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2015年2月27日金曜日

米軍専属の戦略家アンドリュー・マーシャルの知られざる功績

アンドリュー・マーシャル(93歳)。
写真は退職式典のもの。米国防総省HPより引用。
2015年1月5日、世界的に知られた戦略家の一人が米国防総省を退職していたことをご存知でしょうか。

アンドリュー・マーシャル(Andrew W. Marshall)は、冷戦期における米国の軍事戦略の立案、評価に尽力した人物で、1921年にデトロイト市で生まれ、シカゴ大学で経済学の学位を取得した後にシンクタンクのランドに入社しています。

ランドでマーシャルは数多くの研究者と交流を持つことになり、1966年には軍事的均衡を分析する方法を考察した『軍事力見積の問題』を発表し、本格的に戦略学の研究に取り組むようになります。
当時、ランドで勤務していたジェームズ・シュレシンジャー(James R. Schlesinger)もこの時に知り合っており、ニクソン政権で国防長官のポストに就任したシュレシンジャーは、マーシャルの才能を高く評価したことから、1973年に国防総省に戦略の研究を専門に行う総合評価局を新たに設置して、その局長にマーシャルを就任させました。
就任当時、マーシャルに与えられた仕事は、米国の安全保障にとって脅威であるソ連の軍事力を再評価することでした。

1970年代、米国は貿易収支の悪化に伴う金ドル兌換の停止、ベトナム戦争に対する国民世論の反発という状況にあり、これまで通りの軍事予算の水準を維持することが困難となっていました。
こうした時代背景の下で、マーシャルは米国の軍事戦略の前提であるソ連の脅威見積を再検討し、ソ連の軍事的能力が過剰に評価されていたことを指摘したのです。

この時にマーシャルが考案したのが総合評価(Net Assessment)と呼ばれる分析法でした。

従来の分析法では、軍事的能力を構成する兵員や武器の数量から軍事力が考察されており、例えば、核弾頭、師団、戦車の保有量などが、少なくとも軍事力の中心的要素と見なされていました。
しかし、従来の分析では定量的分析が可能である一方で、戦争の実態から大きくかけ離れたものにならざるをえませんでした。
戦争では確かに、兵員や武器の数量が問題となりますが、それ以上に兵員と武器をどのように運用するかという作戦の構想、軍事力を対外政策と結びつける政治的意思決定が重要性を持っています。

マーシャルが考案した総合評価は、従来の分析法で見落とされていた要因を組み込んだ分析モデルであり、現在の米国防総省では「諸国家の相対的な軍事的能力に作用する軍事的、技術的、政治的、経済的、その他の諸要因の比較分析」と定義されています(DoD 2001)。
この分析法を活用することでマーシャルは1972年に『ソビエトとの長期的対決』を出版し、ソ連の軍事的能力に関する従来の見積を大幅に見直し、その研究成果は1970年以降の米国の軍事戦略の方向性に大きな影響を与えたとされています。

この分析で特にマーシャルが重視したのは、ソ連の政治的な意図という要因であり、従来の分析が軍事力それ自体に注目しすぎたがあまり、バランスのとれた軍事分析ができていなかったことを指摘しています。後にマーシャルは、別の論文で次のように述べています。
「ソビエトの計算はシナリオと目標に関する異なった想定を形成しそうである。(中略)ソビエトの評価はおおむねアメリカの評価と異なっている」(Marshall 1982: 48)
これまでのソ連に対する分析と決別する意味でもマーシャルの分析法は画期的でしたが、安全保障学の方法論においても重要な影響を与えました。

つまり、相対的な軍事力の優劣を分析するためには、政策決定者の政治的意思決定をも分析することが必要であり、それは単に指導者だけでなく、その側近として重要な政策決定に関与する軍隊や行政の幹部を含むエリート集団の内情に関する分析が進められるようになったのです。

米国防総省からマーシャルは去りましたが、彼の功績は安全保障の研究者に広く応用されており、総合評価という方法論に対しては数多くの研究成果が報告されており、さまざまな問題に適用できるように改良が重ねられています。

若年の私はまだまだ駆け出しの研究者に過ぎないのですが、学術の世界において安全保障学に大いに貢献し、最も困難な時代において米軍に優れた助言を与え続けたマーシャル氏に対して、尊敬の念を禁じ得ません。

KT

参考文献
Department of Defense. Directive 5111.11, August, 2001. Washington, DC.
Marshall, A. W. 1966. Problems of Estimating Military Power, Santa Monica: RAND.
Marshall, A. W. 1972. Long-Term Competition with the Soviets: A Framework for Strategic Analysis, Santa Monica: RAND Corporation.
Marshall, A. W. 1982. "A Program to Improve Analytic Methods Related to Strategic Fores," Policy Sciences,

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