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2015年1月10日土曜日

戦闘地域と後方地域は何が異なるのか


戦略や戦術で用いる防衛用語は専門用語ですので、直観的な理解と食い違うものもの少なくありません。「後方地域」という用語もその一つと言えます。

一般に後方地域は実際に戦闘が生起する場所から相当程度の距離を置いた地域の意味で用いられます。

例えば、「米軍の作戦を自衛隊が後方から支援する」場合ならば、おおむね自衛隊が戦闘に参加せず米軍が前方で戦っている状況が想起されると思います。
しかし、これは後方地域の理解として不完全な部分が残されています。

今回の記事では、この問題をより体系的に理解するために、陸上作戦がどのように指導されるかを作戦地区の観点から概観したいと思います。

地理上の戦域と作戦地区の関係について図示した概念図。
戦域(Theater of War)の一部として作戦地域(Theaters of Operations)が含まれる。
なお、作戦地域でも統合作戦の場合はJOA、統合特殊作戦の場合はJSOAと表記する。
(Joint Doctrine Encyclopedia, 1997: 560)より引用。
まず、戦争で交戦国が軍事行動を実施する地域のことを戦域(Theater of war)と呼びます。

戦域は事実上、交戦国が支配する領土のすべてを包括しています。
仮定の話ですが、もし北朝鮮と韓国の間で戦争が勃発すれば、その戦域は朝鮮半島の全体を包括するでしょう。また、米国とロシアの戦争を想定するならば同盟国の領土も戦域として想定する必要が出てきます。

さらに、戦域の中で特定の作戦を実施する地域のことを作戦地域(Theater of Operations)と呼びます。上の図で言うと薄茶色で示された戦域の中の二つの茶色の地域が作戦地域ということになります。

以上のように、戦域や作戦地域が設定されると、さらに作戦地域を細分化してどの部隊をどの地区に配備するかを決定していきます。こうして区分された地域のことを作戦地区(Area of Operations)と呼びます。

軍団の作戦地区の構成を示した図。
軍団の作戦地区(XXXの線で表示)の中に、師団の作戦地区(XXの線で表示)が含まれ、さらにその中に旅団の作戦地区(Xの線で表示)が含まれていることが分かる。
また、この図ではちょうど中心に戦闘地域(FEBA:forward edge of battle area)が位置することが想定されている。
(FM 3-90: 2-18)より引用。
この図は軍団の作戦地区を表したものですが、敵と交戦する前線(FEBA)が中心に記述されているため、上半分は敵の勢力下にある地域、下半分が味方の勢力下にあることが分かります。

軍団の作戦地区では左右に並ぶ師団が2個展開していることが図示されています。―XX―で囲われているのが師団の作戦地区なのですが、この図で見ると右の青色で表示された作戦地区がそれに対応しています。

その師団の隷下にある旅団がさらに展開していることも記されています。旅団の作戦地区は上の図では黄色で表示されるものです。―X―で囲われていることが分かります。

少し複雑に思われるかもしれませんが、このような部隊の配備は陸上作戦で標準的なものであり、その配備が意味することは非常に単純です。
つまり、軍団は作戦を遂行する上で担当する地区を隷下の師団に割り当て、その師団はさらに下の部隊に地区を割り当てているということです。

ここで重要なことは、旅団、師団、軍団によって後方地域の場所が異なってくるということです。
軍団にとっての後方地域は戦闘地域の前線から最も遠く位置していますが、師団の後方地域はより近く、旅団の後方地域からかなり近い位置となることが分かります。

もう一つ重要なことは、戦闘地域と後方地域の区別はすべて作戦地域の内部における区分であって、戦域それ自体は戦闘地域と後方地域に区別することはほとんど意味がありません。

なぜなら、戦域は交戦者が軍事行動を起こすことが可能な地域のすべてを包括するものであって、実際に戦闘が発生しているかどうかとは関係がなく、部隊が展開して戦闘が実施されているとは限らないためです。

まとめると、第一に後方地域は作戦地域の内部に設定されるということ、第二にその作戦地域は戦域の中でもごく一部の地域を指すものです。
今後、後方地域という用語を見聞きする時に、こうした予備的知識を踏まえておくことによって、具体的に理解することができるようになります。

KT

参考文献
Joint Staff. 1997. Joint Doctrine Encyclopedia, Washington, DC: Government Printing Office.
U.S. Department of the Army. 2001. Field Manual 3-90: Tactics, Washington, DC: Government Printing Office.

5 件のコメント:

  1. ありがとうございます!あやふやだった概念が整理されました。
    ”軍団、師団、旅団”というワードでふと”指揮系統”について気になったのですが。
    たとえばリーダーが同じ六人率いる場合でも
    ①二人副リーダーを決めてその二人に残り四人をそれぞれ二人ずつ率いさせる。のと
    ②リーダーが六人を直接率いる。
    ①だとリーダーの負担が減る分現場とリーダーの意思疎通が難しくなり、奇襲など混乱状態になるような攻撃を受けた際迅速な対応をとりづらい。
    ②だと①のデメリットが改善される代わりにリーダーに負担がかかるうえ、何らかの要因でリーダーが指揮が出来ない状況(暗殺など)の時は①よりパニックになりやすい。
    という考え方で大丈夫でしょうか?
    また、実際の歴史で②に近い指揮系統の軍隊はあったのでしょうか?

