しかし、単に地図上で国際関係を分析するだけが地政学の要件と言い切ることはできません。
ある地点で生じた出来事が他の地点に及ぼす影響を、あくまでも地域単位ではなく地球規模で考察することが地政学の要諦だと言えます。
マッキンダーが考案した地政学の分析モデルの概要。 世界全体がユーラシア大陸の中心部(pivot area)、沿岸部(inner or marginal crescent)、ユーラシア大陸の沖合の大陸・島嶼(lands of outer or insular crescent)の三地域に区分されている。 (Mackinder, 1904: 435)より引用。 |
第一の地域はハートランドと呼ばれる地域であり、ユーラシア大陸の中枢部にあって沿岸地域から容易に接近することができないだけでなく、厳しい大陸性の気候のため人口稠密地ではない内陸部のことを指します。
第二の地域はリムランドと呼ばれる地域であり、これはユーラシア大陸の周縁部にあって海洋から近接することが容易であり、農業生産に適した穏やかな気候のため人口が密集しやすい地域のことを意味しています。
第三の地域はオフショアと呼ばれる地域で、ユーラシア大陸から交通が隔てられた沖合の陸地を総称する用語として使用されます。
ただし、これらの地域の境界が常に明確であるわけではありません。このような区別が重要な意味を持つ理由として言えるのは、どの地域を勢力圏として確保するかによって国家の対外政策の方向性が大きく異なるためです。
例えばマハンの学説では世界を一つに結ぶ海上交通路の価値を重視する観点からオフショア各地に基地を建設することが重要であると考えられています。これはシーパワーの理論としても知られている議論です。
しかし、マッキンダーの学説ではハートランドを支配することが戦略的に重要であると考えられており、その理由としてユーラシア大陸の各地に通じる交通路の中心を確保していることが挙げられています。これがランドパワーの理論的な根拠となっている分析の要点となります。
さらに、別の見解としてスパイクマンはリムランドに独特な特徴に注目して、そこがランドパワーとシーパワーの両方の影響を受ける地域であると判断しています。
リムランドに勢力圏を構築した大国は、必然的に大陸方面と海洋方面の両方の脅威に対処する必要が生じますが、その脅威にはランドパワーとシーパワーの対立という側面だけではなく、リムランドの内部で展開される対立も含まれています。
地政学にもさまざまな考え方があるのですが、以上の三つの地域概念を押さえておけば、その大部分を自分なり理解することは十分に可能です。
例えば、既に述べた地政学の知識を使えば、中国はリムランドの国家であり、日本はオフショアの国家であることが分かります。
リムランドの国家はランドパワーとシーパワーの両方の影響を受けるため、その安全保障戦略では海洋方面と大陸方面の両方に資源を配分する必要があるということが考えられます。
こうした分析をさらに進めていけば、中国がウクライナの問題、イスラム国の問題によってロシアと米国の両方からの圧力を免れていることや、東シナ海、南シナ海を中国のコントロール下に置かせないことを日本の政策目標とするのであれば、地政学的にリムランドの国家である韓国との協力よりもむしろ台湾、フィリピン、インドネシア、オーストラリアとの協力関係に高い優先度を置く必要がある、などの判断を得ることが可能です。
地政学を学ぶために、マッキンダー、スパイクマン、マハンの著作を読むことが重要だという意見には一理あるのですが、私の意見では学説を勉強するよりも実際に地図を片手にして歴史に親しむことのほうがはるかに重要です。
例えば、真珠湾攻撃の直後に日本海軍で、ハワイ、セイロン、北オーストラリアのいずれを次の攻撃目標とすべきかが議論になったことがありました。
これは地政学的な研究課題として大変興味深い論点ではありますが、純粋な地政学の理論上の問題として考えるべきではありません。
なぜなら、この問題は地理上の特性だけでなく、敵である英国と米国の戦略を十分に考慮に入れる必要があるためです。
地政学の理論はあくまでも思考に一定の方向性を与えるものにすぎないのであって、実際の問題解決に当たっては具体的な地理上の知識が必要となることに注意が必要でしょう。
KT
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文献紹介 ハウスホーファーによる地政学への手引き
参考文献
Cohen, Saul B. 2015. Geopolitics: The Geography of International Relations, New York: Rowman & Littlefield.Mackinder, Halford J. 1904. "The Geographical Pivot of History," The Geographical Journal, 23(4): 421-437.
Mackinder, Halford J. 1962(1919). Democratic Ideals and Reality, New York: Norton.
Mahan, Alfred T. 1890. The Influence of Sea Power on History: 1660-1783, Boston: Little, Brown.
Spykman, Nicholas. 1944. The Geography of Peace, New York: Harcourt, Brace.