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2014年7月5日土曜日

論文紹介 一次大戦の浸透戦術における砲兵の役割


現代の戦術学の理論や概念は第一次世界大戦の数多くの犠牲によって生み出されたものが少なくありません。
諸兵科連合の記事でも指摘しましたが、第一次世界大戦は近代的な武器体系を用いた最初の事例であり、興味深い史実が多く見られます。

今回はこの戦争でドイツ軍が用いた戦術でも特に浸透(Infiltration)を取り上げ、この戦術で砲兵が果たした役割を議論した論文を紹介したいと思います。
軍事において浸透とは敵を戦闘によって撃滅するのではなく、小規模に分割された突撃部隊によって敵の背後に進出して目標を攻撃する機動方式です。

同じ攻撃の一種である迂回と決定的と異なるのは、敵との接触を維持したまま行う点だと言えるでしょう。
  • Ukeiley, Scott E. 1997. ''Tempo and Fires in Support of WWI German Infiltration Tactics,'' Field Artillery, 5(September/October): 26-29.
1918年1月、ドイツ陸軍は『陣地戦における攻撃』という教範で西部戦線に新しい教義を示しました。
この教範では攻撃が成功するために決定的に重要な条件として速度と奇襲が述べられていました。
そのため歩兵部隊は従来のように散兵線の隊形で攻撃するのではなく、小隊ごとの突撃によって素早く敵の背後に前進する浸透を重視するようになります。

もう一つ重要だったのは教範で砲兵の突撃支援射撃は短期的かつ集中的に行われるべきと規定された点です。

以前の突撃支援射撃では砲兵は歩兵が攻撃する経路上のあらゆる障害物を全て砲撃するようにしていました。
しかし、この方法はあまり有効ではないことが判明したため、重機関銃や軽機関銃は砲撃目標から除外されなければなりませんでした。
また突撃支援射撃で過剰に地形が破壊されると攻撃部隊の前進を妨げる点が指摘されていたことも理由に挙げられます。

そこでドイツ軍の砲兵隊では無力化砲撃(Neutralization Fires)という教義を導入されました。
これは一時的に使用ができなくなる程度の損害を与えるにとどめる砲撃を行うことによって、突撃支援射撃の目的を達成しながら上記の問題を解決するための教義でした。

この論文で引用されているドイツ軍の砲兵士官の言葉に次のようなものがあります。
「我々は敵の士気を打破し、陣地に敵を封じ込め、抵抗できない突撃で敵を圧倒したいだけである」(Georg Bruchmüller)
こうした考え方からも砲兵の役割を殺傷から無力化に変化していることが示唆されます。
実は化学兵器が第一次世界大戦で最初に導入された経緯は、こうした砲兵部隊の教義の変化とも密接な関係があります。


無力化砲撃は敵を一時的に戦闘不能にすることが重要ですので、装備や陣地を過剰に破壊せずとも化学攻撃で敵を失明させれば攻撃部隊がそこを浸透することは十分に可能となります。

ドイツ軍は化学ガスによる攻撃の有用性を重視するようになり、特に先ほど発言を引用したBruchmüllerも積極的に化学兵器の使用を推進したそうです。

もう一つ重要なのは速度(テンポ)の問題でした。
「砲兵が耕し、歩兵が占領する」という古い言葉もありますが、浸透ではそのような悠長なことができる時間がありません。
というのも、従来の射撃指揮では火力を集中させることが可能な一方で、調整に時間がかかる集権的な指揮方法だったためです。

そこでドイツ軍は砲兵部隊の指揮系統を見直し、砲兵部隊おける下位部門の権限を強化することを決めます。
さらに大口径の火砲の数を減らして小口径の火砲を増加させ、陣地転換に必要な時間を短縮させる取り組みも行います。

浸透が成功させるためには歩兵部隊が前進する速度を維持することが何よりも重要だったとはいえ、火力を犠牲にしてでも機動力を重視したことは砲兵の運用思想の歴史から見ても画期的なことでした。

結論としてドイツ軍は第一次世界大戦の経験から浸透という攻撃を重視するに至りましたが、それに伴って砲兵の火力や機動に関する考え方も大きく変化したと言えます。

この論文を読むまでは、戦術学の研究において浸透という戦術は歩兵の観点から記述されることが一般的だと考えていたのですが、前進する歩兵部隊を支援する砲兵部隊の観点から記述しているのが大変私には新鮮な視点でした。

特に砲兵の無力化砲撃の教義が一次大戦の化学攻撃の背景にあったことを指摘したことは、この論文の重要な貢献ではないかと思います。

KT

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