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文献紹介 国際政治で生き残るための政治的リーダーシップ

国家を指導する立場にある政治家にとって最も重要な仕事は、その国家の安全を確保することであり、引いては国民の生命と財産を守ることに他なりません。 そのために国家の能力を適切に開発または運用するための一貫性を持った政策を打ち出す必要が出てくるのですが、国内の政治情勢によってはこれは容易くできないこともしばしばです。 今回は、安全保障上の脅威が目前に迫っているにもかかわらず、国家として対応するために必要な政策決定を下せない状況を考察したシュウェラーの研究を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 文献情報 Randall L. Schweller. 2006. Unanswered Threats: Political Constraints on the Balance of Power , Princeton: Princeton University Press. アンダーバランシングとは何か 国際政治の理論、特に勢力均衡(balance of power)理論では、ある国家が自らに及ぶ脅威を認めると、軍備を拡張し、同盟を強化する等の処置を講じ、バランシング(balancing)を図るものであると考えられています。 著者も「勢力均衡理論では、全ての国家が同じような抽出された能力を保持し、集約された国家の資源が実際の国力や対外的影響力と同等であるものと想定されていた」と従来の学説を説明しています(Schweller 2006: 13)。 しかし、著者は同時に政治の現実はこの理論の通りには動いていないと指摘します。 これは国家は脅威に対抗する上で十分な資源を持っていても、それを適切に運用できない場合が見られるということです。 このように勢力均衡理論に反する事象を著者は「アンダーバランシング(underbalancing)」と呼んでいます。(ちなみに脅威の程度に比して過剰な防衛反応を取ることをオーバーバランシング(overbalancing)とも呼んでいます) アンダーバランシングはなぜ生じるのか、という疑問について著者は次のように応答しています。 「対外的環境における類似の変化に対し、国家がそれぞれ異なる仕方で反応する要因とは、第一に関係する政治的、社会的主体の選好であり、第二に彼らの行動を制約し、また行動を促進するよう...

事例研究 三十年戦争の様相を変えたリシュリューの現状打破

ヨーロッパにとって17世紀は激動の時代でした。16世紀に増加し続けたプロテスタントはカトリックと社会的、政治的な対立を深め、1618年に勃発した三十年戦争はヨーロッパのほぼ全域を巻き込む戦争に拡大しました。 この戦争によってハプスブルク朝は大幅に勢力を低下させることになりましたが、それに対抗する形で台頭したのがフランスでした。 ハプスブルク家の覇権を打破し、フランスが大国へと成長する足掛かりを築けたことは、リシュリュー枢機卿(以下、リシュリュー)の大きな功績です。彼は宗教的な価値観や信条に囚われず、政治的合理性にのみ従ってフランスの政策を指導し、ハプスブルク家の勢力を低下させることに成功しました。 しかし、政治学者の発想からすると、リシュリュー個人の外交的能力がどれほど優れていたとしても、フランスの国力がある程度確保できていないと、大国相手に現状打破を行うことはできないと思われます。 今回は、こうした観点から三十年戦争におけるリシュリューの対外政策を取り上げ、それを可能にした当時のヨーロッパ各国の勢力関係について考察したいと思います。 17世紀のヨーロッパ情勢の概観 1648年の時点におけるヨーロッパ地域の情勢図。 フランス王国(紫色)はスペイン領オランダを始め複数個所での領土に隣接していることが読み取れる。 神聖ローマ帝国の領土はオーストリア(青色)を中心に赤線で囲われているドイツ全域であり、当時の皇帝フェルディナント二世はスペイン王国と同盟関係を構築していたため、フランスは二正面で脅威を受ける態勢にあった。 長らくヨーロッパ地域はカトリックという共通の価値観と普遍性の原則に基づき、神聖ローマ皇帝を中心とする緩やかな政治的連合体を形成していましたが、宗教改革の影響を受けて、各国は次第に神聖ローマ皇帝に対する忠誠を失い始め、分裂と対立の動きを加速させていきました。 神聖ローマ帝国の皇帝フェルディナント二世(1578-1637)はこうした政治情勢でカトリックの復興と自らの勢力を回復を強引に図ろうとしたため、プロテスタントの反発を受け、1618年に事態は武力紛争にまで拡大してしまいました。これが後に三十年戦争と呼ばれる戦争の始まりです。 当初、三十年戦争はドイツ地域を中心にカトリックとプロテスタントの宗教戦争として推移してい...

