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2016年3月12日土曜日

論文紹介 自衛隊も接近阻止/領域拒否(A2AD)を重視すべきか

近年の東アジア地域の安全保障環境において、日本が検討すべき戦略として接近阻止/領域拒否(A2AD)を挙げている研究者がいます。つまり中国軍が対米戦略として採用している戦略を日本としても採用することにより、少なくとも中国軍の海洋への進出を手詰まりに追い込むことができるという考え方です。

今回は、戦略研究の観点から日本の戦略として接近阻止の重要性を考察した論文の内容を紹介し、その意義と限界について考察したいと思います。

論文紹介
Toshi Yoshihara. 2014. Going Anti-Access at Sea: How Japan Can Turn the Tables on China, Maritime Strategy Series, September, Washington, D.C.: Center for New American Security. http://www.cnas.org/sites/default/files/publications-pdf/CNAS%20Maritime2_Yoshihara.pdf (Accessed 2016/3/11)

近代化する中国軍の脅威
052D型駆逐艦。現在、中国海軍で配備が進められているミサイル駆逐艦。
主要な兵装はHHQ-9であり、諸説あるが射程200km、32セルのVLSが2基搭載。
近年の日中間の勢力関係について著者は、基本的に日本が不利であるという見方を示しています。
中国海軍は着実に戦力規模の拡大を続けており、2000年から2010年にかけて攻撃型潜水艦は5隻から31隻に、初の航空母艦として遼寧が配備されただけでなく、ソブレメンヌイ級駆逐艦もロシアから4隻調達しました(Yoshihara 2014: 4)。
また中国海軍の052D型駆逐艦の性能は、海自のこんごう型護衛艦に匹敵するとさえ述べられています(Ibid.)。

また戦力を整備するだけでなく、中国海軍は2008年以降に東シナ海から太平洋に向けて繰り返し航行するようになっており、2013年には初めて水上任務群が日本列島の周航を行うことにも成功しました(Ibid.)。また2013年に中国政府は一方的に防空識別圏の設定を通告し、外国の航空機に飛行計画の提出を要求しただけでなく、この防空識別圏に日本の尖閣諸島の空域を組み入れる処置をとってきました(Ibid.)。

さらに著者が懸念しているのは、中国軍が台湾有事などの際に米軍部隊の接近を阻止する能力を持つことです。中国軍の弾道ミサイルをもってすれば、嘉手納、岩国、佐世保、横須賀の基地に攻撃を加えることが可能なため、米軍は東アジア地域で作戦基盤を失う恐れが出てきます(Ibid.: 5)。つまり、中国軍は日本の基地を第一撃で使用不能にすれば、少なくとも戦争の序盤で非常に有利な立場をとることが期待されるのです。

日本の戦略構想としての接近阻止
那覇航空基地に配備される第5航空群のP-3C。
自衛隊の対潜水艦戦能力の中核を占める哨戒機であるが、有事の際には中国軍の第一撃によって那覇の基地機能は停止する恐れがあると考えられている。
さらに日本にとって都合が悪いことに、日本の現在の防衛態勢は必ずしも中国軍の戦略に対応できるものとはいないと著者は指摘しています。

その一例として、自衛隊は米軍に次いで固定翼対潜哨戒機を数多く保有していますが、それらは沖縄の那覇基地に配備されているため、中国軍のミサイル攻撃を受ければ地上で破壊される危険が大きいと考えられます(Ibid.)。
ミサイルと並んで中国海軍が重視している装備に潜水艦がありますが、潜水艦隊の規模は拡大しています。対潜水艦戦で必要とされる装備は安価なものではなく、こうした攻撃と防御の不均衡は中国にとって有利に作用しています(Ibid.)。

これらの状況判断を踏まえれば、日本の防衛にとっていかに不利な要因が出現しつつあるかが分かってきますが、著者はこうした中国軍の戦略に対抗するためには、中国軍が考える戦略を自衛隊が模倣する姿勢が有効であるという見方を示しています。
「もし抑止に失敗したとしても、(日本がそのような戦略をとれば、)それは中国はどのような沖合での紛争であれ軍事的目標の達成には欠かすことができない共有地への進出を拒否することになるだろう。日本の戦略は日中の海上対決の中心地である東シナ海内外で使用される海上および航空戦力にリスクを与える」(Ibid.: 6)
つまり、自衛隊が中国軍のように相手の接近を許さない防衛態勢を構築する戦略をとれば、中国海軍が海洋進出する動きに歯止めをかけやすくなるという考え方です。

具体的に整備すべき戦力に関する考察
中国の第一列島線、第二列島線の要図。
中国の戦略計画の成否は、対日攻撃によって米軍基地を機能停止に追い込むことに大きく依存している。
しかし、米軍基地が破壊されたとしても、自衛隊が中国軍の侵攻を拒否できれば、米本土の部隊が来援するまで中国軍を東シナ海に閉じ込めたままにすることが可能となる。
著者は自衛隊が中国軍に対して優位に立つためには、地の利を利用することが非常に重要であることを強調しています。
特に南西諸島から九州に至る列島線に配備された部隊は、中国軍の海洋進出を効果的に防ぐことが可能な要所であり、いわば日本は中国が海洋に進出するために使用する海上交通路の「門番(gatekeeper)」としての地位に立つことが可能なのです(Ibid.)。

戦力態勢を見ると、中国海軍には対潜水艦戦能力や機雷戦能力に大きな不備が見られます。そこで、海自がこの領域の戦力を増強することができれば、中国海軍は対応することができず、それだけ東シナ海から抜け出すことが難しくなると考えられます(Ibid.: 6-7)。
それに加えて、小型艦艇を駆使した海上でのゲリラ戦や沿岸地域に地対艦ミサイルを配備する取り組みも中国海軍の海洋進出を拒否するための手段として評価されています(Ibid.: 7-8)。

ここまでは海上戦力に関する考察が、著者はさらに強靭化(hardening)の必要性についても議論しています。著者はこの強靭化は日本の戦略にとって極めて重大であると強調し、また部隊の分散化を進める必要性についても述べられています(Ibid. 9)。

批判的考察の試み
この研究には日本の戦略をより効率的なものに作り替える上で興味深い指摘も見られますが、根本的な問題があるように思います。
つまり、中国は日本より長射程の武器体系を保有しており、対日攻撃の際にはスタンドオフ能力を駆使して、一方的なミサイル攻撃が可能である点が十分に考慮されていません。

そもそも接近阻止・領域拒否という戦略構想の基礎にある考え方は、戦闘地域を可能な限り国土から遠くに移動させるというものでした。東アジア地域における自国の勢力圏を安定させたい中国としては、その勢力圏の境界に当たる部分で防衛線を構成し、米軍の軍事的プレゼンスを相殺する必要があったためです。

しかし、この論文の著者が構想している日本の戦略には、戦場を国土から可能な限り遠方に持っていくための具体的な提案が見られません。従来の島嶼防衛の考え方を別の用語に置き換えただけのようにも思われます。
もし日本が中国に対して接近阻止を図ろうとしても、自衛隊と中国軍では使用可能な武器の射程と投射能力の格差があまりに大きいため、非現実的であると思われます。(イージスシステムに関する議論もありますが、ここでは割愛します)

したがって、日本がより注目すべきは接近阻止のような問題ではなく、中国軍が全力で繰り出してくる第一撃に耐え抜く能力を自衛隊だけでなく、国民全体に持たせることだと思われます。接近阻止戦略の議論を別にすれば、「強靭化」と「分散化」に対する著者の指摘は非常に有意義なものだと考えられます。

KT

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