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2014年7月28日月曜日

カルドーの「新しい戦争」とその批判


クラウゼヴィッツによる最も重要な発見の一つは、時代や地域の特性といった、社会の文脈によって戦争の形態が変化することを、法則的な事象として認めて分析を加えたことでした。

それ以来、戦争はそれ自体で独立した活動なのではなく、絶えず社会との関連を持った活動として考えられています。

このクラウゼヴィッツの着想を現代の文脈で発展させる過程で、「新しい戦争」と呼ばれる議論が注目を集めてきました。
この議論の発端はカルドーの著作『新しい戦争』(1999年)です。

この著作でカルドーは冷戦が終結してから戦争の形態が根本的に変化したことを主張し、大きな論争を引き起こすことになりました。

その著作によれば、新しい戦争とはグローバリゼーションの文脈から生まれたものであり、特徴として次のような点が指摘されています(Kaldor 2013: 2)。

・(行為主体)戦争の担い手が国家主体ではなく非国家主体であること
・(目的)戦争の目的が地政学的な権益やイデオロギーなどの政治的目的ではなく、宗教的、文化的なものであること
・(手段)戦闘が主要な交戦手段ではなく、民族虐殺や市民へのテロ活動といった暴力が重要な手段であること
・(財政)戦争の経済的要素を支えているのが通常の国家の財政ではなく地球規模に展開する金融のネットワークであること

こうした「新しい戦争」はもはやクラウゼヴィッツの理論では説明することができないというのがカルドーの判断でした。
なぜなら、クラウゼヴィッツの理論は近代的な国家が成立することを前提としているためであるというのがその理由でした。

しかし、この議論は非常に幅広い層の研究者から批判を集めることになります。
そもそもカルドーは十分にクラウゼヴィッツを研究していたわけではなく、また戦争の歴史に関する知識が不足していたことがその主な原因と考えられます。

カルドーに対する批判的見解をカルドー自身がまとめた論文が2013年に発表され、そこで「新しい戦争」としてカルドーが特徴づけた戦争の形態は記述として不確かなものであることが認められました。
カルドーの整理に従って、批判を整理すると三つの議論にまとめることができます。

第一の批判としてカルドーが定義した「新しい戦争」の多くの特徴が過去の戦争に見出すことができるというものでした。

「新しい戦争」は果たして新しい事象なのかということを検討してみると、カルドーが言う「新しい戦争」の特徴は冷戦期における「小戦争(Small War)」、「低強度紛争(Low-Intensity War)」と呼称されてきた事例と合致していることが分かりました。
つまり「新しい戦争」は別に新しい事象ではなかったのです(Kaldor 2013: 3)。

第二にカルドーが描いた「新しい戦争」はもはや戦争とは言えないという批判が提出されました。

つまりカルドーが「新しい戦争」の特徴として論じた暴力の私有化や大量殺戮は戦時下における組織的な犯罪行為であったとしても、戦争それ自体と本質的に異なった事象であるということが指摘されたのです。

この論点についてもカルドーは「現代の暴力のあらゆる形態が全く非合法であり、政治的・軍事的反応よりもむしろ警察行動(Policing)を必要とするものとして見なすことができる、ということが戦争という用語を使わないことの利点である」と認めています(Kaldor 2013: 6)。

第三にクラウゼヴィッツの理論をカルドーが誤解しているという批判がありました。

この点についてはクラウゼヴィッツの戦争理論の核心と関係する部分なので、別の機会に詳細に取り上げたいと思いますが、要点だけ述べればカルドーはクラウゼヴィッツの戦争理論の適用可能性を誤って狭く解釈していたということです。

クラウゼヴィッツが生きた時代はちょうど18世紀から19世紀であり、この時代は国民国家の成立期にあたります。

実際にクラウゼヴィッツは国民国家に関する議論も行っているのですが、だからといってクラウゼヴィッツは国民国家を自明の前提としたわけではありませんでした。
クラウゼヴィッツは古代から近代にかけての戦争の形態の変化についても記述していることから分かるように、国民国家を前提とする戦争を議論の出発点としていませんでした。

こうした批判に対するカルドーの再反論で重要だったのは、「新しい戦争」が事実の説明を目的とした実証的な概念ではないということものでした。

それはカルドーが理想とする世界市民主義法の執行のための平和維持活動を実現させる啓発活動を目的としたものであり、クラウゼヴィッツのような分析的意味での戦争概念とは異なったものであるとカルドーは認めたのです。

私の結論としては、カルドーは研究者としてではなく人権活動家として「新しい戦争」の概念を提唱することを目的としていたのだと考えます。

現代の戦争の特徴を説明するために「新しい戦争」の議論はしばしば参照される議論なのですが、カルドーの議論にさまざまな問題点が見出されたことを受けて、よく見直す必要があります。

少なくともカルドーは国連や平和作戦の機能を強化する上で「新しい戦争」の議論を一種の宣伝として用いたのですから、この議論をクラウゼヴィッツの戦争理論と並べて理解することは非常に大きな間違いだと言えます。

私たちが考えるべきは、むしろカルドーのような主張が出される現代の時代精神というべき思想のあり方ではないでしょうか。

戦争の政治的目的が政策的、戦略的な観点ではなく、人道的、倫理的観点から定義されるようになれば、戦争はますます政策の手段としての位置づけを離れることになる可能性があります。

KT

参考文献
Kaldor, M. 1999. New and Old Wars: Organized Violence in a Global Era, Cambridge: Polity.
Kaldor, M. 2013. ''In Defense of New Wars,'' Stability, 2(1): 1-16.

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