論文紹介 現代日本の国家戦略としてのバックパス

日本の安全保障に関する研究では、平和主義(pacifism)の規範こそが戦略の形成に強い影響を与えているとしばしば説明されます。 国際政治における国内の社会的観念、規範的意識の影響を重視する構成主義(constructivism)の研究では、日本の「特異性」がこの平和主義の必然的な帰結として理解されてきました。 しかし、研究者の中にはこの見方とは全く異なる観点から説明が可能であることを主張する人もいます。 今回は、日本は平和主義という規範によってその安全保障上の決定を下しているのではなく、バックパスという国家戦略を展開しているのだという議論を展開した研究を紹介したいと思います。 文献紹介 Lind, Jennifer M. 2004. "Pacifism or Passing the Buck? Testing Theories of Japanese Security Policy," International Security , 29(1): 92-121. 著者が問題としているのは、これまでの日本の安全保障戦略を研究してきた人々が、日本の軍事力水準を正しく把握してこなかったことです。 日本の軍事的能力の低さを示すために研究者がよく参照するのは、GDPに対する防衛費の比率でした。先進主要国であればGDPに対する防衛支出の比率はおおよそ1.5%から3%の間ですが、日本はおよそ1%しか防衛予算を確保していないのです(Lind 2004: 95)。 しかし著者は、GDPに対する防衛予算の大きさではその国家の軍事的能力を評価するのに不適切であり、さらに予算規模だけでなく戦力規模からも評価を行うことが必要であると指摘しています。 著者の分析によると、日本の安全保障において軍事的能力は従来から必ずしも軽視されておらず、特に海上戦力と航空戦力に関して見れば、無論米国の水準に遠く及ばないものの、中国、フランス、ドイツ、イギリス、ロシア、イタリア等の主要国に対抗可能な水準ではあるとされています(Lind 2004: 97-101)。 このような根拠から、著者は従来の日本の安全保障上の政策や戦略に関する研究において平和主義が過大に評価されていたのではないか、と疑問を提起しています。 その上で著者は、国際政治における日本...

計量で考える平和の条件

最近の日本の議論では日米同盟の運用との関係で、同盟の強化が戦争を招き寄せるものか、戦争を遠ざけるものなのか、意見の相違が見られます。 しかし、このような政策論争では戦争はどのような要因によって引き起こされるのか、平和を実現するための条件とは何か、という問題が解決されないまま疑問として残されます。 そこで今回はRussettとOnealの研究から、平和の条件として政治学でどのような要因が分析されているのかを紹介したいと思います。 RussettとOnealが分析で使用したデータは、Correlate of War Projectという研究プロジェクトのものです。 これは1816年から現代にかけておよそ200年弱の武力紛争、同盟形成に関する体系的なデータを一般に公開しているもので、誰でもアクセスすることができます。(Correlate of War(英語), http://www.correlatesofwar.org/) このデータを用いることで、国際システムで過去に戦争に国家が参戦した事例と、同盟の締結や軍備の増強などの要因との間にどのような関係があるかを一年ごとに分析することが可能となります。 そこで、RussettとOnealは国家が戦争へ参加する確率と、同盟、軍備、政治体制、貿易、国際組織との関係を分析し、1886年から1992年までの武力紛争における戦争参加の確率がどのように変化するかを考察しています。 条件別に比較した国家が戦争に参加する確率の変化 ・同盟への加入 -43% ・勢力比の増大 -42 二国での相対的指標で見た数値 ・民主化指数の増大 -26 ・二国間貿易の増大 -29 ・国際組織への加入 -35 国際システム全体で見た平均の数値 ・民主化指数の増大 -24 ・二国間貿易の増大 -35 ・国際組織への加入 -10 (Russett and Oneal 2001: 183) 少し細かい話になるのですが、この分析の手続きがどのようなものであるのか概観しておきます。必要なければ読み飛ばして下さい。 この分析で出発点となっているのは1886年から1992年にかけて存在していた国家が戦争に参加しているかどうかをすべて調べ上げたデータです。 戦争に参戦した国家と参戦していない国家の間で、どのような条...

