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2015年6月17日水曜日

軍事学の教材としての兵棋の可能性


SF文学の先駆者として知られるハーバート・ジョージ・ウェルズの著作に兵棋演習、ウォーゲームに関するものが含まれていることはご存知でしょうか。19世紀末に発表された『小さな戦争(Little Wars)』という文献です。
その文献に掲載されている図を見ると、ウェルズが屋内でウォーゲームに取り組んでいたことが分かります。

ウェルズが行っていたのは確かに趣味の延長ではありますが、実際に軍事学を学ぶ上で兵棋は非常に有益なアプローチの一つと言えます。
ある事例を図上に表示することで、単に文献の上で事実を個別に確認するだけでなく、全体的な相互関係を理解することも可能であり、条件を変化させることで結果がどのように変化しうるかを考察することの手助けにもなります。

今回は、ある作戦について研究するために、私が学部生の頃に主催していた研究会で個人的に使用していた兵棋演習の実施規則を紹介してみたいと思います。

兵棋を実施する場合、研究したい作戦の全体像を明確化するために、次の情報を整理しておきます。

  1. 交戦する両軍の部隊の構成と初期の配置(武器の威力は運用致死指数(OLI)に換算して定量化しておきます。参考数値として第一次世界大戦の小銃は1.2、機関銃は14.0、迫撃砲は200.0、火砲(平均値)は1,600、戦車は150、航空機は140、各部隊の武器の保有量に威力を掛け合わせます)
  2. 部隊の行動に影響を与える地形。(運用する部隊の規模にもよるのですが、師団の行動であれば2万5000分の1の縮尺の地形図が望ましいです。歩兵と戦車について言うと、樹木が高密度で分布する険しい山地(歩兵×0.4、戦車×0.2)、樹木が乏しく起伏がある平野(歩兵×1.0、戦車×1.0)、市街地(歩兵×0.7、戦車×0.7)など先ほどのOLI換算の勢力に影響を与える地形情報が特に重要です。)
  3. 防御者が利用可能な河川、地雷原などの障害の機能と構成。(地形の情報と併せて必要となります。断崖がない河川だと幅が20メートルの場合攻撃者の部隊は×0.9、100メートルになると0.8、500メートル以上だと0.7を掛けます。地雷原を前進する場合には面積で考慮し、100平方キロメートルの地雷原を前進する場合には攻撃者は×0.9、200平方キロメートルの場合には×0.8、500平方キロメートルの場合は×0.7を掛け合わせます)
  4. 攻撃者の作戦行動に関する情報。(作戦計画において達成するべき目標、部隊が前進に使用する経路と到達予定の時間、各時点での各部隊の位置関係、一連の攻撃における予備の位置関係とその行動について考えます。ただし、攻撃それ自体で勢力が増大されることはありませんので×1.0の補正です。また部隊の前進する速度については20キロメートル/1日を基本に、地形によって補正を加えます。例えば路外での機動であれば×0.6の補正を加え、路上での機動なら×1.0として処理します)
  5. 防御者の作戦行動に関する情報。(作戦計画において達成すべき目標、防御者の陣地の位置関係、各陣地における部隊行動の選択(防御か遅滞行動か)、各陣地の相互関係における部隊行動の選択(遅滞行動か、退却か)防御者の行動によって部隊が実際に発揮できる勢力は大きく変化します。例えば要塞による防御だと×1.6、その他のよく準備された野戦陣地で×1.5、応急的な防御陣地で×1.3の補正があります。退却を選択する場合も×1.2を掛け合わせて計算します)

以上の基本的な情報が得られると、戦闘地域の各地点で発生する交戦の勝敗を判定することができます。

演習の目的や演習員の能力などにもよるのですが、もし対抗形式で実施する場合には4と5について演習員に作戦命令をそれぞれ提出してもらい、その命令を統裁する要員の方で計算して戦闘結果に反映させます。

例えば、防御者の初期の部隊配置に対して攻撃者が二方向から攻撃を実施することを決心したとします。
攻撃者を担当する演習員はどの部隊を指定し、どこに対して、どの時期に攻撃を開始するかを検討した上で統裁担当者にメモの形で提出しておきます。一回の行動で前進する距離や前進する経路をどのように指定するかによって、敵の主抵抗線を突破するのか、それとも側面に進出して包囲するのかを表すことができます。

それに対して防御者は攻撃者の可能行動を判断した上で、利用可能な部隊を前線にどの程度の割合で配備し、どれだけを予備として残しておくのかを決定します。また、どの防御陣地を放棄し、どの防御陣地を保持するのか、予備として拘置した部隊を使ってどのような反撃を実施するのかによって機動防御か、地域防御かを決定します。
こうした両者の意思決定を集約した上で、統裁を担当する要員は戦場の各地点における勢力比を計算し、勝敗や損害を判定します。

この演習規則は一見すると計算規則がすべてのようにも見えるかもしれませんが、実際に対抗演習が始まると判断が難しい状況が数多く出てくるため、統裁担当者としての定性的な判断が要求される場合も出てきます。

例えば、OLI換算で120の部隊(歩兵要員100名×小銃の威力1.2)が平地で陣地防御の態勢(×1.5)にあるOLI換算120の部隊(歩兵要員100名×小銃1.2)を攻撃した場合には攻撃者の勢力/防御者の勢力=120:180となりますので、勢力比は0.6667であるため、この攻撃は失敗すると判定します。
しかし、随伴する歩兵もない戦車(OLI換算150)が1両しかその陣地に配置されていない場合にも同様に攻撃は失敗するという計算になってしまいます。

これは非常に非現実的な結果となりますが、その理由は戦術単位とは無関係に戦車を1両だけ陣地に残すような運用それ自体がありえないためです。こうした場合には演習員に対して当初示された部隊の構成を遵守するように指示し、理解が不徹底であれば改めて説明することが統裁上必要です。

もちろん、このような演習規則は各人の判断で修正を加えることはできますし、取り扱う問題の性質によってはそのような修正が必要な場合も出てきます。兵棋演習を統裁するためには相当の軍事知識が必要とされますが、それだけに軍事学に対する研究心を高める上で大きな効果を発揮する手段であり、優れた教材として大いに利用されるべきだと思います。

KT

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