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学説紹介 逆説的論理(paradoxical logic)を理解する:ルトワックの戦略思想

戦いにおいて勝利を収めるのは勢力が優る方であって、劣った側ではないという議論は、軍事学の優勝劣敗の戦理をわざわざ引き合いに出すまでもなく自明だと思えるかもしれません。 しかし、実際の戦争ではこれがそのまま当てはまるとは限りません。 勢力で劣った側が勝利を収めるということも決して珍しいことではなく、欺騙、奇襲、摩擦、あるいは彼我の戦略の選択によって優劣が逆転する場合もあります。 今回は、このような事態が起こる原因について理解を深めるため、エドワード・ルトワック(Edward Nicolae Luttwak, 1942-現在)の逆説的論理(paradoxical logic)に関する理論的分析を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 戦略の世界における逆説的論理 ルトワックは戦略がいかに特殊な研究テーマなのかを説明するため、軍事学の有名な箴言「平和を欲するなら、戦争に備えよ」を取り上げています。 これは古代ローマの軍事著述家ウェゲティウスの著作に見られる一文として有名ですが、これは考えてみれば不思議な命題だとして次のように述べています。 「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ。これは、強力な軍備の必要性を説く人々が頻繁に引用する古代ローマの諺である。戦いに備えることで、弱さが招く攻撃を止め、平和を維持するのである。あるいは、戦うことなく強者に屈服するよう弱者を説得することにより、戦いの備えが平和を確保できるのも確かである。この言い古されたローマ人の格言は、我々にとって特別刺激的なものではない。しかし、まさにその平凡さに意味がある。この一説は、まるで単刀直入な論理的命題であるかのように提示され、逆説的で明らかに矛盾を含むが、その本質は、我々が単なる平凡な言説から予想するようなものではない」(16頁) つまり、もしAを欲するなら、Aに反するBを行えという考え方は、普通に考えれば矛盾したものであり、常識的には受け入れられないはずだと指摘しているのです(同上)。 しかし、戦争について考える戦略家はそうした逆説を古くから受け入れてきたということに、戦略の特異さが現れているといえます。 このような認識からルトワックは「戦略の全領域が逆説的論理に満ちている」という自身の説を唱えており、これが彼のあらゆる戦略の分析と関連づけて発展させています(同上...

偵察だけが斥候ではない

斥候(patrol)という言葉を聞いたことがある人でも、それを正しく説明することは難しいでしょう。 しばしば誤解されていますが、斥候は必ずしも偵察だけを目標としません。時として斥候は戦うことを主眼とする場合があるのです。 今回は、戦闘斥候を中心に斥候について説明をしてみたいと思います。 戦闘斥候とは何か 一般に斥候とは本隊から独立して行動する1個分隊程度の小さな分遣隊のことですが、その任務は状況によってさまざまに変化します。例えば次のような任務を斥候は遂行する場合があります。 敵情、地形、もしくは地域住民に関する情報資料の収集すること。 敵の部隊との接触を回復すること、または味方の部隊の所在を確認すること。 敵を撃破し、または損害を与えるように交戦すること。 地域住民の信頼を維持または獲得すること。 治安の不安定化を予防すること。 反乱軍または犯罪活動を抑制し、打撃を加えること(FM3-21.8: 9-1-2) 確かに偵察は斥候の任務の一部ではあるのですが、敵との交戦を狙った斥候もあるということがここで示されています。つまり、斥候には戦闘を主眼とするもの、偵察を主眼とするものの二種類に分かれるのです。専門用語だと前者の斥候は戦闘斥候(combat patrol)、後者は偵察斥候(reconnaissance patrol)と呼ばれています(Ibid.: 9-2)。 斥候の行動の一例。 目標に対して最短距離で前進するのではなく、その周囲の状況を調べることができるような経路を前進している。 (FM3-21.8: 9-4) 斥候は本隊から離れて行動しますので、もちろん敵との交戦は望ましい状況ではありません。 しかし、少人数だからこそできる戦法もあるのです。それが襲撃(raid)と伏撃(ambush)の二つです。これらはいずれも奇襲の一種なのですが、その定義は異なります。 襲撃について 襲撃とはその地域を確保して占領すること以外の目標を達成するためにある陣地や施設に対して加えられる奇襲的な攻撃のことを言います(Ibid.: 9-10)。 例えば、敵の倉庫、通信基地等の重要施設を破壊すること、敵に身柄を捕らえられた人質や捕虜を奪回すること、敵の作戦の準備を遅らせること、これらはいずれも襲撃に属する行動であり、戦闘斥候の任...

文献紹介 クセノフォンの騎兵戦術

古来より軍隊はさまざまな種類の部隊で組織されてきましたが、特に騎兵は近世までの戦場で重要な役割を果たしてきました。 騎兵の戦術について考察することが、直ちに現代の戦術に役立つわけではないのですが、戦術の基本原則の妥当性を検討する上で有意義な部分も少なくなく、歴史的関心から見ても興味深いテーマだと思われます。 今回は、こうした観点から、 クセノフォン の著作から古代の騎兵戦術に関する考察を紹介したいと思います。 文献情報 クセノポーン『騎兵隊長・馬術』田中秀央、吉田一次訳、生活社、1944年 このような騎兵戦術に関する考察がクセノフォンによってまとめられた背景には、紀元前365年にアテナイとテーバイの戦争が予期されるに至ったことが関係しています。 アテナイ軍で騎兵隊長の地位にあったクセノフォンであり、騎兵に対して強い研究心を持っていました。また、研究者によるとこの著作の執筆した時に2人の息子を兵役のためにアテナイに送り出した時期とも重なっているそうで、騎兵に関する研究成果をまとめて次世代に継承する必要を感じていたのかもしれません。 現代の観点からクセノフォンが考える戦術の特徴を考察すると、欺瞞の重要性が繰り返し強調されている点に気が付きます。 これは戦場における騎兵部隊の特性から、敵に物理的打撃を加える前に心理的衝撃を与えること、つまり奇襲を成功させることが戦果を上げるために重要であったことを反映したものと考えられます。 もちろん、クセノフォンは戦場における騎兵の戦術だけを議論したわけではなく、その管理の問題についても言及しており、特に古代アテナイで騎兵部隊がどのように運営されていたのかについて記してもいます。 クセノフォンはまずアテナイの法令に基づく定数1,000名の騎兵部隊を維持するためには、適切に新兵を配属するだけでなく、軍務に適格な軍馬を選抜することも重要であると述べています。 (旧字体の箇所など原文に手を加えて引用している箇所があります) 「騎兵隊の人員を満たすと同時に、馬が激務に耐え得るよう十分な糧秣を与えることに注意せねばならない。激務に耐え得ぬ馬は追いかけることも、逃げることもできないからである。従順ならざる馬は味方を益するよりは敵を助けることの方が多いから、馬を従順ならしめることが肝要である。乗馬する時蹴...