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2014年4月23日水曜日

文献紹介 ケネス・ウォルツの勢力均衡理論

ケネス・ウォルツ(1924-2013)は国際関係論の研究で最も重要な貢献を果たした政治学者の一人として知られています。ウォルツが残した研究業績の一つとして、勢力均衡の理論的分析があり、国際政治の安定性を勢力の分布によって説明するという理論体系の発展を促すことになりました。

今回は、勢力均衡理論に対するウォルツの貢献を『国際政治の理論』の成果を中心に紹介したいと思います。

文献情報
Waltz, Kenneth N. 1979. Theory of International Politics. Reading, Mass.: Addison-Wesley.(邦訳、河野勝、岡垣知子訳『国際政治の理論』勁草書房、2010年)

それまでの勢力均衡の考え方
ウォルツが著作を発表する前から、勢力均衡理論が国際政治を説明する上で重要な意味を持っていることは一般に知られていました。

政治学者モーゲンソーの勢力均衡理論では、現状打破を求める国家と現状維持を求める国家の対立として国際政治が展開されるというモデルが採用されていました。
さらに、対立する諸国家の相対的な能力はその地理環境や物的資源、軍事力、経済力、政治体制などの諸要因によって変化し、ある優勢な国家が他の劣勢な国家に対して現状打破を企図した軍事行動に出れば、現状維持は軍備増強や同盟強化などの手段によってそれに対抗しようとするものと考えられています。
(詳細はモーゲンソーの勢力均衡理論を参照)

このモーゲンソーの勢力均衡理論は時代や地域を問わず、さまざまな国際政治上の事例に適用可能であったのですが、どのような勢力関係であれば国際政治が安定しやすいのかを理論的に説明するという観点から不十分なところが残されていました。

国家は常にバランシングするとは限らない

このような分析から、ウォルツはモーゲンソーのように現状打破を試みる勢力に対してこれを阻止するために現状維持を目的とする諸勢力が軍備拡張、同盟強化を行うとは限らないということを明らかにしました。
「勢力均衡理論は結果的に均衡を形成するような形で国家が行動することを予想するものである。よく言われることであるが、均衡をとること、すなわちバランシングが政治行動の普遍的パターンであるならば、理論からそのような予想をしたところで大して驚くべきことではない。しかし、実際にはバランシングは普遍的なパターンではない。政治主体が相互に均衡するのか、勝ち馬に乗るかはシステムの構造による」
要するに、ウォルツはモーゲンソーのように現状打破に対して国家が常に現状維持を図るわけではなく、攻撃的な行動をとる国家に便乗するようなバンドワゴニングを図ることも合理的に考えられると指摘したのです。
「勢力均衡理論は行動と結果についての多くの期待を導く。この理論から予測されるのは勢力均衡が国家行動の目的かどうかにかかわらず、国家はバランシング行動を採るだろうということである。そしてシステムの中の均衡に向かう強い傾向を予測することも可能である。これは一旦達成された均衡が維持されることではなく、破壊されても均衡は何らかの仕方で回復されるという予測である。勢力均衡は繰り返し形成される。この理論は国際政治を競争システムとして描くので、国家が競争者としての共通の特性を示すこと、つまり国家が互いを模倣し、システムに社会化されることを、より具体的に予測できる。本性はこれらの命題を検証できるように、より個別的で具体的にする方法を示してきた」
興味深いことに、ウォルツは現状維持を目的としないバンドワゴニングもまた勢力均衡によって説明することができると考えていました。つまり、バンドワゴニングを選択する国家は、現状打破の後に改めて別の形態の勢力均衡を形成することができると期待して行動しているということです。

想定に基づくバンドワゴニングの説明
ある潜在的大国Aが現状打破によって自国の周辺地域に対して覇権的地位を獲得するため、攻撃的な意図を持って軍備拡張を続けているとします。
既存の大国Bは現状維持のために軍備拡張のため同盟国と連携して防衛体制を強化しようとしますが、この際に同盟国が潜在的大国Aに味方してしまった場合、これは何を期待した行動だと考えられるのでしょうか。

ウォルツによれば、国家は一時的に均衡が失われたとしても、それを自国にとって有利な形で回復することができるという期待を持つことがあり、そのため大国Bのバランシングに同調せず、バンドワゴニングを選択するのです。
このような期待は、潜在的大国Aの国力に対して大国Bが相対的に劣位であり、両国が争うことになった際に勝利するのは大国Aであるという予測によって形成されることになります。

