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2015年11月19日木曜日

論文紹介 地球規模で船団を護衛するには

現代の日本のグローバルな経済活動を基礎から支えているのは海運であり、その重要性は今後も拡大すると予想されます。
船舶により輸送される物資が増大し続ける一方で、この輸送を安全に維持する必要もますます強まっています。特に日本が太平洋からインド洋にまで跨る長大な海上交通路に依存していること、中国が海洋進出の動きを強めていることが、その必要性を一層大きなものとしています。

今回は、この問題を考える参考として、1960年代にソ連が海軍を急速に増強し始めた時期にイギリスで書かれた論文を紹介したいと思います。

文献情報
Schofield, B. B. 1969. "Collective Security and the Defense of Shipping." Proceedings Magazine, Vol. 95/3/793.

海洋国家であるイギリスにとって海上交通路の安全を確保することは最も重要な安全保障上の課題とされてきました。
これは核戦争の危険が認識されるようになった冷戦期においても基本的に変わることはありませんでした。
しかし、1960年代からソ連海軍による海洋進出の動きが活発化すると、イギリスの知識人や軍人たちは改めて海上交通路の保全という戦略問題を検討し始めます。この論文の著者である元英海軍提督のスコフィールドもその一人でした。

著者は海洋国家が直面する限定戦争は、つまり核が使用されない戦争を想定すれば、大きく干渉戦争と隠密戦争の二種類に区別されると指摘しています。
干渉戦争とは、イギリスが海を隔てたヨーロッパ大陸の沿岸部に地上部隊を海上輸送で直接送り込むか、少なくとも沖合から間接的に大陸の政治・軍事情勢に影響を及ぼすことを目指すものです。
しかし、もう一つの隠密戦争(gray war)はより海上に重点が置かれた戦争の一形態です。
それは海上交通路を利用する側とそれを阻止する側の断続的な海上での交戦であり、このような戦争でイギリスは政治的、地理的理由から防衛者の立場にあります。
したがって、イギリスはソ連と隠密戦争となった場合には、自国の海上交通路を守るための戦闘艦艇を建造しなければなりません。

しかし、イギリスの海上交通路は全世界に広がっており、それら全てをソ連の潜水艦から保護するだけの戦力を整備することは財政制約から現実的ではありませんでした。
「この種の潜水艦の脅威に対して船団護衛が効果的ではあるが、世界の全ての海域でこれを実施することが不可能である。そこで必要となるのが集団的安全保障である。しかし、現在のところ海上部隊について世界規模の集団的安全保障の措置が講じられてはいない」
 このような問題を踏まえて著者は、集団的安全保障の枠組みに基づく海洋戦略が必要であると指摘し、次のような提案を行っています。
「ここで求められていることは海洋防衛機構(Maritime Defense Organization, MADO)を設立することであり、つまり船舶を有する自由諸国であればどの国家であれ加盟することができるように処置することである。そこでは加盟国が保有する商船100隻ごとに1隻の護衛艦、50隻ごとに1機の航空機を提供する」
批判的な見方をすれば、商船100隻ごとに1隻の護衛艦、50隻ごとに1機の航空機という計算には根拠が不明確な部分があり、議論の余地が残されています。

しかし、海洋安全保障に特化した国際機関することで西側諸国の中で船舶を有する国々に、相応の海上防衛を分担させ、継続的に海上交通路を保護することを可能にする、という著者の構想は、すでに大規模な艦隊を維持できなくなっていたイギリスの国力国情にも、ソ連の海洋進出という世界情勢にも合致したものでした。

無論、これは研究としては理論研究の段階に止まるものではありましたが、海洋国家の戦略として海上交通路を保護するために艦隊を増強するよりも、多国間協力を推進する外交努力の重要性を示唆したことは、艦隊決戦を重視したマハン(Alfred T. Mahan)の海洋戦略の考え方を見直すという意義がありました。

また、海洋防衛機構の加盟国が集団的自衛権を行使することができて、はじめて世界規模の船団護衛が可能となることが示されているところも、この論文の成果に挙げられるでしょう。
海洋国家はその成り立ちからして一国だけで存立する訳にはいきません。海上交通路で結ばれた遠く外国と経済的に結び付いており、それが敵の武力によって遮断されることになれば直ちに物流の混乱、物価の急上昇という事態が引き起こされます。

この論文は1960年代にイギリスで書かれたものではありますが、限られた海上戦力しか持たない日本が自国の海上輸送を保護するために、外国の海軍とどのような連携が必要となるのかを検討する上で一つの視座を与えていると思います。

KT

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