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2015年11月14日土曜日

ホッブズの政治理論における戦争

17世紀イギリスの哲学者トマス・ホッブズが残した有名な言葉の一つに「万人の万人に対する戦争」があります。
現代ではこの言葉からホッブズが悲観的な人間観を持っていたことを示す言葉として理解されることも少なくありませんが、本来はホッブズの個人的な意見を述べたものではなく、政治理論の研究を目的とした思考実験用のモデルとして理解されるべきものです。

万人の万人に対する戦争とは
国家が樹立される以前の状態を「自然状態」としてモデル化することによって、そこで予想される様々な状況を考察することが可能となるのですが、ホッブズはある単純な想定を置くと、自然状態は「万人の万人に対する戦争」とならざるを得なくなることを考察したのです。
つまり、現実の世界で起きた、または起きるであろう状況を意味しているわけではないのです。

「万人の万人に対する戦争」の意味するところを理解するためには、人間は何よりもまず自己の保存を求めて行動する、という想定を理解しなければなりません。

あらゆる政治的、社会的秩序が消失した状況で、身体的、精神的に同程度の能力を持つ人間が相対すれば、彼らは互いに相手に対する不信感を募らせざるをえなくなります。
というのも、生存のために必要な物資を同時に享受することができなければ、彼らは自らの生存をかけて相手を殺害するか、屈服させることに全力を尽くさなければならないためです。

ホッブズは、こうして人間は互いに先制攻撃によって相手よりも自己の力を速やかに増大させようと努めることになるのだと考えました。これが「万人の万人に対する戦争」という言葉で示唆されている状況です。
「かくして以下のことが明らかとなる。すなわち、全体を支配する共通の力を伴わずに人々が生活している間は、彼らは戦争と呼ばれる状態にあり、それは万人の万人に対する戦争である。なぜなら、戦争とは単なる戦闘または闘争行為の内に存するのではなく、戦闘によって争おうとする意志が明確に認識された時間の経過の内に存するためである」(Hobbes 1651: 77)
戦争は戦闘とは異なる
興味深いのは、ホッブズは戦争という状態とそこで繰り広げられる個々の行為を区別すべきだと強調している点です。
「したがって、気象の性質を検討する場合と同じように、戦争の性質について検討するには時間の観念が考察されなければならない。悪天候とは一度や二度のにわか雨ではなく、雨が降りそうな日が何日も続くことを意味しているが、戦争の性質も実際の戦いに存するわけではない。それは戦いを避けるように状況が進展する保証が一切ない時期において明確に戦う姿勢をとることが戦争である。そして、それ以外の時期はすべて平和なのである」(Ibid.: 77-8)
この引用で示されているように、ホッブズは戦争と戦闘との間に重大な相違があることに気が付いていました。
ホッブズにとって戦争は私たちが考える戦争よりも広い意味を持っており、いわば継続的な敵対関係の時期のことを戦争として理解していたことが分かります。
これはホッブズの「万人の万人に対する戦争」がいかなる国家や集団によらない戦争であるためであり、複数の人間を共通の意志の下に統制する政治権力がまったく存在しない場合に生じ得る状況であるためです。

いかに戦争が悲惨であるか
さらに、ホッブズはこのような状態がもたらす悲惨さを次のように考察しています。
「土地は耕されず、航海または海上貿易の商品の取引は行われず、有用な建築物もなく、多大な労力を要するような物品の運搬のための道具もなく、地理に関する知識もなく、時間の計算もされず、芸術もなく、文字もなく、社会もない。そして何よりも悪いことであるが、絶え間のない恐怖、暴力による死の危険がある。人間の一生は寂しく、貧しく、汚らしく、惨たらしく、そして短い」(Ibid.: 78)
このようにホッブズは「万人の万人に対する戦争」という自然状態において本来自己中心的な人間が生存を求めて行動することが、どれほど人間の生存を困難にするかを論理的に説明可能であることを明らかにしたのです。

ホッブズは結局のところ、個々人の力で身の安全を確保することは絶対に不可能であり、共通の意志の下で人々の行動を統制する国家が不可欠であること、その国家の究極的な目標は安全保障であり、その下ではじめて人々は平和を維持することが可能になることも論じています。

自然状態で順守すべき原則
とはいえ、ホッブズは全世界の自然状態を世界政府に置き換えることができるなどと考えていたわけではありません。結局のところ、自然状態は国家の外部に残されることになります。そのような状態において順守すべき基本的な戒律、自然法としてホッブズは次のように述べています。
「全ての人間は平和を手にする望みがあるかぎり、それに向かって努力するべきであるが、その望みが絶たれたならば、全ての人間は戦争を求め、戦争のあらゆる手段と利点を活用してもよい」(Ibid.: 80)
ホッブズは平和を実現する可能性があるかぎり、それに向かって非軍事的努力を続けることが何よりも優先されなければならないと強調しました。
しかし、「その望みが絶たれた」時には、断固として戦うことが許されるべきであるというのがホッブズの主張となります。

参考文献
Hobbes, Thomas. (1651) Leviathan, or the Matter, Forme, & Power of a Common-Wealth Ecclesiasticall and Civil, London.(http://socserv2.socsci.mcmaster.ca/econ/ugcm/3ll3/hobbes/Leviathan.pdf)

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