文献紹介 ニコルソンの外交理論

国際政治で生き残るためには外交を適切に指導することが欠かせません。 外交とは一般に交渉と取引によって国際政治における利害の対立を処理する技術のことを言います。 例えば、外国に自国の代表である使節を派遣すること、講和条約を締結すること、相互の不可侵を保証すること、これらは古代エジプトにまでさかのぼることができる伝統的な外交術です。 しかし、外交が政治学で本格的に研究されるようになったのは比較的最近のことです。今回はイギリスの外交官でもあったニコルソンの著作を中心に、外交の理論と実践について説明したいと思います。 文献情報 Nicolson, Harold G. 1963(1939). Diplomacy , 3rd edn. Oxford: Oxford University Press.(邦訳、ニコルソン『外交』斎藤真・深谷満雄訳、東京大学出版会、1968年) この著作は現在でも外交研究に多大な影響を与えた著作ですが、その知名度の理由は外交という従来まで外交官だけが研究または担当していた仕事の内容をできる限り分かりやすく紹介したものであるためです。 まずニコルソンは外交の定義について次のように端的に説明しています。 「外交とは交渉による国際関係の処理であり、大・公使によってこれらの関係が調整され処理される方法であり、外交官の職務あるいは技術である」(ニコルソン、1968年、1.2.5.) ここでニコルソンは外交という言葉を外交官の職務に関連するものとして解釈しています。 さらに、ニコルソンは「対外政策」と「外交」を厳密に区別する必要があることについて次のように述べています。 「思うに民主主義国における「対外政策」は内閣が国民の代表者の承認を得て決定するべき事項であるのに対し、同政策の遂行は「外交」と呼ばれようと「交渉」と呼ばれようと、普通は経験と思慮分別を有する専門家に委ねられるべきものである」(1.1.6.) ニコルソンは「外交」が「政策」ではないということ、そして「外交」は固有の専門的領域である、と論じることによって、外交の問題を解決するためには固有の理論と実践が必要とされることを説明しています。 さらに外交理論の内容に踏み込むと、ニコルソンは二種類の考え方に区別して整理することができることを述べています。 すなわ...

