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2015年3月3日火曜日

文献紹介 クセノフォンの騎兵戦術


古来より軍隊はさまざまな種類の部隊で組織されてきましたが、特に騎兵は近世までの戦場で重要な役割を果たしてきました。

騎兵の戦術について考察することが、直ちに現代の戦術に役立つわけではないのですが、戦術の基本原則の妥当性を検討する上で有意義な部分も少なくなく、歴史的関心から見ても興味深いテーマだと思われます。
今回は、こうした観点から、クセノフォンの著作から古代の騎兵戦術に関する考察を紹介したいと思います。

文献情報
クセノポーン『騎兵隊長・馬術』田中秀央、吉田一次訳、生活社、1944年

このような騎兵戦術に関する考察がクセノフォンによってまとめられた背景には、紀元前365年にアテナイとテーバイの戦争が予期されるに至ったことが関係しています。

アテナイ軍で騎兵隊長の地位にあったクセノフォンであり、騎兵に対して強い研究心を持っていました。また、研究者によるとこの著作の執筆した時に2人の息子を兵役のためにアテナイに送り出した時期とも重なっているそうで、騎兵に関する研究成果をまとめて次世代に継承する必要を感じていたのかもしれません。

現代の観点からクセノフォンが考える戦術の特徴を考察すると、欺瞞の重要性が繰り返し強調されている点に気が付きます。
これは戦場における騎兵部隊の特性から、敵に物理的打撃を加える前に心理的衝撃を与えること、つまり奇襲を成功させることが戦果を上げるために重要であったことを反映したものと考えられます。

もちろん、クセノフォンは戦場における騎兵の戦術だけを議論したわけではなく、その管理の問題についても言及しており、特に古代アテナイで騎兵部隊がどのように運営されていたのかについて記してもいます。

クセノフォンはまずアテナイの法令に基づく定数1,000名の騎兵部隊を維持するためには、適切に新兵を配属するだけでなく、軍務に適格な軍馬を選抜することも重要であると述べています。
(旧字体の箇所など原文に手を加えて引用している箇所があります)
「騎兵隊の人員を満たすと同時に、馬が激務に耐え得るよう十分な糧秣を与えることに注意せねばならない。激務に耐え得ぬ馬は追いかけることも、逃げることもできないからである。従順ならざる馬は味方を益するよりは敵を助けることの方が多いから、馬を従順ならしめることが肝要である。乗馬する時蹴る馬は除くべきである。こんな馬は除くべきである」(6頁)
騎兵として訓練すべき基礎的事項としてクセノフォンが最初に述べているのは飛び乗りであり、次にさまざまな地形に適応した乗馬技術の演練が続き、最後に乗馬のまま投槍を扱う戦技を修得しなければなりません(7)。

これらの記述から、クセノフォンが非常に実践的な観点から騎兵戦術を議論していることが伺えるのではないでしょうか。

騎兵戦術の細目について目を移すと、この著作では騎兵部隊が採用するべき隊形について3列の横隊を主張しており、次のように説明しています。
「第一に各連隊長と相談の上、男盛りにして、目覚ましい働きをして名誉を勝ち得ることを特に念願とする人々の中から、これらの連隊の十人列長を任命すべきであると私は言う。これらの列長をもって前列を形成させるべきである。彼らの次に最古参で最も思慮ある者たちの中から彼らと同数の者を選んで十人列の後列としなければならない。(中略)前列と後列との間の兵については十人列長が自分のすぐ後列にならぶ兵を選び、しかして他の者は彼と同じように(順次に)並ぶならば、当然に各々の兵にはそのすぐ後列の者が彼の最も信頼する者であるということになる」(13-14頁)
ただし、これは戦闘隊形であり、行進を行っている途中で狭い道を通過する場合は縦隊で、広い道に出ると正面を広く取ります。それでも、広漠な地域に進出するたびに、戦闘隊形を整えさせることが訓練のために、また行進に変化を与えて楽に移動するためにも役立つのであるとクセノフォンは考えていました(20頁)。

部隊が行進する予定の経路には若干の騎兵を斥候としてあらかじめ進出させることで、行進の速度を保つことができますが、敵地に入った場合には前衛を派遣して敵を捜索することが重要となります(21頁)。
ただし、前哨を置く場合には可能な限り敵に発見されないように工夫を要することにも触れられています(22-23頁)。

