スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(平和主義)が付いた投稿を表示しています

学説紹介 激しい戦争が、長い平和をもたらす―ルトワックの考察

エドワード・ルトワック(Edward Luttwak)は戦略の研究で有名な研究者ですが、人道的介入と呼ばれる活動が本来の意図と逆の効果をもたらすと主張し、論争を巻き起こした人物でもあります。 つまり、戦争を防止し、その被害を抑制する目的で実施される軍事的、非軍事的手段による戦争への介入は、かえって戦争を促進し、その被害を拡大するなどとルトワックは論じたのです。 今回は、ルトワックがどのような理由に依拠してこのような議論を主張しているのかを検討し、その妥当性について考えてみたいと思います。 戦争の被害が大きいほど、その後の平和は長く続く エドワード・ルトワック、ルーマニア出身の研究者、業績に『戦略論』など。 ルトワックの戦争の論じ方は大半の平和主義者の立場から全く受け入れがたいものです。 というのも、ルトワックは戦争を究極的に防ぐ力となるのは、戦争それ自体が持つ破壊力に他ならないと論じているためです。 もちろん、ルトワックの意図は戦争を称賛することではありません。戦争のメカニズムを理解するためには、戦争に逆説的な効果があることを理解すべきである、というのが彼の基本的な立場です。 「戦争は巨大な悪かもしれないが、大きな美徳もある。戦争の継続に込要な物質的、精神的な資源を消費し尽くし、破壊することで、戦争はそれ自体の継続を妨げる。それどころか、戦略の逆説的領域における他のあらゆる行動と同じように、戦争は、極限点を過ぎた後に最終的には反転する。その反対とは、単なる静かな無抵抗かもしれない。または、交渉による平和や休戦あるいは一時的停戦ではなく、無意識の非戦状態かもしれない」(邦訳、ルトワック、97頁) この議論に従うと、戦争が終結し、平和に移行する基本条件は、一方の勢力が勝利することか、もしくは双方の勢力が消耗し尽くし、戦闘が停滞することになります(同上、98頁)。 ルトワックの議論で特に興味深いのは、平和が長く維持されるためには、あらゆる戦力を使い果たし、相互に莫大な損害を被る必要があることを一つの可能性として示唆していることであり、もし戦争が徹底的に行われないまま中断されると、間もなく当事者はその猶予期間を利用して軍事力を回復し、時期を見て軍事行動を再開すると述べています(同上、99頁)。 平和維持活動が逆に戦争を長引かせ...

事例研究 戦間期にイギリスが軍事的脅威を見逃した理由

1933年1月30日、ヴェルサイユ体制の修正を主張していたヒトラーがドイツで政権を掌握したことは、特に戦勝国であったイギリスとフランスにとって戦争のリスクをもたらすものでした。 もし、ヒトラーの下でドイツが再び国力を増強させ、戦争の準備を整えてしまえば、以前からの主張の通り、ドイツがヴェルサイユ体制で損なわれたドイツの地位を回復しようと図る可能性があったためです。 興味深いことに、当時のイギリスの政策決定者は、ドイツが軍事的脅威であるという見方をそれほど強めていませんでした。むしろ、ドイツとの軍縮交渉を進めたいイギリスとして、ドイツの政情が安定化することを歓迎する見方さえありました。 今回は、1933年から1934年にかけてイギリスでドイツの情勢をどのように認識していたのかを簡単に紹介し、その意味を考察してみたいと思います。 ナチス・ドイツを脅威として煽るべきでないとの見解 高速道路の起工式に主席するアドルフ・ヒトラー(1889-1945) 第一次世界大戦でイギリス、フランスなどを中心としたヴェルサイユ体制を打倒すべきとの立場をとっていた。 しかし、イギリスでヒトラー政権が直ちに危険視されることはなく、ドイツとの軍縮交渉に有利に働くとの見方があった。 1933年にヒトラーが政権を掌握するまでの間、ドイツの政治情勢は非常に不安定な状況にありました。当時、ドイツと軍縮交渉を進めていたイギリスは、このような政府の政治的脆弱性により、交渉がなかなか進展を見せないことを懸念していました。 そのような情勢の中で1933年1月にヒトラーが政権を掌握したことは、イギリスにとって必ずしも不利益になるとは考えられませんでした。 ドイツに駐在するイギリスの外交官フィリップスは本国の外務省に宛てて、「(ヒトラーによる政権発足の)署名は、過去におけるどのドイツ人の署名よりも、ドイツ全体を安定化させることになるだろう」と書き送っており、これはヒトラーの下でドイツの政治情勢が安定化すれば、より英独の外交交渉に進展が期待されるようになるという見通しを表すものです(Taylor, A. J. P. 1983: 73-4)。 現在のわたしたちの立場から考えれば、このような情勢判断はいかにも楽観的すぎるもののように見えますが、第一次世界大戦の記憶が生々しい中で、多...

