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2014年8月11日月曜日

戦力比を補完する独立変数、戦闘効率


クラウゼヴィッツの『戦争論』には戦闘理論の数理的モデルを基礎づけるような記述が多く見られます。

その一つの議論が第3編戦略の第8章「兵数の優越」です。
ここでクラウゼヴィッツは戦闘を抽象化し続けると、究極的には彼我の戦力の相違だけが区別できるに過ぎず、「このように考えられた戦闘においてなら、兵数が勝利を決定することになる」と述べました。

事実、こうした部隊の規模が戦闘の結果に直接的な影響をもたらすことはその後の実証研究からも明らかになっています。しかし、今回取り上げたいのは、こうしたモデルでは説明がつかない例外的事例です。


以前に、1600年から現代にかけて記録が残っている戦闘のデータベースを利用して、戦力比が攻撃の成功率にどのように寄与しているかを紹介したことがあります。

ここで紹介しているのは戦力比が非常に劣勢(攻撃者/防御者の戦力比<1)であるにもかかわらず攻撃が成功した事例だけを抽出した資料です(McZuine 1993: 977)。

これまで確認されているだけで15例あり、20世紀に戦われた事例は8例、そのうちの一事例に日本軍の戦闘も含まれています。

これは攻撃者に極端に不利な戦力比であるにもかかわらず、攻撃に打って出た非常に珍しいサンプルだと言えます。
日本軍の兵員は7000名に対してイギリス軍の兵員は12000名、戦力比は0.58なので、日本軍は二倍近い敵に対して攻撃を行ったことが分かります。

しかし、この戦力比を補完する独立変数を取り入れると、この事例をよく説明することができるようになります。それが戦闘効率(Combat Effectiveness)です。

この日本軍とイギリス軍の戦闘は1941年に日本がマレー半島に侵攻する過程で発生したものですが、その戦闘に投入された部隊を比較すると、その質的側面において戦闘効率に格差があったことを指摘することができます。


この戦闘でイギリス陸軍の第11インド人師団を攻撃したのは日本陸軍の第5師団でした。

戦史に詳しい読者の方はご承知のことかと思いますが、第5師団は1888年に創設された歴史ある部隊であり、日清戦争、日露戦争、満州事変、シベリア出兵、支那事変で豊富な戦闘経験を有する部隊でした。
1941年、シンガポールを行進する日本陸軍の第5師団の兵士
一方、第11インド人師団はマレー半島の防衛のために1940年に創設されたばかりの部隊でした。

もちろん、その隷下の連隊には例えば第8パンジャブ連隊や第2グルカ人歩兵連隊のように、数多くの戦闘経験を持つ部隊もありましたが、軍事上の問題として師団としての総合戦闘力を発揮するための錬成訓練や作戦準備が十分ではなかった点です。

そのため、12月11日に戦闘が始まっても、第11インド人師団の隷下の旅団は当初、防御部隊の配置と陣地の選択で連隊間に混乱が発生し、構築された防衛線の状態は極めて不完全なものでした。
このような混乱は十分な演習を経験していない部隊によく見られる事象です。

この状況を重く受け止めた第11インド人師団の司令部は上層部に退却の許可を打診しますが拒否されてしまいました。

敵の防衛線に対する攻撃を開始した第5師団の司令部は当初、どの部隊と戦っているか判断がつかないほど歪な形の防衛線に驚きましたが、ほどなく敵が第11インド人師団であることを突き止めます。

防御陣地の配置を特定し終えると、その防御線の弱点を適切に見極めることが可能となりました。
そこで見出されたのが第15歩兵旅団の第9ジャート人連隊が配備されていた防御陣地であり、そこに第5師団は主力をそこに集中させて突破することに成功しました。

第11インド人師団は直ちに突破口を封鎖しようとしましたが、最初の部隊配置が不完全だったため、相互の連携が乏しく、一部の部隊が敗走を始めると、各地で連鎖的に損害が拡大してしまい、結果として壊滅的な被害を受けるに至ったのです。

この戦史に対する私の定性的な解釈としては、日本軍の戦闘効率の高さというよりもイギリス軍の戦闘効率の低さがこの戦闘の勝敗に重要な影響を及ぼしたと思われます。

無論、この事例から日本軍の精強さを評価することもできるかと思いますが、イギリス軍は師団の基本的な運用もままならないほどに訓練が不足していた点が重要だ、というのが私の判断となります。

当時のイギリス軍の背景にも言及しておくと、第一次世界大戦が終結してからイギリスでは厳しい財政事情を受けて大規模な陸軍の整理縮小を行っていました。
特にスエズ以東の陸軍の態勢に関しては人員、武器、装備、訓練、研究などの面で日本軍の戦闘効率に劣っていたのはそのためです。

今回の記事では非常に例外的な事例を取り上げて、その事例における戦闘効率の重要性を指摘しました。

一応の結論としては、戦闘効率という要因に着目することは戦闘を深く理解する上で重要なことを強調しておきたいと思います。

(今回の記事は読者の方からのご質問に応じて作成しました。ご質問をお寄せ頂いた読者にお礼を申し上げます。)

KT

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参考文献
McQuire, R. 1993. ''Force Ratio,'' in International Military and Defense Encyclopedia, New York: Brassey's.
McQuire, R. 1988. Historical Data on Combat for Wargame, Bethesda, MD: U.S. Army Concept Analysis Agency.
Dupuy, T. N. 1993. Encyclopedia of Military History. New  York: Harper Collins.

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