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学説紹介 ワイリーが教える海洋戦略入門:海上優勢の獲得とその活用

海洋戦略とは、文字通り海を戦域として想定した戦略です。この研究領域の先駆者として有名な人物に19世紀のアメリカの海軍軍人であり、また著述家でもあった マハン(Alfred T. Mahan) がいますが、マハンの戦略思想には艦隊決戦を重視しすぎるという批判があり、その後の研究で妥当性が再検証されることになりました。 今回は、第二次世界大戦で対日作戦に参加した経験もあるアメリカの海軍軍人ワイリーの説を取り上げます。 ワイリー(Joseph Caldwell Wylie) がマハンの戦略思想の限界を乗り越え、海洋戦略の考え方をどのように訂正すべきだと考えていたのかを紹介したいと思います。 海洋戦略は二つの段階に分けて考えることが可能 ワイリーの理論によれば、海洋戦略の根本的な問題は、海上交通路を通じて、敵に対するコントロールを確立することにあります。 この問題を解決するためには2つの段階を分けて考える必要があり、その内容について次のように論じられています。 「海洋戦略とは、世界の海洋交易システムの力を主に使うことにより、敵をコントロールできる状態を確立しようとするものである。  海洋戦略には、大抵の場合は二つの大きな段階がある。第一の段階が(そしてこれは必ず最初でなければならないのだが)、海のコントロールを確立するということである。適度に海がコントロールできるようになれば、コントロール状態を利用して敵側の任意の陸の一箇所以上の決定的な地域に向かって兵力を投入するという第二の段階に移ることになる」(邦訳、159頁) なぜこのような区別が必要なのかといえば、従来の海軍の考え方では第一段階の問題ばかり重視される傾向があるとワイリーが考えていたからです。 ワイリーはこれまで実施されてきた海軍史の研究には偏りがあり、海上のコントロールを獲得するための海上戦闘、船団護衛、海上封鎖ばかりに注目が集まっていたと批判しました(同上)。 確かに、これらの任務は海軍士官にとって重要なものばかりですが、海洋戦略をより広い視点から見る必要があるのではないかというのがワイリーの議論でした。 第一段階にも2種類の任務がある さらにワイリーは海洋戦略の第一段階の中に2種類の異なる任務があることを区別した方がよいと論じました。 少なくとも理論の上では、海の...

論文紹介 海上優勢とは何か

軍事学、特に海軍の戦略研究で使用される概念に海上優勢(maritime superiority, maritime supremacy, sea control)というものがあります。これはある海域を敵が利用することを妨げつつ、我が方が利用することを可能にする活動を指していますが、どのようにすれば制海が可能となるのでしょうか。 今回は、海軍史、戦略の分野で世界的に有名な研究者ジェフリー・ティル(Geoffrey Till, 1945-)が、この海上優勢という概念について考察した記事を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 文献紹介 Till, Geoffrey. "Sea Control and Denial," Trevor N. Dupuy, ed.  International Military and Defense Encyclopedia , New York: Brassey's, pp. 2374-2378. 制海権・海上優勢とは 現代の海上優勢という概念は、かつて制海権(command of the sea)という用語で呼ばれていました。制海権とは戦争状態において海上交通を支配する能力やそれによって実現する状態をいいました。しかし、非常に小型の艦船の航行を一隻残らず完璧に統制するということは、どれほど大きな海上戦力をもってしても技術的に容易なことではなく、また軍事的な意味もさほどありません。著者も、そのような制海権を考えようとしても、過去の戦史にはそれに該当するような状況が見当たらないことを認めています。 「ほとんどの海軍戦略家は、制海権が絶対的なものではなく、相対的な能力であるということに同意している。どの国の海軍でも、そのような能力を多かれ少なかれ保持している。その海軍が能力を持っているかどうかということは、絶対的なものではない。例えば、制海権は時間の関係で制限される場合がある。いくつかの戦争で、いくつかの国家は持続的に制海権を保持しているが、アメリカの戦略家、 アルフレッド・セイヤー・マハン (Alfred Thayer Mahan 1840-1914)は「英国が最も強大だった時でさえ、かつて海洋が排他的に支配されるということはなかった。海の支配権を巡る戦いは、彼我の優劣の変化によっ...

論文紹介 オフショア・コントロール(Offshore Control)とは何か、日本の視点から

中国が 接近阻止/領域拒否 の能力を強化していることを受けて、 エアシー・バトル という構想で米国はこれに対抗すべきという議論が研究者の間で議論されたことは、以前の記事で説明した通りです。 しかし、最近の戦略論争ではエアシー・バトルの構想に対して批判的立場を取る研究者も少なくなく、近年の米国国内の政治情勢が国防予算の増額を妨げている以上、より現実的な戦略を策定する必要があるという論調が見られます。 今回は、このエアシー・バトルの代替案となる戦略としてオフショア・コントロール(Offshore Control)の実効性を主張した研究の要点を紹介したいと思います。 文献情報 Hammes, Thomas X. 2012. "Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict," Strategic Forum , National Defense University, SF No. 278, (June), pp. 1- 16. http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a577602.pdf (Accessed, 2016 Feb. 4) 中国が核保有国である事実は見過ごせない エアシー・バトルとオフショア・コントロールの違いとして興味深いのは、オフショア・コントロールが米中間で核のエスカレーションが発生する危険をより重視している点です。 中国は核保有国であり、弾道ミサイル攻撃を行う能力があるのですから、政治的決断が下されれば通常兵器による戦争を核兵器による戦争へと移行させることが理論上は可能です。 したがって、米国が対中戦略を考える際には、以下のような想定を置くことが必要であると著者は論じています。 前提(1)中国の側が紛争を開始する。 前提(2)中国との紛争は長期化する。 前提(3)米中の大規模紛争は世界経済に甚大な損害を与える。 前提(4)米国は中国の核使用に関する意思決定過程を理解していない。 前提(5)宇宙及びサイバー空間では第一撃が大きな優位性をもたらす(Hammes 2012: 3-4)。 これらの想定を踏まえれば、米国が中国を全面的に攻撃するような戦略は実行不可能です。 ...

