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2017年5月28日日曜日

学説紹介 革命の戦略家、マルクスとエンゲルス

カール・マルクス(1818年5月5日 - 1883年3 月14日)とフリードリヒ・エンゲルス(1820年11月28日 - 1895年8月5日)は政治経済学の思想家と思われがちですが、軍事学でも大きな功績を残しています。

特にエンゲルスの著作には軍事問題を取り扱ったものが多く、19世紀以降の革命家の戦略にも影響を与えたと考えられています。

今回は、ジグムント・ノイマンとマーク・フォン・ハーゲンの研究に沿って、マルクスとエンゲルスの戦略思想の特徴について紹介してみたいと思います。

マルクスとエンゲルスの共同研究
左がカール・マルクス、右がフリードリヒ・エンゲルス
エンゲルスはマルクスと深い友情を結び、40年間の長きにわたって共に研究を行いましたが、彼らの共通の関心はやはり革命を起こして社会主義を実現することにありました。

彼らが生きた時代は「諸国民の春」として歴史家に知られる1848年革命の時期と重なっています。当然、マルクスとエンゲルスもこの革命に興味を持っていました(ノイマン、ハーゲン「エンゲルス、マルクスと革命・戦争・軍隊」235頁)。

しかし、当初期待したように事態は進まず、ヨーロッパ各地で同時多発的に発生した革命運動もやがて目に見える成果を残すことなく立ち消えてしまいます。

そのため、この敗因を究明することがマルクスとエンゲルスにとって重要な研究課題となり、特に革命の重要な手段である暴動が研究対象として位置付けられるようになります(同上、236頁)。

この研究はやがて軍事戦略の観点から暴動を考察した論文としてまとめられ、エンゲルスが執筆し、マルクスの編集を経て、マルクスの名前により1851年からおよそ1年にわたって『ニューヨーク・トリビューン』で連載されています(同上)。

暴動は戦争と同じく技術の問題である

マルクスとエンゲルスは暴動を戦争と同じく技術の問題だと考えました。つまり、そこには研究を要する法則性があり、それに従って遂行しなければならないのです。

彼らの議論は多岐に渡りますが、第一に重要なことは暴動を起こす前に準備を万全に整えておくことであり、それは暴動の後に続いて生じる状況に対応することも視野に入れたものでなければならないということです(同上)。

第二に重視すべき事柄は、「一度暴動が開始されたなら、断固として行動し、常に攻撃せよ。防御はすべての武装蜂起にとって死を意味する」ということです(同上)。

マルクスとエンゲルスは1848年にヨーロッパ各国で起きた暴動に多くの軍人が参加していたことを知っていました(同上、235頁)。

その中には単なる市街地での防御戦闘だけでなく、野戦を遂行するほどの組織力を持った革命勢力もおり(同上)、こうした戦略打撃が可能な兵力を革命に活用するためには、政府軍に立ち直る隙を与えず、一挙に攻勢に出ることこそが重要だと思われたのです。

もちろん、マルクス、エンゲルスはいずれも情勢が変化し、当初の勢いがなくなれば、それ以降の行動で成果を上げることは非現実的であるとも忠告しています。1850年代にもう一度蜂起を試みた革命勢力に対して今は準備工作に専念すべき時期だと主張したことはその一例です(同上、236頁)。

つまり、彼らの思想において「忍耐と時期を見定めることが合理的な戦略の必要条件となった」のです(同上)。それでは、いつになれば革命を起こすことができるのでしょうか。

国際情勢を利用した革命戦略
マルクスとエンゲルスは暴動の成功条件を考察する際に、国内政治の状況だけを見ていたわけではありませんでした。

マルクスは革命運動に参加したためにドイツを離れることになり、イギリスで亡命生活を余儀なくされていたのですが、そこで国際情勢を利用すべきことを研究しています。

マルクスとエンゲルスは世界の歴史が階級闘争の歴史として説明できるという命題を研究の前提としていたのですが、これは支配階級が国家権力を独占し、被支配階級を軍事的、経済的、思想的に弾圧しているという情勢認識に立つものでもありました(同上、237頁)。

こうした認識に基づくと、国家と国家との戦争は支配階級同士の争いであり、被支配階級はこうした闘争を利用することができると考えられるのです。この点についてノイマンとハーゲンは次のように解説しています。
「この観点に立つと、支配階級が互いに宣戦布告をすると、いかなる社会の階級闘争も国際政治の場に持ち込まれることになる。戦争は、支配階級を支える社会のもろい機構にあまりにも大きな負担とならない限り、彼らの利益となる。この時点で戦争は革命の促進剤となりうるのである」(同上、238頁)
つまり、マルクスとエンゲルスは戦争を社会の安定を破壊する好機と見なしていたということがいえます。

もちろん、革命で勝利を収めるために流さなければならない血を考えれば、こうした戦略が決して望ましいものではないことも彼らは理解していましたが、それでも一つの戦略的議論として筋が通ったものでした。

むすびにかえて
このような戦略構想を得たことで、マルクスとエンゲルスは大規模な世界戦争だけが革命をもたらすのではないかという憂鬱な不安を抱いたといわれています(同上、244頁)。

彼らは戦争が革命の起爆剤となり得ることを学問的に理解しましたが、19世紀後半において戦争の形態が急激に変化していることも同時に認識しており、将来の戦争がヨーロッパ全土を荒廃させる事態を真剣に恐れていました。

この洞察は第一次世界大戦でドイツ、オーストリアに起きたことを予見するものであったといえるかもしれませんが、いずれにせよ、彼らは1888年になると革命を遂行するための構想として戦争を除外してしまい、それ以降の革命運動は方向性を失っていきます。その意味でマルクスとエンゲルスの戦略は研究から実行の段階に移る過程で行き詰まったといえるでしょう。

しかし、軍事学の歴史においてマルクスとエンゲルスの研究は新しい可能性を示唆するものであったことは確かです。

ベトナムやイラクの経験を通じて、現代の戦争は軍隊だけで遂行されるものではないという見解は現在もはや一般化していると思いますが、彼らはそのような視点を最初に提示した研究者であるということは再確認しておくべきだと思います。

KT

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参考文献
ジグムント・ノイマン、マーク・フォン・ハーゲン「エンゲルス、マルクスと革命・戦争・軍隊」ピーター・パレット『現代戦略思想の系譜 マキャヴェリから核時代まで』防衛大学校・「戦争・戦略の変遷」研究会訳、ダイヤモンド社、1989年、231-248頁

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