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2018年4月19日木曜日

学説紹介 ミサイル・チェス―巡航ミサイルの登場と海軍戦術の再考―

戦術の研究が興味深い理由の一つは、ある時期で有効性が確認された原則であっても、条件が少し変わっただけで、それが通用しなくなることがしばしば起こるためです。
これは海軍戦術の分野においても当てはまることであり、海軍の戦術思想は時代とともに変化を続けてきました。

最近の変化で見過ごせないのが1970年代以降に本格的な使用が始まった巡航ミサイルの影響であり、その戦術的な意義に関する議論は1980年代まで続き、現代における海軍戦術にも影響を与えています。
今回は、当時の議論を知ることができる論文を取り上げ、その内容を紹介することで、戦術に対する理解を深めたいと思います。

論文情報
Hughes, Wayne P. 1981. "Missile Chess: A Parable," Proceedings, Vol. 107/7/941, pp. 26-30.

巡航ミサイルが海軍戦術の前提を変えた

この論文の著者は米海軍の士官としての経歴を持つだけでなく、海軍戦術に関する学術研究でも数多くの業績があります。
主著『艦隊戦術(Fleet Tactics)』は近代の海軍戦術の概観した文献であり、最近になって改訂版(『艦隊戦術と沿岸戦闘(Fleet Tactics and Coastal Combat)』)が出されるほど評価されている名著です。
その著者が1980年代に海軍戦術を考察したのがこの論文であり、1981年に米海軍協会で受賞しました。

著者の議論は1980年前後の米海軍で実施された機動演習や図上演習で判明した教訓を指摘するところから始まっています。
その教訓とは、可能な限り多くのミサイルを艦艇に搭載させることこそが、海戦の勝敗を決する傾向にあるということであり、1973年の戦争でエジプト海軍とイスラエル海軍が地中海で実際に交戦した際にもその影響が確認できます。

こうした戦術の変化を受けて著者は大胆に空母を中心とする米海軍の戦術思想を批判しました。
著者にとって空母から発信する航空機の機能のいくつかは巡航ミサイルで代替可能になっており、見方によっては巡航ミサイルの方が優れている面もあると論じています。
このことを説明するため、著者はチェスの類似を使って、ミサイルを使用した海戦の様相について解説しています。

ミサイル・チェスのルールと展開

著者が述べるミサイル・チェスは通常のチェスのルールを少し変えたゲームですが、異なるのはそれぞれの駒が2回までミサイルで攻撃できる、ということだけです。
いずれの駒も2回にわたってミサイルを発射すると、残弾はゼロになってしまいます。つまり、盤上に残っているものの、敵を倒す能力はなくなってしまうということです。
(ちなみに、ポーンが敵陣地の一番奥まで到達して他の駒に昇進すれば、再び2回の攻撃が可能な状態に戻るとされています)

このルール変更だけを覚えておけば、残りの駒は通常のチェスの移動ルールを適用するだけで遊ぶことができます。この特別ルールで遊ぶチェスは通常のチェスとかなり異なった展開を見せます。
攻撃の回数が制限されているものの、ポーンが持つ攻撃力は飛躍的に高まります。ポーンは大きく移動できないものの、ミサイルで攻撃する際にはクイーンと同じ範囲の敵を攻撃できます。
機動力に優れたクイーン、ルーク、ビショップ、ナイトを攻撃に投入するタイミングは、より慎重に決定しなければならず、しかも終盤に敵のキングを追い詰めるためにポーンの攻撃力を温存することも考えなければなりません。

チェスの駒はそれぞれ16個あるので、初期の配置から攻撃が可能な回数は32回しかありません。つまり、残弾に注意を払い、慎重に一連の攻撃を組み立てなければならないのです。

もちろん、著者はミサイル・チェスの論文を書いているというわけではありません。このミサイル・チェスは、現代の巡航ミサイルを前提とした海戦の抽象化です。
この変則的なチェスで著者が説明したいのは、巡航ミサイルが登場したことで、小型の艦艇が持つ戦術的機能は飛躍的に高まり、今後の海戦で空母のような大型の艦艇が活躍できる場面は小さくなる恐れがあることです。

空母を守りながら戦うことの限界を認識せよ

チェスの世界から現実の海戦に視点を戻した著者は、今後の海戦の動向を見据えた場合、空母のような大型の艦艇が脆弱になることは避けられず、本来なら小型の空母を多数整備した方が戦術的には有利だと主張します。
とはいえ、空母を建造するコストの重さを考えれば、やはり大型の空母を運用することが現実的な選択肢であることは著者は認めています。

そうなると、巡航ミサイル、特にイージス・システムを備えた艦艇で艦隊防空の能力を高めることが重要な課題ということになります。
「クイーン」である空母を敵のミサイル攻撃から守るための「ナイト」や「ビショップ」が必要ということです。

とはいえ、艦隊の攻撃力を少数の艦艇に集中させることは戦術的に適切なことではないという立場を著者は崩していません。
過去の戦術の延命措置に努めるよりも、新しい戦闘環境に適用していくことが重要であると著者は考えており、技術の向上で攻撃と防御の優劣がさらに変化することになれば、防御に手間のかかる「クイーン」の出番はますます少なくなる可能性もあります。

むすびにかえて

著者は現代の海戦をチェスに見立てながら、正規空母の中心に位置付ける米海軍の戦術思想に反省を求めました。
その議論には過度な単純化も含まれていますが、海軍戦術に対する著者の興味深い考察が論文の欠点をよく補っています。

実際にプレイしてみると分かりますが、ミサイル・チェスは普通のチェスの序盤で見られる中央の支配権を奪い合う展開はまずありません。戦闘が開始されると同時にポーン間でミサイルの応酬が始まるためです。
防御のために若干の小移動がある程度で、盤上からどの駒を取り除くのか、どの駒を温存するのかをプレイヤーは判断しなければなりません。

一通りミサイルを射ち終わってからは本格的な移動が始まるのですが、この段階に入るとどちらが先に一連の攻撃準備を完成させるかが重要になります。
先攻が優位なのは普通のチェスと同じですが、ミサイル・チェスは先攻の優位がさらに強化されているという印象で、いったん防御に回ると主導権を取り戻すことが非常に難しいという印象を持ちます。

最後に、当時の著者の議論の妥当性について考えてみると、巡航ミサイルは海戦の形態を大きく変えたという指摘は正しかったように思われます。
しかし、戦術の観点から空母の価値をどのように判断すべきかという論点について著者の議論は必ずしも満足できるものではないと思います。
空母の意義が低下しているという議論は現在も続いていますが、艦隊防空のシステムについても研究開発が進んでいるため、より詳細な研究が必要な問題だと思います。

KT

参考文献
Hughes, W. P. 1986. Fleet Tactics: Theory and Practice. Annapolis: Naval Institute Press. 旧版、巡航ミサイルを用いた海軍戦術に関する分析などが含まれていない。
Hughes, W. P. 2014(1999). Fleet Tactics and Coastal Combat. 2nd edition. Annapolis: Naval Institute Press. 新版