を知る上で研究者が重視している著作に『軍事戦略の科学(Science of Military Strategy)』があり、そこでは「積極防衛(active defense)」という概念が中国の軍事戦略にとって中心的なものであり、また中国の戦略方針の理論にとって基礎に位置付けられていることを説明しています。
中国軍にとって積極防衛とは、敵国によって中国の国益が侵害された際には第一撃を加えて戦略的反攻を加えるものである考えられており(Ibid.: 191-2)、「我々は敵に対して可能な限り遠方で交戦するように最大限の努力を払うべきであり、戦争を敵の作戦基地へと導き、敵の戦争システムを形成する有効な能力の全体を積極的に打撃すべきである」と述べられています(Ibid.: 192)。

積極防衛という考え方は、戦略家、戦略の研究者にとってなじみ深いものであり、それ自体は新しいものではありません。
中国軍の積極防衛の特徴は、この古典的な概念をミサイル部隊の運用と結びつけた上で、地理的に広大な防衛圏を確保することを目指していることにあります。

Yoshiharaの研究では中国軍の第二砲兵(2016年からロケット軍に改称)の運用計画を推定するために『第二砲兵戦役の科学(The Science of Second Artillery Campaigns)』が検討されています。
その研究から明らかになったこととして、中国軍は米軍の作戦基盤だけでなく、同盟国の作戦基盤についても重要な攻撃目標とするだけでなく、先制攻撃によって破壊する必要があると考えていることです(Yoshihara 2010: 55)。

無論、この攻撃対象には在日米軍基地も含まれており、このような攻撃によって米軍が北東アジア地域で展開する中国軍の作戦に干渉できない状況を作り上げることが可能になると期待されています。

むすびにかえて
読者の皆様に注意して頂きたいのは、この接近阻止/領域拒否の構想は中国軍にとってまだ研究の段階にあるということです。
このような大規模な作戦を遂行する上で必要な武器や装備の開発、部隊編成の見直し、教育訓練の改革などは現在進行中であり、現時点で中国軍が直ちにこの作戦構想を実行に移せる状態にあるというわけではありません。

しかし、長期的なトレンドとして中国軍が接近阻止/領域拒否の能力強化を継続すると考えられるため、自衛隊としても新たな脅威に対抗可能な防衛力の整備を進め、新たな戦略、戦術の研究を推進していかなければならないでしょう。

また、特に朝鮮半島、台湾海峡、南シナ海に地理的に近く、平時に中国軍の動向を監視する上でも、有事に即座に部隊を出動させる上でも重要な沖縄の在日米軍基地を活用することが地域の安定を維持する上で重要な意味を持つことになるとも考えられます。
いずれにしても、このような安全保障上の問題があることを国民全体で共有し、どのような対応をとるべきか議論を重ねることが重要であると考えます。

KT

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参考文献
McDevitt, Michael. 2011. "The PLA Navy's Antiaccess Role in Taiwan Contingency," in Saunders, Phillip, Christopher D. Yung, Michael Sqaine, and Andrew Nien-Dzu Yang, eds. The Chinese Navy: Expanding Capabilities, Evolving Roles, Washington, D.C.: National Defense University Press, pp. 191-214.
Yoshihara, Toshi. 2010. "Chinese Missile Strategy and the U.S. Naval Presence in Japan." Naval War College Review, 63(3): 39-62.

2 件のコメント:

  1. 沖縄の米軍基地の重要性はどうなのでしょうか。
    エアランド・バトルなどで想定されているように、PLAロケット軍のミサイル等による第一撃で基地能力が被害を受けるため、兵器をオーストラリアやハワイなどに退避させる予定ですよね。もちろん沖縄の基地の抗堪性増強は図られるでしょうが、その後の戦闘に耐えうるかどうか。
    また、サイバー空間を介したADに自衛隊が対抗できるかも気になりますね。

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    1. ご質問、コメントありがとうございます。沖縄の米軍基地に関しては研究者によって意見が異なる論点だと思います。沖縄の米軍基地の脆弱性を重視して基地機能をより後方に位置する基地へ移す考え方がある一方で、海兵隊のように即応展開能力に優れた兵力が前方に展開しておかないと、米軍としての戦力投射能力が低下する恐れがあるだけでなく、米国の同盟国や中国に間違ったメッセージを送ることになるという見方もあります。私の個人的な見方は後者に近く、沖縄の第三海兵遠征軍の兵力の配置が見直されるようなことがあれば、特に台湾の安全保障に与える影響は致命的なものとなる可能性もあります。サイバー戦に関してはご指摘の通りで、自衛隊はこの分野の能力を十分に有しておらず、これから研究を進めることが喫緊の課題だと思われます。

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