最近人気の記事

2015年12月10日木曜日

論文紹介 海洋戦略の観点から見た日本の島嶼防衛

現在の日本が採用している防衛戦略は、武力攻撃に際して米軍が早期に来援できることが前提となっているため、沖縄に位置する米軍基地を敵から防護し、増援部隊が速やかに沖縄に展開できる状況を創出することが重要です。つまり、南西地域の島嶼部を防衛することが自衛隊の任務となります。

今回は、海洋戦略の視点からこの南西諸島の防衛に当たって日本がとりうる戦略を研究した研究ノートを取り上げ、その要点を紹介してみたいと思います。

文献情報
Sayers, Eric. 2013. "Coastal Defense in Japan's Southwestern Islands: Force Posture Options for Securing Japan's Southern Flank," The Project 2049, Futuregram, 13-001, pp. 1-8.

海洋戦略から見た日本の防衛戦略
近年、中国が海洋への進出を活発化させていることを受けて、2010年に日本はこれに対抗するために南西地域を防衛の重点地域に定めたことはすでによく知られています。

この論文はこの問題を考察するためにティル(Geoffrey Till)という海洋戦略の研究者の説を参照しています。
ティルの研究によれば、海洋に面した国家がその国土を防衛する上で考慮すべき事項として、第一に抑止、第二に沿岸防衛、第三に沖合防衛、第四に水際防衛が挙げられています。戦略上の防衛線を海上から段階的に陸上に移行させながら抵抗するという考え方が求められるということです。
著者はこのティルの多層的な防衛線の考え方を応用し、日本が南西地域を防衛するための戦略を次のように分類して考察しています。

(1)トリップワイヤ的抑止戦略
(2)非対称性「モスキート艦隊」戦略
(3)包括的「領域拒否」戦略

トリップワイヤ的抑止とは
(1)は、南西諸島それ自体を防衛線とする案として位置付けることができます。すなわち、洋上監視能力の強化と離島に配置する地対艦ミサイルを組み合わせることで、島嶼部に進出する敵艦隊の接近を早期に察知すると同時に、これが東シナ海からフィリピン海に進出することを地上から妨害するという構想です。
南西諸島の地勢図。
九州と台湾の中間に連なり、東シナ海とフィリピン海を隔てる列島。
Sayersは南西諸島それ自体を防衛線とする案、南西諸島の近海を防衛線とする案、そして南西諸島からさらに前方の海域に進んで防衛線を構成する案をそれぞれ考察している。
(Sayers 2013: 2)
ただし、著者はこの案を取る場合、トリップワイヤ的抑止が十分に機能しない可能性があることについて考察する必要があると指摘しています(p. 3)。
「与那国島には小規模な陸自部隊が配置されているだけであり、またより面積の大きい宮古島、石垣島にも守備隊を創設する準備に着手しなければ、日本として十分な備えが行われたとはいいがたい」(p. 3)
つまり、これは抑止の信頼性にかかわる問題です。これほど防衛線を下げてしまうと、危機的状況が起きた際に中国軍がこれら島嶼部に対する攻撃に伴う費用を小さく見積もる可能性が出てきます。この案の利点はその費用が小さいことですが、それだけに中国に日本の意図を伝えることは難しくなるという関係にあることが言えます。

「モスキート艦隊」とは

モスキート艦隊というのは著者の比喩であり、ネットワーク化された陸海空各戦力を広域に分散させて戦う統合作戦の構想のことです。この構想について著者は次のように説明しています。
「近代的技術をもって日本は『モスキート艦隊』の一種を構築可能であり、それはミサイルと機雷を搭載した高速ミサイル艇、ディーゼル型の攻撃潜水艦、短距離ミサイル、攻撃ヘリコプターもしくは戦闘攻撃機の統合されたネットワーク機能を有する艦隊である。具体的には、海自の「はやぶさ」型のような対艦ミサイルを搭載した高速ミサイル艇、宮古島や石垣島の沖合で活動が可能なディーゼル型攻撃潜水艦から編成された艦隊である」(p. 3)
さらに著者は、陸自の地対艦誘導弾やAH-64Dのような攻撃ヘリコプター、そして沖縄に配置された空自部隊を組み合わせることによって、海上作戦を遂行する上で欠かせない航空優勢を獲得することもモスキート艦隊の構想には欠かせないと論じています(pp. 3-4)。
確かに、小型の艦艇の運用を考えた場合には火力、情報において航空優勢に頼るところが大とならざるをえません。

