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論文紹介 海上優勢とは何か

軍事学、特に海軍の戦略研究で使用される概念に海上優勢(maritime superiority, maritime supremacy, sea control)というものがあります。これはある海域を敵が利用することを妨げつつ、我が方が利用することを可能にする活動を指していますが、どのようにすれば制海が可能となるのでしょうか。 今回は、海軍史、戦略の分野で世界的に有名な研究者ジェフリー・ティル(Geoffrey Till, 1945-)が、この海上優勢という概念について考察した記事を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 文献紹介 Till, Geoffrey. "Sea Control and Denial," Trevor N. Dupuy, ed.  International Military and Defense Encyclopedia , New York: Brassey's, pp. 2374-2378. 制海権・海上優勢とは 現代の海上優勢という概念は、かつて制海権(command of the sea)という用語で呼ばれていました。制海権とは戦争状態において海上交通を支配する能力やそれによって実現する状態をいいました。しかし、非常に小型の艦船の航行を一隻残らず完璧に統制するということは、どれほど大きな海上戦力をもってしても技術的に容易なことではなく、また軍事的な意味もさほどありません。著者も、そのような制海権を考えようとしても、過去の戦史にはそれに該当するような状況が見当たらないことを認めています。 「ほとんどの海軍戦略家は、制海権が絶対的なものではなく、相対的な能力であるということに同意している。どの国の海軍でも、そのような能力を多かれ少なかれ保持している。その海軍が能力を持っているかどうかということは、絶対的なものではない。例えば、制海権は時間の関係で制限される場合がある。いくつかの戦争で、いくつかの国家は持続的に制海権を保持しているが、アメリカの戦略家、 アルフレッド・セイヤー・マハン (Alfred Thayer Mahan 1840-1914)は「英国が最も強大だった時でさえ、かつて海洋が排他的に支配されるということはなかった。海の支配権を巡る戦いは、彼我の優劣の変化によっ...

論文紹介 オフショア・コントロール(Offshore Control)とは何か、日本の視点から

中国が 接近阻止/領域拒否 の能力を強化していることを受けて、 エアシー・バトル という構想で米国はこれに対抗すべきという議論が研究者の間で議論されたことは、以前の記事で説明した通りです。 しかし、最近の戦略論争ではエアシー・バトルの構想に対して批判的立場を取る研究者も少なくなく、近年の米国国内の政治情勢が国防予算の増額を妨げている以上、より現実的な戦略を策定する必要があるという論調が見られます。 今回は、このエアシー・バトルの代替案となる戦略としてオフショア・コントロール(Offshore Control)の実効性を主張した研究の要点を紹介したいと思います。 文献情報 Hammes, Thomas X. 2012. "Offshore Control: A Proposed Strategy for an Unlikely Conflict," Strategic Forum , National Defense University, SF No. 278, (June), pp. 1- 16. http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a577602.pdf (Accessed, 2016 Feb. 4) 中国が核保有国である事実は見過ごせない エアシー・バトルとオフショア・コントロールの違いとして興味深いのは、オフショア・コントロールが米中間で核のエスカレーションが発生する危険をより重視している点です。 中国は核保有国であり、弾道ミサイル攻撃を行う能力があるのですから、政治的決断が下されれば通常兵器による戦争を核兵器による戦争へと移行させることが理論上は可能です。 したがって、米国が対中戦略を考える際には、以下のような想定を置くことが必要であると著者は論じています。 前提(1)中国の側が紛争を開始する。 前提(2)中国との紛争は長期化する。 前提(3)米中の大規模紛争は世界経済に甚大な損害を与える。 前提(4)米国は中国の核使用に関する意思決定過程を理解していない。 前提(5)宇宙及びサイバー空間では第一撃が大きな優位性をもたらす(Hammes 2012: 3-4)。 これらの想定を踏まえれば、米国が中国を全面的に攻撃するような戦略は実行不可能です。 ...

