潜水艦、航空機、核兵器など軍事史に重大な影響をもたらした兵器はさまざまありますが、長期的に見て特に見過ごせない影響を及ぼしたのが火器、つまり火砲や小銃の影響です。 軍事史の研究では依然から16世紀の近世ヨーロッパで火器が普及したことにより、軍隊を支える政治、経済システムも大きく変化したという「軍事革命(military revolution)」の議論があり、ヨーロッパの列強が世界進出に成功した一因としても大変重視されています。( 軍事革命 の概要についてはウィキペディアのページにも短い説明があるようです) しかし今回は、そうしたヨーロッパ史の研究に依拠した軍事革命の解釈を批判し、アジア、とりわけ中国の軍事史を踏まえた解釈を打ち出そうとした研究を取り上げ、その成果の一部を紹介したいと思います。 軍事革命論争で単純化されていた火器の影響 17世紀にヨーロッパで描かれた武器教練の解説書の挿絵(Jacob de Gheyn, Drill zur Waffenhandhabung bei Musketieren, 1664) 軍事革命の議論に対する批判はいろいろあるのですが、その一つには火器の影響に関する批判があります。 研究者のロージ(Peter A. Lorge)は軍事革命に関する従来の議論が抱えている問題点として、アジア各地の軍事情勢で火器の発達がどのような影響を与えたのかが十分に考慮されていないのではないかという指摘を出しました。 つまり、軍事革命の議論ではヨーロッパにおける火器の影響が念頭に置かれてきたために、それ以外の地域で火器が軍事的にどのようなインパクトを持っていたのかを比較検討できていないということです。 結果として、軍事革命の議論における火器の解釈にはヨーロッパ中心史観の影響があり、あまりにも単純化して理解されていると著者は考え、次のように論じました。 「アジアの社会と文化は、銃砲に対して、後にはヨーロッパの戦争流儀に対しても異なる反応を示した。だが、こうした議論の多くは非常に大事な点を見逃している。もし技術が文化の枠外で発達したのでないならば、それは発明というある種の客観中立的に見える世界に存在するものというよりはむしろ、ある種の文化的産物なのである。そこには興味深い組み合わせが見て取れる。銃砲は、中国ではその軍...
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