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2015年9月7日月曜日

平和運動が安全保障に与える影響


つい先日のことなのですが、ある学会関係のメーリングリストを通じて平和安全保障法制に反対を呼び掛けるように指示が出されたことを知らせるメールが私に届きました。
これは学者、研究者の地位を政治的に利用した平和運動であり、その意見を詳細に検討しても安全保障学の観点から興味深い問題ではありません。
それよりも私達がより興味を引かれるのは、こうした防衛体制の強化に反対する平和運動が、国家の安全保障に与える影響です。

今回は、サミュエル・ハンチントンの研究に基づき、反軍的な平和運動が国家安全保障に与える影響を説明したいと思います。

まず、平和運動の影響で最も重要なのは、軍人が政治的活動に参画する誘因を著しく強化することであるとハンチントンは指摘しています。これはどのような意味なのでしょうか。

そもそも軍人という職業は、教育訓練に基づく専門的能力を必要とします。
特に19世紀以降に近代的な軍事学が成立し、とそれに基づく教育体系が整備されて以降、各級の士官たちは国家が政策を遂行するために必要な作戦計画の立案、実施、評価に従事してきました。
このような軍人の専門職的な特性は軍事的プロフェッショナリズム(military professionalism)と呼ばれています(ハンチントン2008: 1章、2章を参照)。

軍事的プロフェッショナリズムは国家に対して軍人に三種類の機能を負わせます。
(1)国防に必要な資源や予算を政府に知らせる代表的機能
(2)第二の機能は国家の政策を軍事的観点から分析して報告する助言的機能
(3)国家の政策決定を踏まえながら作戦行動を遂行する執行的機能(ハンチントン2008: 上72)
いわば、軍人は軍事的プロフェッショナリズムを発揮することによって国家安全保障に寄与しているのです。

そして、ここから重要な議論ですが、ハンチントンは反軍的な平和運動が社会で優勢となると、軍事的プロフェッショナリズムに基づいて軍人たちが行動することはできなくなる、と述べています。
武器や軍隊の存在意義を否定する平和運動は、軍事的プロフェッショナリズムを批判し、軍人がより「市民的価値観」を共有することをイデオロギーとして要求するためです。

そうした結果、国家の安全保障政策の現場において軍人たちは軍事的プロフェッショナリズムに固守することを放棄し、自らの社会的、政治的地位を改善するために行動し始めます。
「権力を手に入れるために軍人が支払われなければならない犠牲は、軍人倫理とその社会に広くあるイデオロギーのギャップの大きさに依存する。(中略)政治権力の持つ抑制効果が、彼らを良き自由主義者にし、良きファシストにし、良き共産主義者とするが、専門職業人としては無能になる。専門職業遂行上の満足とその専門的職業上の規則を固守することが、権力、地位、財産、名声上の満足と非軍人的グループの称賛によって置き換えられるのである」(同上、上95)
結果的に、その社会の中で支配的なイデオロギーがますます軍隊の内部に浸透していきます。
専門的能力ではなく、政治的思想によって軍人たちは評価されることになり、日々の隊務に邁進する誘因、動機は損なわれてしまいます

以上をまとめると、平和運動によって軍隊、武器、戦略などを廃止する反軍的要求が強まれば、軍人は自らの職業的責任を放棄し、政治的立場から活動する動機、誘因が強化されます。
そのことは軍事的安全保障に負の影響をもたらす、とハンチントンは考えているのです。

注意すべき点ですが、平和運動の一切が軍事的プロフェッショナリズムを損なうわけではないことです。
戦争の悲惨さを指摘し、平和の意義を主張するという平和運動は、安全保障にとって有害なものだとハンチントンは考えていません。

ここで本質的な問題は、その平和運動が主張するのが戦争の回避と平和の実現のために軍隊、武器、戦略それ自体を放棄すべきという反軍主義(anti-militarism)かどうかという点です。
反軍主義は軍隊の存在意義を否定するため安全保障を脅かすものですが、紛争の平和的解決を主張する平和主義(pacifism)は軍隊の存在意義を必ずしも否定する思想ではなく、それ自体が軍事的プロフェッショナリズムを脅かすものではありません。

戦争を誰よりも恐れているのは、第一線で戦わなければならない軍人たちです。

KT

参考文献
サミュエル・ハンチントン『軍人と国家』原書房、上下2巻、2008年

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