論文紹介 現代日本の国家戦略としてのバックパス

日本の安全保障に関する研究では、平和主義(pacifism)の規範こそが戦略の形成に強い影響を与えているとしばしば説明されます。 国際政治における国内の社会的観念、規範的意識の影響を重視する構成主義(constructivism)の研究では、日本の「特異性」がこの平和主義の必然的な帰結として理解されてきました。 しかし、研究者の中にはこの見方とは全く異なる観点から説明が可能であることを主張する人もいます。 今回は、日本は平和主義という規範によってその安全保障上の決定を下しているのではなく、バックパスという国家戦略を展開しているのだという議論を展開した研究を紹介したいと思います。 文献紹介 Lind, Jennifer M. 2004. "Pacifism or Passing the Buck? Testing Theories of Japanese Security Policy," International Security , 29(1): 92-121. 著者が問題としているのは、これまでの日本の安全保障戦略を研究してきた人々が、日本の軍事力水準を正しく把握してこなかったことです。 日本の軍事的能力の低さを示すために研究者がよく参照するのは、GDPに対する防衛費の比率でした。先進主要国であればGDPに対する防衛支出の比率はおおよそ1.5%から3%の間ですが、日本はおよそ1%しか防衛予算を確保していないのです(Lind 2004: 95)。 しかし著者は、GDPに対する防衛予算の大きさではその国家の軍事的能力を評価するのに不適切であり、さらに予算規模だけでなく戦力規模からも評価を行うことが必要であると指摘しています。 著者の分析によると、日本の安全保障において軍事的能力は従来から必ずしも軽視されておらず、特に海上戦力と航空戦力に関して見れば、無論米国の水準に遠く及ばないものの、中国、フランス、ドイツ、イギリス、ロシア、イタリア等の主要国に対抗可能な水準ではあるとされています(Lind 2004: 97-101)。 このような根拠から、著者は従来の日本の安全保障上の政策や戦略に関する研究において平和主義が過大に評価されていたのではないか、と疑問を提起しています。 その上で著者は、国際政治における日本...

平和運動が安全保障に与える影響

つい先日のことなのですが、ある学会関係のメーリングリストを通じて平和安全保障法制に反対を呼び掛けるように指示が出されたことを知らせるメールが私に届きました。 これは学者、研究者の地位を政治的に利用した平和運動であり、その意見を詳細に検討しても安全保障学の観点から興味深い問題ではありません。 それよりも私達がより興味を引かれるのは、こうした防衛体制の強化に反対する平和運動が、国家の安全保障に与える影響です。 今回は、サミュエル・ハンチントンの研究に基づき、反軍的な平和運動が国家安全保障に与える影響を説明したいと思います。 まず、平和運動の影響で最も重要なのは、軍人が政治的活動に参画する誘因を著しく強化することであるとハンチントンは指摘しています。これはどのような意味なのでしょうか。 そもそも軍人という職業は、教育訓練に基づく専門的能力を必要とします。 特に19世紀以降に近代的な軍事学が成立し、とそれに基づく教育体系が整備されて以降、各級の士官たちは国家が政策を遂行するために必要な作戦計画の立案、実施、評価に従事してきました。 このような軍人の専門職的な特性は軍事的プロフェッショナリズム(military professionalism)と呼ばれています(ハンチントン2008: 1章、2章を参照)。 軍事的プロフェッショナリズムは国家に対して軍人に三種類の機能を負わせます。 (1)国防に必要な資源や予算を政府に知らせる代表的機能 (2)第二の機能は国家の政策を軍事的観点から分析して報告する助言的機能 (3)国家の政策決定を踏まえながら作戦行動を遂行する執行的機能(ハンチントン2008: 上72) いわば、軍人は軍事的プロフェッショナリズムを発揮することによって国家安全保障に寄与しているのです。 そして、ここから重要な議論ですが、ハンチントンは反軍的な平和運動が社会で優勢となると、軍事的プロフェッショナリズムに基づいて軍人たちが行動することはできなくなる、と述べています。 武器や軍隊の存在意義を否定する平和運動は、軍事的プロフェッショナリズムを批判し、軍人がより「市民的価値観」を共有することをイデオロギーとして要求するためです。 そうした結果、国家の安全保障政策の現場において軍人たちは軍事的プロフェッショナリズムに固...