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論文紹介 主力戦車M1エイブラムズの意義と限界

アメリカ軍の主力戦車M1エイブラムズは数多の戦場で戦果を上げた世界的に有名な戦車です。1981年の採用からすでに35年もの歳月にわたって世界各地でアメリカ軍の作戦を支えてきました。 確かな評価を得ているM1ですが、近年のアメリカ軍の研究では対中戦略に重点化するならば、エイブラムズの数を減らすことも選択肢の一つではという考え方が真剣に議論されるようになっています。 今回は、このような議論に対して批判的な立場をとる研究者がM1の能力を考察した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Wahlman, Alec, and Brian M. Drinkwine. 2014. "The M1 Abrams: Today and Tomorrow," Military Review , (November-December) pp. 11-20. http://usacac.army.mil/CAC2/MilitaryReview/Archives/English/MilitaryReview_20141231_art006.pdf 現在、アメリカ軍では予算の削減を受けて戦車の削減を進めようとしています。著者は戦車の削減それ自体に反対するわけではないと前置きした上で、M1がどのような能力を持つ戦車であり、それがどのような戦術的な重要性を持っているのかを改めて検討するべきであると主張しています。 戦車は必要とされているのか 著者は議論を始めるに当たって、二つの疑問があると述べました。第一に、我々は主力戦車をいまだ必要とするのか。第二に、M1は将来的にその目的の達成に寄与するのか。以上の二点です(Wahlman and Drinkwine 2014: 12)。 確かにM1は当初、冷戦期のヨーロッパにおいてソビエト軍の機甲部隊と交戦することを想定して設計されており、アメリカは現在のところそのような大規模な機甲戦を想定する状況にはありません。しかし、戦車はその優れた防護性をアフガニスタンでの作戦に活用しており、2011年で同地に派遣されたM1が配備された機甲中隊は1名の負傷者だけを出して任務を完遂しています。これはストライカー装輪装甲車が配備された部隊の損害と比べると19分の1でしかありません(Ibid.: 13)。 この事例からも、...

アダム・スミスが考える防衛意識の問題

近代経済学の確立に寄与したアダム・スミスの名前は日本でもよく知られています。 しかし、アダム・スミスが「国防は富裕よりもはるかに重要である」と指摘し、国防問題に重大な関心を寄せていたことは、それほど注目されていません。 今回はアダム・スミスによる適切な軍事制度に関する考察から、防衛意識に関連する部分を紹介したいと思います。 まずスミスは富の蓄積が近隣諸国の侵略を誘発する危険を高めることを認識していました。 そこで経済力の増大に応じて国家は自らの国富を守るための軍隊を整備する必要が生じます。しかし、防衛体制を整えるにあたり、国民は二つの政策選択に直面すると考えられました。 「それは第一に、非常に厳しい政策をとって、人民の利害関心や天分や好みの傾向などすべておかまいなしに、軍事教練の実習を強制し、兵役適齢期の市民全部、あるいはその一定数を、かれらがたまたまどんな商売なり職業なりを営んでいようと、ある程度まで軍人の職業を兼ねるように義務づけることができよう。さもなければ、第二には、一定数の市民を養い、雇用して、軍事教練を常時実習させておくやり方で、軍人という職業を他のいっさいの職業から独立した別個の一特殊職業とすることができよう」(邦訳3巻14頁) スミスがここで検討した選択肢のうち前者は市民兵を中心とする軍事制度であり、後者は職業軍人を中心とする軍事制度に対応しています。 いずれの選択が経済先進国の安全保障に適しているのか、という疑問についてスミスははっきりと後者を支持しました。 その理由は軍事的専門性の技術的な高度化です。 スミスはさまざまな生産現場で分業化が進むと、技術革新が促進され、それに応じて軍事技術も高度化することを知っていました。 これを言い換えれば、経済成長が進んだ国では、戦闘員の教育訓練に必要な時間や費用が必然的に増大するということです。 ここまでの議論はおおむね私たちの直感とも一致するものでしょう。 しかし、スミスは職業軍人に国防をまかせることによる弊害について考慮しておくことも必要であると同時に考えていました。 なぜなら、国防に触れることなく、各人が自分の専門化された仕事にだけ打ち込むような近代社会では、公共のために武勇の精神を発揮する機会に乏しく、防衛意識が大いに低下すると考えられるためです。 この議論...