ここでも著者が特に考慮しているのは日本の防衛予算の制約の問題であり、限られた資源で効果的な海上戦力を構築するためには、統合運用に主眼を置き、しかも機動的な運用が可能な艦艇を運用することに重点を置くべきだと考えています。
先程のトリップワイヤ的抑止と比べれば、防衛線は南西諸島よりもさらに前方に推進されており、海上戦力の活用が重視されています。とはいえ、可能な限り小型の艦艇で艦隊を編成するという著者の考えには、日本近海の荒天、特に冬季の運用性の問題が考慮されていないため、議論の余地が残されているでしょう。

包括的領域拒否とは

さらに著者は防衛線を南西諸島の周辺海域からさらに前方に推進し、東シナ海にまで及ぶ広大な防衛圏を構成する包括的領域拒否の戦略も考察しています。

この戦略では航空戦力の運用が特に重視されており、(F-35Aではなく)垂直離着陸の機能を有するF-35Bを調達し、ヘリコプター護衛艦で運用することにより、局地的な航空打撃能力を保有することを検討するように述べています(p. 5)。そこで意図されていることは、中国海軍と東シナ海上で戦闘を遂行する能力を準備するということです。
この戦略が先程の二つの戦略と決定的に異なっているのは、自衛隊の部隊で中国軍の侵入阻止領域を構成するために、南西諸島に対して攻撃ヘリコプター、地対艦ミサイル、航空機を活用し、CH-47やV-22といった輸送機で島嶼部に対する機動的な戦力の展開を支援するという点です(p. 5)。

この包括的領域拒否は中国軍がそもそも南西諸島に脅威を及ぼすこと自体を不可能にすることを狙った構想と言えます。その意味で、ワイヤトラップ的抑止やモスキート艦隊よりも強力な武器装備が日本として整備しなければならないことは当然のことですが、それだけでなく米軍と自衛隊の共同運用の重要性が一層重要となる点も強調されています(p. 6)。
「領域拒否戦略の最大の長所は南西諸島を周辺、遠方両方の海域で段階的に防衛することを可能にすることである。中国海軍の戦闘部隊は南西諸島に接近すると壊滅的な損害を受けるであろう強力な自衛隊の阻止領域に進入しなければならない。これは情報・監視・偵察や海上管制などの伝統的領域だけでなく、島嶼部に対する米陸軍部隊の展開というようなより積極的領域においても統合された米軍による支援を受けることになるだろう。領域拒否戦略は列島線における抑止力を大いに拡大させることになる」(p. 6)
結びにかえて
この論文で示された見解には個々の見解に疑問点が残るものの、海洋戦略の観点から防勢作戦を考える上で重要な論点を提示し、自衛隊が有する装備の運用方法について積極的な提言を含むものとして評価することができると思います。

特に重要な論点の一つが、日本の対中防衛線をどこに位置付けるべきかという部分です。
著者はトリップワイヤ的抑止、モスキート艦隊の構想で示唆した通り、最小限度の防衛力で済ませようとするならば、防衛線は南西諸島の陸上か、それともその海岸に位置付けられることになります。これは武力攻撃に際して国土が戦場になることを想定した戦略となるでしょう。
これを避けるために防衛線を前方に推進して海上に設定しようとすると、包括的領域拒否の構想の中で示されたような海上打撃力が必要ということになります。これは現状の防衛予算で達成することは難しく、しかも専守防衛という従来からの日本の基本的な戦略との兼ね合いが難しい選択肢です。

この論文はあくまでも著者として海洋戦略の立場から白紙的に日本の取り得る防衛戦略を考察したものであり、特定の方法が絶対に正しいと論じているわけではありませんし、防衛線をどこに位置付けるべきかという問題は予算の配分が関係するため、軍事だけでなく財政、経済の観点からも国民的な議論が求められるでしょう。

KT

関連記事
論文紹介 東アジア地域の安定と日本の島嶼防衛

0 件のコメント:

コメントを投稿