論文紹介 日本のシーレーン防衛と陸上自衛隊の意義

日本は対外貿易のほぼすべてを海上交通に頼る国家であり、シーレーンに加えられる脅威は直ちに日本の安全保障にとって深刻な悪影響を及ぼす危険があります。 このような安全保障環境において日本が重視すべき防衛力とは、第一に海上戦力、第二に航空戦力と考えられ、陸上戦力の位置付けは第三に置かれてしまいがちです。 しかし、だからといって陸上戦力の人員や装備の充実は軽視されても良いという考え方は短絡的であり、陸上戦力が海洋国家の安全保障にとってどのような意味を持つのかを理解することが重要です。 今回は、日本のシーレーン防衛における陸上自衛隊の役割を考察した論文を紹介し、その成果について検討してみたいと思います。 論文情報 吉富望「海上交通の安全確保における陸上自衛隊の役割――海洋国家の陸軍種として――」『国際安全保障』第43巻、第1号、2015年6月、106-122頁 シーレーン防衛の重要性と陸上戦力の役割 鹿児島県志布志市にある国家石油備蓄基地。 日本では全国に備蓄基地が10カ所建設されており、官民合計で約190日分の消費量を支える水準の備蓄がある。原油輸入に使用するシーレーンが脅威を受けた場合には、経済産業大臣の権限に基づいて使用することが可能。 日本にとってシーレーンがどれほど重要なものであるかということは、すでに広く知られていますが、特にその理由として大きなものとしてエネルギー資源、特に原油資源の確保に必要であることが挙げられます。 第二次安倍内閣で策定された『国家安全保障戦略』でも、「海上交通の安全を確保するとともに、各国との海洋安全保障協力を推進する」ことが述べられていることを著者は紹介し、その防衛が日本の安全保障上の課題であることを説明しています(吉富、106頁)。 しかし、このシーレーン防衛の課題に取り組む手段を海上戦力に限定して考えることは適切ではないと著者は論じています。なぜなら、シーレーンに対する脅威は必ずしも海上作戦だけで対処できるとは限らないためです。 ティル(Geoffrey Till)の研究では、海上交通にとっての脅威に地域紛争、テロリズム、海賊、事故や災害などの不測事態の四種類があるとされていますが、著者は不測事態以外はいずれも陸上の状況に根本的な原因が存在していることを指摘しており、また海上交通路の起点と終...

論文紹介 航空母艦に将来性はあるのか

海軍の歴史を振り返ると、それは技術革新の歴史であったことが分かります。内燃機関の導入、砲弾の威力向上、軍艦の機能分化、装甲艦の一般化など新たな技術が登場すれば、それは海上戦闘の様相を一変させ、引いては国際政治の勢力関係を変えてきました。 今回は、20世紀の海軍史に大きな影響を与えた航空母艦を取り上げ、21世紀における将来性について評価した研究論文を紹介したいと思います。 文献情報 Rubel, Robert C. 2011. "The Future of Aircraft Carriers." Naval War College Review , 64 (4): 13–27. この論文で著者は教義という観点から米海軍における空母の運用を考察した上で、現在の海軍を取り巻く技術的環境を分析し、両者を総合することで空母の将来性を評価しています。 空母の発達と主力艦としての運用 当初、米海軍における空母の運用は情報収集を主眼としたものでした。これは軍事目的での航空機の運用が(第一次世界大戦における)陸上作戦の航空偵察から始まったことが関係しており、いわば空母は海上で偵察機を運用するためのプラットフォームとして位置付けられていたのです(Rubel 2011: 15)。しかし、このような空母の運用は航空機の性能が改善されるにつれて変化していきました。 米海軍で空母が戦闘で決定的役割を果たすことが認識されるようになった契機は第二次世界大戦であり、日本海軍による真珠湾攻撃、米海軍によるドゥーリットル空襲で一撃離脱を基本とする空母の集中運用の有効性が確認されることになります(Ibid.)。 それまで海軍では主力艦(capital ship)という用語は主として排水量が大きく、砲力に優れた艦艇に対して用いられてきましたが、航空攻撃の威力が増大するにつれて空母も主力艦としての役割を果たし得るという考え方が広がり、主力艦の一種として見なされるようになります(Ibid.: 15-6)。 技術革新による空母の脆弱性の増大 第二次世界大戦が終結すると、空母の新たな役割として核攻撃のプラットフォームが追加されることになりました。核ミサイルを塔載した原子力潜水艦の運用が確立されるまでの間、空母は洋上から戦略爆撃機を発進させるという任務を担い、核...