論文紹介 国家はオオカミ、ジャッカル、子羊、ライオンに分類される

最近の国際関係論の研究では、国家の対外政策の選択を説明するために、国内の政治体制が重要であることが注目されるようになっています。 もし国力、特に軍備の強化を実行可能な強固な政治体制が構築されていれば、脅威を及ぼす相手国に直面しても抵抗する姿勢を打ち出す方針を採用するでしょう。しかし、そうでなければ、可能な限り相手の敵対行為を刺激することを回避しようとするはずです。 つまり、その国家の国内事情によって、達成しようとする国益には変化が生じるものと考えられるのです。 今回は、このような国際関係における国家の政策目的の相違について考察したシュウェラーの論文を紹介したいと思います。 文献情報 Schweller, Randall L. 1994. "Bandwagoning for Profit: Bringing the Revisionist State Back In," International Security , 19(1): 72-107. 目次 1.脅威均衡理論とその批判 2.勢力均衡理論における追従 3.報酬のための追従 4.なぜ国家は追従するのか 5.新しい同盟理論:利益均衡 6.結論 シュウェラーは国家が追及する利益を大きく二種類に区分します。つまり、国家は現状を維持する場合に得られる利益と現状を変更する場合に得られる利益があり、後者から前者を差し引いた利益がその国家の利益(つまり現状打破の利益-現状維持の利益=その国家の利益)となるのです。 次に、シュウェラーは現状打破の利益が現状維持の利益を小さく上回る場合と大きく上回る場合を区分しています。 前者の場合だとその国家の現状打破は限定的目的を達成するために実施されるため、自分自身から積極的に軍事行動を起こすよりも、状況の変化に便乗して利益を獲得しようとします。 このような国家をその行動の特性からシュウェラーはジャッカルと呼んでいます。ジャッカルは決して進んで自分から攻撃を仕掛けて危険を引き受けることはしません。ジャッカルは強者に追従することを第一に行動し、隙を見て自分の獲物を確保しようとする特徴があります。 現状維持の利益が現状維持よりもはるかに大きいならば、そのような国家は積極的に危険を冒して攻撃的な行動を選択すると考えら...

戦争で表面化する同盟国間の軋轢

二カ国以上が共同して実施する作戦のことを連合作戦と言います。 連合作戦には他の作戦とは異なる原則がいくつかありますが、一般に同盟国の間での利害の不一致によって上手く遂行することが困難であることが知られています。 今回は、平時においては一見すると上手くいっている同盟国でも、戦時になればたちまち軋轢が生まれて連携が失われることを説明したいと思います。 この分野の研究では数理的モデルが非常に発達しているのですが、ここでは数学を一切用いずに二つの問題を直感的に考察してみたいと思います。 一般に同盟国とは脅威を共有しているのだから、防衛活動で得られる利益も競合的ではないと考えられています。 しかし、防衛活動に伴う負担を考えてみるとどうなるでしょうか。 大国と小国が同盟関係を締結している場合、負担する防衛費は大国のほうが大きくなります。 つまり、大国は小国の安全保障に必要な負担を肩代わりする関係となります。 基本的に財政支出で占める防衛費の割合が増大すると、民間で出回る資金が減少して投資が抑制される関係にあります。 つまり、大国は小国よりも防衛費の面で大きな負担を引き受けているだけでなく、経済成長の可能性をも犠牲にしているということが言えます。 例えば北大西洋条約機構のような大国と中小国の連合体で構成された同盟については、こうした傾向が確認されています(Olson and Zeckhauser 1966)。 同一の脅威に直面する同盟国の間でも、非対称な利害があるということが分かります。 このような同盟国間の国益の不一致という考えをさらに発展させると、戦時では特に軍事的理由から同盟国で国益の相違が明確になることも分かります。 ある研究では軍隊の基本的な機能を三つに区分しています。 ・抑止の効果 ・防衛と損害の最小化 ・それ以外の各国に特有の目標の達成 ここで重要なのは上の二つの効果です。抑止は平時における軍隊の効果であり、防衛は戦時における軍隊の効果です。これまでの同盟の議論は平時を前提にしていましたが、ここでは戦時を前提に考えてみます。 戦争が勃発すると戦力を配分する地域について同盟国の間で重視する地域が異なってきます。 例えば、第一次世界大戦でオーストリアはセルビアに対する攻撃のためにロシアの脅威を非常に重視して...

