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2016年5月4日水曜日

論文紹介 サイバー戦のゲームを制作すべし

サイバー安全保障がこれほど大きな問題となっているにもかかわらず、十分な要員を確保することができず困っている国は日本だけではありません。米国では要員確保に取り組む第一歩として、その教育訓練に関する調査研究が進められています。

今回は、サイバー戦に備えるために必要な人員を訓練するためのゲームを提供することが政府として必要であることを提案した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Christopher Herr, and Dennis Allen. 2014. Video Games as a Training Tool to Prepare the Next Generation of Cyber Warriors, Pittsburgh: Software Engineering Institute, Carnegie Mellon University.

米軍におけるゲーム開発の歴史
ゲームを教育目的で利用するという取り組みは目新しいものではありません。
さまざまな分野でゲームが優れた訓練用の教材となり得ることは実証されており、小学校や中学校の生徒に対する学科教育でも大きな成果を上げています。座学のような一方的な情報の伝達ではなく、学習者の自発的な参加が促されることが学習効果を高めると考えられています。

米軍でゲームが軍事訓練のために最初に導入されたのは1962年のこととされており、当時国防総省が出資してマサチューセッツ工科大学が開発した『宇宙戦争(Spacewar)』というゲームでしたが、まだ当時は二次元の空間に艦艇を展開し、ミサイルで交戦するという単純なゲームでした(Herr and Allen 2014: 8)。
戦闘モデルが三次元の空間にまで発展させたゲームは1970年代に開発された『戦闘地域(Battlezone)』であり、これは一人称視点でプレイヤーが戦車の砲手となるゲームであり、米軍はこのゲームを当時開発中だったM2ブラッドレー歩兵戦闘車の訓練用シミュレータに採用しました(Ibid.)。

こうした事業に基づく知見を踏まえて米軍では独自にシミュレーション・ネットワークの構築を始めます。
1982年には数百のシミュレーターをSIMNETと呼ばれるネットワークで結ぶことにより、複数人が戦闘機や戦車を仮想の空間で同時に操作する訓練環境が整備されました(Ibid.)。1990年代初頭に湾岸戦争が勃発すると、SIMNETではイラク侵攻に参加する世界中の米陸軍の戦車部隊の隊員が接続し、詳細な戦術の検討が繰り返し行われることに活用されました(Ibid.)。

商業ゲームの活用と募集活動等への応用の広がり
しかし、SIMNETは多額の経費を費やした事業でもあったため、1990年代に海兵隊が新たにゲームの開発に関心を示した際には、商業用ゲームを最大限に利用する新しい取り組みが試みられました。
当時、多くのゲームが候補とされましたが、海兵隊への提供を認めたのはDoomというゲームであり、これは設定に変更を加えたMarine Doomという新たなゲームに改められた上で採用されることになりました。
三次元空間に展開する市街地歩兵分隊の戦術行動の研究のために活用され、多くの海兵隊員の間で非常に好評でした。しかも、SIMNETの経費が10年間で1億4000万ドルであったのに対して、Marine Doomは1000ドル以下の経費で済ませることができたのです(Ibid.: 9)。

2002年になると米軍では新兵を募集するための手段としてゲームを活用することも始めます。
ゲームを通じて営内での生活や訓練の様相を仮想的に体験することにより、より多くの青少年に軍隊を進路として考えてもらうきっかけとするのです(Ibid.: 9)。
このゲームの内容は基本戦闘訓練(Basic Combat Training)に重点が置かれており、これをプレイすることによって新兵が事前にどのような内容の訓練を受けるのか知識を与えることにもつながり、訓練効率の向上にも寄与するところがありました(Ibid.)。
こうしたシミュレーション・ゲームの活用は近年では衛生兵や工兵の訓練にも応用されるようになっており、ますます使用される機会が増えています。

サイバー戦要員のためのゲームの必要性
こうした数々の成果を見れば、ゲームをサイバー戦の要員確保に利用しないという手は考えられません。著者らはこうしたゲームがこれまでに開発されていないことを指摘した上で、設計する上での基本的な原則について考察しています。
・プレイヤーは大局的にはサイバー安全保障の状況を経験し、ネットワークやシステムを防衛する方法を学ぶことができる。また戦術的には安全上の措置をとり、特定の活動のタイプを監視し、デバイスを設定する技術について学ぶこともできる。
・プレイヤーには以下のルールの一覧が与えられるべきである。最良のゲームは現実に基づくルールが与えられるものであり、その影響を無視して逸脱することはできない。軍事上のゲームにおいては、それらは交戦規定と呼ばれる。サイバー安全保障の訓練シミュレーションでは、これらの規則はその要請に基づいて利用可能なシステムを制限し、何がプレイヤーにできるのか、何を変えることができないのかを制限する。例えばプレイヤーは疑わしい活動をブロックし、また防護するためにファイアウォールを構成することは許されるべきだが、単にネットワークを切断してあらゆる通信を途絶させることはできない。(Ibid.: 12)
著者らの提案はこれだけではなく、プレイヤーは攻撃者から自分のネットワーク上の位置を特定される危険を経験できることや、政府または企業のネットワークがどのように機能しており、それがどのように攻撃を受ける可能性があるのか、プレイヤーが攻撃者に対抗し得る手段が電源を落とすことしかなければ、それによってどれほどの損害が発生するのかを経験できるようにすることなども重要だと述べています(Ibid.: 12-3)。

むすびにかえて
日本でゲームと聞くと子供向けのイメージが持たれがちですが、米国では軍隊とゲーム業界には歴史的な繋がりがあり、米軍としても積極的にゲームを訓練目的で活用してきた歴史があります。米軍にとってゲームは遊戯なのではなく、訓練と研究の一部として位置付けられてきました。
しかし、そんな米軍でもサイバー空間における戦術行動に関するゲームというものはこれまでに本格的なものが開発されたことがありません。
サイバー戦という問題がいまだにシミュレーション・ゲーム化されていない現状は考えてみれば奇妙なことですが、だからこそ改めて開発する価値があるのかもしれません。そうしたゲームの開発を通じて次の世代のためにサイバー戦の学習環境を整備すべきという著者の指摘も重要だと思います。

KT

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