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    1. ご質問ありがとうございます。ご質問は、分隊の指揮に関する論点だと思います。

      通常、分隊は10名前後の兵卒が分隊員として編成され、下士官が分隊長として分隊の指揮をとります。分隊では基本的に副官を置くことはしません。というのも、兵卒には基本的に分隊を指揮する能力は付与されていないためです。

      しかし、分隊長が戦死した場合、階級が高い順番で生き残った人員が指揮を引き継ぐことはありうると思います。その結果、兵卒が指揮を分隊の指揮をとるような状況はないとは言い切れません。

      また、分隊の下位単位として組を置くことも一般に行われています。
      いくつか理由がありますが、一つは機関銃や迫撃砲のように複数名でないと武器を操作することができない場合があるためです。また、分隊員がいずれも小銃手の場合は、二人一組、四人一組などとなり、交互に射撃と前進を繰り返しながら交戦することが必要となることも挙げられます。

      それでも、分隊員の行動に責任を負うのは分隊長である下士官であることは変わりありません。
      分隊長の下士官が分隊員を直接的に指揮するのがより一般的であり、分隊員の兵卒が指揮をとることは例外的であると考えればよいのではないでしょうか。

      基本的に、分隊が交戦する地域は正面がおよそ100メートル、最大に見積っても200メートルが限度ですので、一人で分隊員の状態を掌握することは不可能ではありません。
      これは戦いの原則の一つである指揮統一の原則、つまり指揮をとる人間は可能な限り一人に限定すべきという軍事原則からも理解することができます。
      以上の理由から、10名以下の規模の分隊の指揮をとるならば、分隊長が直接的に分隊員を指揮するべきだと言えます。

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  2. 御丁寧な説明ありがとうございます。
    分隊についてはわかりましたがこれらを軍団としてみたときリーダー、副リーダー
    、現場をそれぞれ軍団長、師団長、旅団長としてみたときは下記のものはどうなのでしょうか?
    ①だとリーダーの負担が減る分現場とリーダーの意思疎通が難しくなり、奇襲など混乱状態になるような攻撃を受けた際迅速な対応をとりづらい。
    ②だと①のデメリットが改善される代わりにリーダーに負担がかかるうえ、何らかの要因でリーダーが指揮が出来ない状況(暗殺など)の時は①よりパニックになりやすい。
    という考え方で大丈夫でしょうか?
    ここまで書いていてなんですが、②だと軍団長が旅団長を直接率いることになっていますよね?それって実際の歴史であったんでしょうか?


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    1. 当方の回答に不完全な点があり申し訳ありません。陸軍の部隊でリーダーと呼ばれるのは分隊長か小隊長までですので、思い違いをしていました。

      ご質問についてですが、指揮と統制の相違を前提に議論させて下さい。

      親部隊は子部隊を指揮すると一般に言いますが、ここでの指揮とは任務遂行のため利用できる資源を活用する権限を行使することを言います。
      統制というのは指揮官の企図を実現するために各部隊の行動を調整し、人員や装備を配分し、現場での部隊行動の要領について標準を定めることを言います。(これらの用語の詳細はJP3-0でも参照できます)

      したがって、師団が旅団を指揮するという指揮系統から離れて、より上位の部隊が旅団を指揮するということは、独立旅団のように特別な指揮関係を設定した場合に限られます。
      歴史的事例として私がすぐに思いつくことができるのは、沖縄戦に参加した旧日本軍の独立混成第44旅団の事例です。

      しかし、軍団として旅団の行動をどれだけ「統制」するということはまた別の議論となります。
      どのような指揮関係を設定するとしても、その指揮官の企図を部下に周知徹底させるためには可能な限り統制の範囲を拡大しなければなりません。
      そのことで親部隊の指揮官の仕事量が増大し、子部隊の行動に加えられる制約も大きくなる傾向があります。
      ただ、子部隊の行動を調整する上でこうした統制が重要であるということも事実です。
      このような統制の範囲は、その作戦の目標や作戦地域の特性に応じて選択されなければなりません。

      結論としては、軍団が旅団を直接的に指揮するという場合は独立旅団という編成をとる必要が出てくると思います。ただ、これは統制とは別の問題となります。
      また軍団は師団を通じて旅団の行動を統制することは可能であり、その統制の範囲が増大するほど軍団内部の連携は強化されますが、指揮官の負担が増大し、師団、旅団の行動に重大な制約が出てくるという認識は正しいと思います。

      ただし、その結果として「パニック」が発生しやすいとは言い切れません。2の事象については指揮統制の問題というよりも、前線の部隊の士気や練度から説明するべきだと私は思います。
      ただ、この見方にも研究の余地があるかもしれません。部隊が組織的戦闘を放棄して敗走し始める時点のことをブレークポイントと呼び、それに関していくつか研究成果も報告されていますが、恥ずかしながら私はまだその研究を十分に調査したことがありません。

      また、奇襲対処については逆の見方になるのではにかと思います。
      つまり、師団長は軍団の方針を踏まえた範囲内で指揮権を行使することが可能なのですから、奇襲など不測事態が発生した時こそ、その真価を発揮することができるのではないでしょうか。
      旅団としては眼前の脅威に対処する必要があるのですから、そのために旅団よりもはるかに広大な作戦地区を担当する軍団の作戦命令を待っている時間を待つのは非合理であると思われます。

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    2. いえ、自分の比喩表現が誤解を招くのは必然だったと思います。
      また分隊についてのお話もとても興味深い物でした。
      特に奇襲対処についてのところと「パニック」についてのところについては
      自分の思慮がかけていたことを痛感させられました。
      また、無知な自分ですが記事を読んでいてわからないところがあったとき
      質問に答えていただけたら幸いです。

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