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2014年12月6日土曜日

論文紹介 機動戦略に伴う軍事的リスク


平成26年度以降に係る防衛計画の大綱」では将来の自衛隊の防衛戦略の基本的指針として「統合機動防衛力」と呼ばれる防衛構想を実現することが示されています。

国民がこの構想の是非を検討する一つの着眼点となるのが、この構想で機動を重視している特徴です。
戦略上の防御には大きく分けて消耗を主眼とする防御、そして機動を主眼とする防御の二種類があるのですが、この防衛戦略は後者に重きを置いた戦略構想を重視することを含意しています。

今回はこのような防衛戦略にどのような危険が含まれているかを冷戦期におけるNATOの戦略についての研究を紹介した上で考察してみたいと思います。

文献情報
Mearsheimer, J. 1981/1982. "Maneuver, Mobile Defense, and the NATO Central Front," International Security, 6(3): 104-122.

1.機動と機動防御
2.理論における機動防御
3.機動防御とNATO
4.ソビエトの脅威
5.機動防御と危機の安定性
6.結論

機動戦略か、消耗戦略か

著者のミアシャイマーがこの論文を執筆した時期はちょうどレーガン政権の軍拡が注目を集めていた時期でした。

当時、中欧地域で西側陣営が東側陣営に対して軍事的に劣勢な状態に置かれていることが問題とされており、レーガン政権でこの勢力不均衡を是正するために軍事力の増強が推進されていました。

しかし、このような取り組みに対しては多くの研究者から批判が加えられていました。
というのも、米ソ間の勢力不均衡はアメリカ軍の過剰に高額すぎる武器体系と、それに依存した前方防衛(Forward Defense)という脆弱な戦略に起因するものであったためだと考えられていたためです(Mearsheimer 1982: 104)。

前方防衛の要点は東西ドイツの国境地帯に沿ってNATOの防衛線を設定した上でWPの攻撃をその防衛線上で阻止し、敵に損害を強要することでそれ以上の侵攻を断念させるという戦略であり、その前提にあるのは機動戦略ではなく消耗戦略の考え方です。

レーガン政権がいくら軍事予算を増額したとしても、前方防衛のような不完全な戦略を採用する限りは米ソ間の勢力不均衡を是正することは不可能であり、機動を志向する戦略へ転換しなければならないというのが従来の批判者の見解でした(Ibid: 104-105)。

NATOの戦力は機動戦略に適さない

この論文における著者の意図は、このような従来の批判者の見解を批判的に検討することでした。
機動戦略に基づいたNATOのヨーロッパ防衛の実現性がどの程度かを見積もることが重大な研究課題として持ち上がったためです。

この論文では第一に、機動戦略には消耗戦略よりも遥かに高度な能力が要求される難度の高い戦略であるため失敗の危険が大きくなるものの、消耗戦略と比べて高い戦闘効率を可能にする軍事戦略であることが確認されています(Ibid: 110-114)。

機動戦略の長所と短所を踏まえた上で、著者は中欧地域に配備されたNATOの部隊は機動戦略に基づく防衛に不向きである理由を次のように整理しています。

(1)NATOの部隊は連合部隊であり、使用する言語や武器の体系、訓練の水準がそれぞれ異なるために、機動戦略に求められる高い精度で実施されるべき部隊行動を調整することが困難。
(2)西ドイツの狭隘性が機動的な部隊の運用に不向きであり、特にドイツ防衛の要であるフランクフルトが国境からわずか100キロメートルの地点に位置しており極めて脆弱。
(3)西ドイツの地形的特質として機甲師団の運用に適当な平野部が少ない(Ibid: 114-116)。

予想される東側陣営の攻撃軸

著者はWPが攻勢作戦を実施するとすれば、ハノーヴァーを攻撃の重点とするシナリオ、ゴッティンゲンを重点とするシナリオ、フランクフルトを重点とするシナリオが考えられると論じます。

冷戦期のNATOの防衛線に対するWPの攻撃目標を図示した地図。
WPの攻撃目標の候補は西独のハノーヴァー、ゴッティンゲン、フランクフルトの三都市。
(Mearsheimer 1982: 117)より引用
著者の見解によれば、NATOの防衛を考える場合に機動戦略に基づいて防衛計画を立案しても、それを実行する際には多大な困難を伴うことが予想されます。
「機動防衛は消耗戦に対する代替案を提供することに失敗しているだけではない。それは潜在的に不安定な状況を出現させもするのである。もしNATOの部隊が機動防衛を実行することができるならば、そのような部隊は間違いなく重大な攻勢的能力を保持することになる。すでに述べたように、機動防衛は実際には非常に攻勢的思考を持つ防衛戦略である」(Ibid: 120)
ここで指摘されているのは、安全保障のジレンマの問題であり、本来であれば防衛を主眼とするはずのNATOの戦略が攻勢的になれば、防勢的な戦略を選択するよりもWPが侵攻する危険を高める恐れがあります。

戦略機動の難しさを軽視すべきではない

この論文が結論で述べていることは、戦略的機動を基礎とする防衛計画が持つ危険性です。
機動戦略は消耗戦略よりも実施が困難であり、高い水準の練度や機動を可能にする装備が必要となるだけでなく、NATOが戦略正面とする地域や、その基本方針には適しているとは言えません。

著者はNATOの現状で機動防衛を採用することは回避するべきであり、従来の前方防衛戦略を放棄するより堅実に実施することがより重要であると主張しています(Ibid 121-122)。

冷戦期における自衛隊の防衛計画が依拠していた構想は、理論的に見れば前方防衛に近いものだったと言えます。
しかし、その戦略構想を捨てて統合機動防衛力へ移行するのであれば、従来と大きく異なった教義、編成、装備、計画が必要となってきます。

私は決して一概に自衛隊が機動戦略に移行することの有効性を否定する考えを持っているわけではありません。
しかし、機動戦略に伴う軍事的な危険性、技術的な困難性が国民に理解されておらず、自衛隊の内部で議論が自己完結しているのではないかという懸念を抱いています。

戦略の選択は安全保障の要であり、国家の存続を分ける重大な決定です。
日本の防衛をどのような戦略で実現するかという論点はより幅広い人々に議論される価値があるはずです。

KT

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