勢力均衡理論においてバランシングだけではなくバンドワゴニングも想定することが重要だと指摘したウォルツの研究ですが、この成果はさまざまな時代や地域の国家の対外行動を説明する上で参考にされたのです。

KT

4 件のコメント:

  1. ウォルツについて概要を理解できる素敵な記事なので、広く読まれたらいいなと願っています。

    以下、ちょっと踏み込んだ質問なので、流してくださっても結構です。
    Waltz, K. N. 1979. Theory of International Politicsの中で「競争関係にある国家は、最大の能力と創造性を持つ国家が生み出した軍事的イノベーションを模倣する。その結果、主要国の兵器、そして軍事戦略ですら、全世界で似かよったものとなる」ということを言っていたとRMAの勉強会などで度々聞きます。

    たいていの論者はRMAについても国家が生き残りのためにRMAも模倣するであろう、という話に繋げていくのですが、ウォルツの理論をこのように用いることは、学問上妥当なのでしょうか?

    私見では、国家が単純にイノベーションのキャッチアップをしたところでイノベーターがイノベーションを必要としたそもそもの戦略環境に差があり、戦略課題の分析視点の選択動機、イノべーション過程で直面した摩擦に対する処理ノウハウなども国家によって違うのではないか(エリオット・コーエン的)と思ってしまい、RMAの模倣ってなんぞ? などと怪訝な顔になってしまいます。

    RMAの国家による模倣を論じるにおいて、ウォルツの理論を引っ張ってくることは何か理論的正当性を補強するのでしょうか? それともただの権威付にとどまるのでしょうか? 学問的にどのように考えられているのか御教授くだされば幸いです。


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    1. コメントを頂き誠にありがとうございました。稚拙な文章ですが、少しでも参考になればと思っております。

      ご質問のあった件ですが、結論から言って間違った議論だと私は判断します。それは引用の問題というよりもウォルツの研究の前提を誤解することによる問題と言えます。

      引用箇所は『国際政治の理論』の第6章第3節からですが、そこでのウォルツの主張は、国家間競合が「軍事技術や軍事手段における競争を導く」という因果関係を認めるものなのは確かです。しかし、引用箇所の「主要国」の定義がきわめて重要となります。

      国際政治学において「主要国」というのは「大国」と置き換えられる言葉であり、中小国を含む全ての国家に適応されているわけではありません。

      より具体的に言えば、ウォルツは国際構造を決定するのは「ユニット」(陣営、同盟、連合)であって、「構造はユニットの間の能力分布によって定義される」と論じています。
      したがって、国際構造というのは国家間の能力分布ではなく陣営間の能力分布であり、ウォルツが「主要国」で想定しているのは陣営で中心的な役割を担う「大国」の間の能力分布のことです。

      これは国際政治学の初学者だけでなく、研究者の文献でさえ散見される初歩的な間違いなのです。
      しかし、極めて重要な論点であり、これを指摘するだけでも十分にRMAの模倣傾向という考え方が一般化できないと論破することは可能です。少なくともウォルツの議論の全体像を踏まえるならば、その主張は大国間関係に限定する必要がありというわけです。

      まとめますと、ウォルツの議論でRMAの模倣を説明することは大国関係の前提においてのみ妥当します。したがって、ウォルツの議論でRMAの模倣を説明することは、中小国の個別の特性を過剰に省略し、問題の本質を曖昧にするものです。

      私ならば、RMAの模倣ではなく「技術移転」という用語でこの問題は研究するべきだと考えますが、私の見解が少しでも成舞翔様のご研究のお役にたてればと存じます。

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    2. ありがとうございます。大変勉強になりました。

      軍事的観点から考えると、日本は基本的に大国や主要国ではありませんので、フラクタル的な適用は理論の誤用にあたる可能性があるのですね。

      なお、今回のRMAにウォルツの理論を誤用する議論は、防衛研究所での教育でもよく見られることなのです(!?)。このような教育を受けた幹部が議員レクを行い国会議員たちに現在的なテーマについて刷り込みを行い、安全保障実務関係者及び政策決定者の政策課題に関する基礎的理解を根っこから少しずつ歪ませていくという課題が見つかりましたので、私の中でも大きな前進がありました。

      謹んで御礼申し上げます。

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