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2015年10月1日木曜日

リデル・ハートが考える大戦略と日本の安全保障


戦略学では、戦略に複数の分析レベルがあると考えられており、大戦略(grand strategy)と軍事戦略(military strategy)は代表的な戦略の分析レベルの最上位に位置付けられています。

今回は、大戦略とは何か、それが国家の安全保障においてどの程度の重要性を持つのか、具体的にどのような事項が含まれるのか、そして大戦略の観点から見た日本の安全保障の課題は何か、という事項についてリデル・ハートの学説から説明したいと思います。

リデル・ハートは戦略学において最初に大戦略の議論を展開した研究者として知られています。彼は著作『戦略論』において大戦略を次のように定義しました。
「大戦略(高等戦略)の役割は、一国又は一連の国家群のあらゆる資源を「ある戦争のための政治目的」―基本的政策の規定するゴール―の達成に向かって調整し、かつ指向することである」(リデル・ハート、353頁)
大戦略はその国家が採用した政策(policy)を遂行する具体的な手段に対応しています。
政策とはある種の拘束力を伴って公式に決定された国家または国家の連合体の行動方針を言いますが、大戦略はこの政策と不可分の関係にあり、あらゆる戦略上の決定に優越します。
この定義を理解すれば、大戦略が安全保障において最も高い重要性を持つことが分かると思います。

次に大戦略に属する問題について考察したいと思います。
国家が持つ資源全体をどのような部門に配分するのかを決定することは大戦略に属する問題であり、軍事的手段だけでなく、経済的、外交的、心理的手段の運用も考慮されます。
「戦力は、大戦略の諸要具の中の一つにしか過ぎない。大戦略は、経済的圧迫の力や外交的圧迫の力や貿易上の圧迫の力や敵の意思を弱化させるという相当大切な道徳上の力などを考慮に入れ、かつそれらを適用しなければならない」(同上)
大戦略は軍事戦略よりも複雑なものとなりますが、リデル・ハートはこれを「膨張主義国」と「保守主義国」に大別することができると指摘しています。
「国家の基本政策の相違によって採用する戦略の目的は国家によってそれぞれ本質的に相違するものであり、したがって『膨張主義国』と『保守主義国』のそれぞれがとる適切な手段方式は必然的に異なるものでなければならない」(同上、388頁)
ここで興味深いのは、大戦略において膨張主義を採用する国家はその目的を達成するために武力紛争で勝利を得る必要が大きくなりますが、現状維持を求めて膨張主義に対抗する側の国家は必ずしも同程度の危険を冒す必要はなく、相手に軍事行動を起こす企図を放棄させるように誘導するだけよいとリデル・ハートが考察している部分です。

つまり、勢力圏拡大の意図を持たない国家の大戦略で最優先すべきは「現状の状態を将来も確保すべく、国力の保持を最重点」とすることです。
リデル・ハートは歴史を振り返ると『膨張主義国』の路線を推進する国家の政策は、しばしば国力の過度な消耗を引き起こしてきたことを指摘しており、『保守主義国』としては相手が自らの国力を枯渇させ、侵略の意図を放棄させる状況を作り出すことが重要だと考えていました。

もし日本の大戦略の在り方についてリデル・ハートの説を踏まえると、日本の最優先すべき大戦略上の課題は『保守主義国』のそれと一致しており、国力の消耗を抑えて、その相対的な水準が劣らないように維持することが重要だと考えられます。

ただし、リデル・ハートは次のようなことも述べています。
「純然たる防勢をとることが最も経済的な方法であるように見える。しかしこれは静的な防勢を意味するものであり、歴史の教えるところでは純然たる防勢は危険なもろさを持つ方法であり、これに頼ることはできない。鋭い反撃力を備えた高速機動力を基盤とする防勢・攻勢兼用方式こそは兵力の経済的使用と抑制効果とを最もよく結合したものである」(同上、388-389頁)
小さな防衛力で大きな抑止力を得るためには、コンパクトでありながらも攻勢・防勢どちらもバランスよく実施することができるだけの軍隊が必要である、というリデル・ハートの見解は日本において幅広い論争を呼ぶ部分だと思います。
これは現行の日本の防衛戦略を基礎付けている専守防衛という考え方に挑戦するものであると見ることもできるためです。

米軍が攻撃を自衛隊が防御を分担するという役割分担論によって擁護することもできるかもしれませんが、いずれにせよリデル・ハートの大戦略に対する考え方は日本の安全保障にとって重要な論点を提示していると思います。

参考文献
リデル・ハート『戦略論』森沢亀鶴訳、原書房、1986年

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