モーゲンソーの全体戦争論

国際関係論の研究で知られるモーゲンソーですが、その著作には全体戦争に関する記述のために一章が割かれていることはあまり注目されていません。 モーゲンソーは全体戦争(Total War)に関する研究に依拠しながら、現代の戦争が従来までの限定的な手段によるものではなく、全体的な手段を行使する形態に変化することを主張しています。 特にモーゲンソーが指摘しているのは、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、戦争で使用される軍事力の規模と効率が急激に変化したという点です。 「17世紀、18世紀において、人口の1%を兵役のために徴兵することは滅多に達成することができない大事業であった。第一次世界大戦ではヨーロッパ列強は人口の14%を部隊へと充当した。第二次世界大戦では主な交戦国が戦力に補充した人口の割合はそれよりある程度は低かった。⑩%を超えたのは、恐らくアメリカ、ソビエト、ドイツだけであった。武器の機械化が非常に発展したために、このように減少した」 また軍事力の効率を向上させた要因としてモーゲンソーは武器の発達と輸送や通信の発達を挙げています。 「武器の射程が全世界にまで拡大したことは、現代の戦争の性格や、その性格と現代の世界政治との関係にとって多かれ少なかれ意味があるものであり、しかもその意味は戦争の破壊力の増大がこの武器の射程の増大と歩調を合わせてきたかどうかによって変化する」  「およそ19世紀の半ばまでは、記録に残された史料を見る限り、陸路と海路で最も早い行進速度は時速10マイルであったが、陸路でこの速度に達することは稀であった。20世紀初頭には鉄道により陸路の行進速度は最も速い列車で時速65マイルになったが、それは市場それまで達成された速度の6倍半であった。蒸気船は海路での航行を時速36マイルにまで加速させたが、これは従来の最高速度の3倍半の速度であった」 モーゲンソーにとって戦争がこのように変化したことは、全世界を征服することが技術的に可能となったことを含意していると考えていました。 モーゲンソーの議論によれば、こうした全世界を支配するための技術的条件とは(1)中央集権的な統制による住民の社会的統合の強制、(2)反乱の動きを封じ込める物理的な実力の保有、(3)支配と共生のための手段が世界のすみずみに配備されていることです。...

文献紹介 ケネス・ウォルツの勢力均衡理論

ケネス・ウォルツ(1924-2013)は国際関係論の研究で最も重要な貢献を果たした政治学者の一人として知られています。ウォルツが残した研究業績の一つとして、勢力均衡の理論的分析があり、国際政治の安定性を勢力の分布によって説明するという理論体系の発展を促すことになりました。 今回は、勢力均衡理論に対するウォルツの貢献を『国際政治の理論』の成果を中心に紹介したいと思います。 文献情報 Waltz, Kenneth N. 1979. Theory of International Politics . Reading, Mass.: Addison-Wesley.(邦訳、河野勝、岡垣知子訳『国際政治の理論』勁草書房、2010年) それまでの勢力均衡の考え方 ウォルツが著作を発表する前から、勢力均衡理論が国際政治を説明する上で重要な意味を持っていることは一般に知られていました。 政治学者モーゲンソーの勢力均衡理論では、現状打破を求める国家と現状維持を求める国家の対立として国際政治が展開されるというモデルが採用されていました。 さらに、対立する諸国家の相対的な能力はその地理環境や物的資源、軍事力、経済力、政治体制などの諸要因によって変化し、ある優勢な国家が他の劣勢な国家に対して現状打破を企図した軍事行動に出れば、現状維持は軍備増強や同盟強化などの手段によってそれに対抗しようとするものと考えられています。 (詳細は モーゲンソーの勢力均衡理論 を参照) このモーゲンソーの勢力均衡理論は時代や地域を問わず、さまざまな国際政治上の事例に適用可能であったのですが、どのような勢力関係であれば国際政治が安定しやすいのかを理論的に説明するという観点から不十分なところが残されていました。 国家は常にバランシングするとは限らない このような分析から、ウォルツはモーゲンソーのように現状打破を試みる勢力に対してこれを阻止するために現状維持を目的とする諸勢力が軍備拡張、同盟強化を行うとは限らないということを明らかにしました。 「勢力均衡理論は結果的に均衡を形成するような形で国家が行動することを予想するものである。よく言われることであるが、均衡をとること、すなわちバランシングが政治行動の普遍的パターンであるならば、理論からそのような予想をしたところ...