武器の威力を数値化する方法

戦争を理解するためには、武器の威力を考察することが不可欠です。 文明は長い時間をかけてその時代、その地域に応じた武器を開発し、軍備の中心に据えてきました。しかし、その威力を定量的に考察する方法が考案されるようになったのはごく最近のことです。 今回は、1970年代にデュピュイ(Trevor N. Dupuy)が考案した理論致死指数(theoretical lethality index)という概念を説明し、いくつかの武器の威力を数値的に比較してみたいと思います。 まず理論致死指数は、小銃から核弾頭に至るまで、さまざまな武器の威力を評価する指数であり、特に火力が判断基準になっている指数だと考えて下さい。理論致死指数の計算式は次の通りです。 理論致死指数=射撃速度×威力範囲×殺傷効果×射程要因×正確性×信頼性 ・射撃速度 1時間にその武器で連続して射撃が可能な回数(小銃の性能を扱う場合は400発/1分×2で求めます) ・威力範囲 一度の射撃で危害を加えることが可能な人数(これは榴弾砲のよう場合に特に重要な変数です。小銃の場合は1と置きます。) ・殺傷効果 命中した場合の死亡率(小銃の場合は0.8と置きます) ・射程要因 有効射程(メートル単位)を基本とする場合には=1+(√0.001×有効射程)(有効射程が不明の場合は初速と口径から推計する方法を用いますがまた別の計算式になります) ・正確性 その武器が本来の機能を果たした場合に目標に命中する確率(小銃射撃の場合は0.8を置く場合が多いですが、銃の特性により±0.1と修正してもよいと思います。ここは分析者の定性的判断によります) ・信頼性 その武器が本来の機能を果たす確率(この部分は故障率と関係しています。小銃の場合、おおむね0.8を最高値とします) この計算式を使って、いくつかの小銃の理論致死指数を比較してみましょう。 まず現在の自衛隊の最新式の小銃である89式小銃の致死指数を計算すると、およそ1321と分かります。(以下の計算結果はいずれも四捨五入済み) 64式小銃で同様の計算をしてみると計算結果は791であり、89式が小銃としてより優れていることが分かります。 別の国の小銃に分析の対象を広げてみると、日本の国産小銃の相対的な威力がよりよく分かります。 194...

軍事技術と国際関係

あらゆる軍事力、特にその武器、装備の体系の機能は科学技術に依存するものです。 国際関係において科学技術の研究で仮想敵国に後れを取ることは、結果的に見て軍事力の低下を意味しています。 そのため、国家にとっての至上命題の一つは軍事技術の研究開発であり、その良否は安全保障に直接的な影響を及ぼすことになります。 冷戦期においてヨーロッパ方面の勢力関係において、数で勝るソ連軍に対する米軍の均衡を支えていたのは、米国の優れた軍事技術に他ならなかったと言われています(Brown 1983; Perry 1989; Johnson and Blaker 1996)。 軍事技術の重要性を理論的に分析した最初の研究者は、かの有名なランチェスターでした。 ランチェスターは「損害係数(Attrition Coefficient)」という概念を使うことで、数では同じ規模の部隊であったとしても、武器や装備の技術水準が異なっている場合、戦闘の結果には重大な相違をもたらすことが予測できると論じました(Lanchester 1916)。 このランチェスターの理論の実証性を検討する研究には大規模なシミュレーション研究と実際の軍隊を動員した演習が必要であり、実証研究は専ら軍によって独占されている状況です。 そのため、そうした論文を私が読むことはできませんし、それについて紹介することもできません。 (例外として、第二次世界大戦のアルデンヌの戦闘のシミュレーション研究があり、米軍の機密指定解除がなされたため今は報告書が読めます(Bauman 1995)) しかし、戦域規模の戦闘という戦略的観点から見た軍事技術の役割ではなく、国際システムでの勢力均衡における軍事技術の役割であれば、研究は一般に公開されています。 最近の研究から代表的な成果として「軍事における革命(Revolution in Military Affairs)」の研究が挙げられます。 ノックスとマレーは軍事力の効率に直結する発明、革新が発生した契機として、17世紀の国民国家の成立、フランス革命、産業革命、第一次世界大戦、核戦力の登場という五つを挙げています(Knox and Murray 2001: 6)。 こうした軍事技術の影響によって戦闘の様相が劇的に変化する可能性を指摘し、こうした軍事技術が...