こうした諸事項は戦術の基本でもありますので、現代の観点から考えてもあまり変化はありませんが、騎兵戦術としてクセノフォンが特に強調している研究項目に追撃と退却があります(26頁)。
これは戦闘の序盤から中盤にかけて重要な役割を果たすべき歩兵と対照的なところとも言えます。
クセノフォンの研究項目からも騎兵はまさに勝敗が決しつつある終盤にこそ、最も重要な働きを求められていたことが分かります。

またクセノフォンは騎兵によって敵を欺瞞することの価値は極めて大であると考えており、部隊の規模を敵に大きくないし小さく見せるための工夫として、隊形の間隔を調整する必要があると指摘しています。
「馬は密集している時は馬の大きさのために多数に見えるが、散開している時は容易に数え得る、ということを知らねばならない。貴下が騎兵を示さんとするのが、その駐軍中たると行進中たるとをとわず、もし従兵に槍かまたは槍に似たものを武装させて、これを騎兵の間に入れるならば、貴下の騎兵隊はその実際よりは一段と数多く見えるであろう」(26頁)
「これに反し多数を少数に見せることを目的とするならば、地形上遮蔽し得るとすれば、一部を開闊地に置き、他を遮蔽しておけば貴下の騎兵隊を隠すことができることは明らかである。ただし地形全体が暴露している時は、縦列を横列とし、各横列間に間隔を置いて旋回すべきである」(同上)
縦列が横列に方向転換すれば、敵の目には縦列の時の正面、横列になっても両翼しか観察することができません。
クセノフォンはこうした処置を駆使して敵を欺瞞することこそが騎兵戦術の基本であると主張しています。
「欺瞞的伏兵、欺瞞的増援、欺瞞的情報を作ることによって、人は敵に脅威を与えることができる。敵は相手が困難な状況に陥って夢中になっていると聞くと最大の自信を抱くものである」(27頁)
「何となれば、実際に戦において欺瞞ほど有利なものはないからである」(同上)
「戦において勝ち得た勝利について考えてみれば、勝利の大部分、しかもその最大なものは欺瞞的行為の助けによって得られたことが判明するだろう」(同上)
このようなクセノフォンの戦術で大前提とされているのは、騎兵部隊と歩兵部隊の協同に他なりません。
つまり、戦場において騎兵部隊は欺瞞を駆使しながら敵に決定的な打撃を加えるために使用するべきであり、騎兵だけで戦闘を行うものとは考えられていないのです。
「騎兵隊長たる者のもう一つの義務は、配属歩兵のある騎兵に比較して、歩兵を配属されない騎兵のいかに弱いかを市当局に示すことである。また歩兵を得た以上は騎兵隊長は歩兵を利用せねばならない。乗馬兵は徒歩兵よりはるかに背の高いことゆえ、騎兵隊の中ばかりでなく後方にも歩兵を隠すことができる」(28頁)
例えば、ある同程度の勢力を持つ敵の騎兵隊を攻撃する場合、クセノフォンはそれぞれの連隊を前後に二つに区分して前進すべきであると述べています。

そして、敵に接近してから後続する部隊は先頭の部隊の背後から左右両翼に隊形を開き、かつ随伴する歩兵が伏兵としてさらに後から続いて突撃したならば、敵は直前に予想したよりも大きな勢力を見せつけられることになり、その心理的効果は極めて大きなものになることが期待されます。
「以上の戦術を採用するには何ら難しいことはないが、敵に対して思慮深く、忠実に、快く、かつ勇敢に開進する兵を見出すこと、それは優秀な騎兵隊長にしてなし得ることである。隊長は己が言語動作により範を示して、それを見て部下が彼に服従すること、彼に随伴すること、敵に迫ることを立派なことだと理解するに至り、称賛を博さんとの欲望に燃え立ち、彼らの意図を飽くまで遂行することができるようにするに足るだけの人物でなければならない」(39頁)
以上の記述から、クセノフォンが考えた騎兵戦術の概要と、騎兵隊長としての心構えを知ることができたものと思います。

敵を欺くことは戦術の最も基本的な要素であります。しかし、機動力に優れている反面、衝撃力が失われると立ち往生してしまう騎兵部隊にとって、欺瞞はより一層の重要性を持っていると考えなければなりません。

KT

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