論文紹介 日本のシーレーン防衛と陸上自衛隊の意義

日本は対外貿易のほぼすべてを海上交通に頼る国家であり、シーレーンに加えられる脅威は直ちに日本の安全保障にとって深刻な悪影響を及ぼす危険があります。 このような安全保障環境において日本が重視すべき防衛力とは、第一に海上戦力、第二に航空戦力と考えられ、陸上戦力の位置付けは第三に置かれてしまいがちです。 しかし、だからといって陸上戦力の人員や装備の充実は軽視されても良いという考え方は短絡的であり、陸上戦力が海洋国家の安全保障にとってどのような意味を持つのかを理解することが重要です。 今回は、日本のシーレーン防衛における陸上自衛隊の役割を考察した論文を紹介し、その成果について検討してみたいと思います。 論文情報 吉富望「海上交通の安全確保における陸上自衛隊の役割――海洋国家の陸軍種として――」『国際安全保障』第43巻、第1号、2015年6月、106-122頁 シーレーン防衛の重要性と陸上戦力の役割 鹿児島県志布志市にある国家石油備蓄基地。 日本では全国に備蓄基地が10カ所建設されており、官民合計で約190日分の消費量を支える水準の備蓄がある。原油輸入に使用するシーレーンが脅威を受けた場合には、経済産業大臣の権限に基づいて使用することが可能。 日本にとってシーレーンがどれほど重要なものであるかということは、すでに広く知られていますが、特にその理由として大きなものとしてエネルギー資源、特に原油資源の確保に必要であることが挙げられます。 第二次安倍内閣で策定された『国家安全保障戦略』でも、「海上交通の安全を確保するとともに、各国との海洋安全保障協力を推進する」ことが述べられていることを著者は紹介し、その防衛が日本の安全保障上の課題であることを説明しています(吉富、106頁)。 しかし、このシーレーン防衛の課題に取り組む手段を海上戦力に限定して考えることは適切ではないと著者は論じています。なぜなら、シーレーンに対する脅威は必ずしも海上作戦だけで対処できるとは限らないためです。 ティル(Geoffrey Till)の研究では、海上交通にとっての脅威に地域紛争、テロリズム、海賊、事故や災害などの不測事態の四種類があるとされていますが、著者は不測事態以外はいずれも陸上の状況に根本的な原因が存在していることを指摘しており、また海上交通路の起点と終...

文献紹介 重たい部隊は強く、軽い部隊は弱い

戦争が勃発して直ちに地上部隊を遠隔地に展開する能力を持っていれば、それは間違いなく戦略的な優位を国家にもたらします。 在外基地を建設し、そこに部隊を駐留させる経費は大いに節約されることでしょう。 しかし、そのような試みが本当に実行可能かどうかは、兵站の実態と照らし合わせて慎重に考える必要があります。 今回は、特に長距離の部隊移動に関する陸上戦力の輸送手段を考察した研究を紹介したいと思います。 文献情報 Eugene C. Gritton, Paul K. Davis, Randall Steeb, and John Matsumura. 2000. Ground Forces for a Rapidly Employable Joint Task Force: First-Week Capabilities for Short-Warning Conflicts , Santa Monica: RAND. この研究が発表された背景として、2000年初頭における陸上戦力の戦略機動に関する議論が関係していました。 当時、航空輸送能力の発達によって陸軍の移動はこれまで以上に迅速になったため、それほど前線付近に部隊を配置しなくてもよいではないかという議論がありました。 しかし、この研究は航空輸送の限界を指摘し、そのような主張に根拠がないことを明らかにしたのです。 この研究の焦点は、作戦を開始する日から7日以内に陸上戦力を即応展開するための輸送手段の評価にあります。 そもそも、兵站の観点から考えれば、輸送する部隊の規模が大きくなるほど輸送力は不足しがちとなるので、即応展開の部隊の装備や物資は小規模なものでなければなりません。 そのことを表しているのが次の図です。 米軍の部隊が戦地に展開するまでに何週間を要するかを概観したグラフ。 左から海兵遠征部隊は0.5週未満、第82空挺旅団は1週未満と見積もられている。 また海兵遠征旅団、陸軍機械化旅団の所要時間は1.5週であり、重武装の陸軍師団は4週間となる。 なお、棒グラフの黒色部分は変動する可能性が大きい幅を示している。 (Gritten, et al. 2000. p. 13)より引用。 この図表を読んでみても、正規の装備を備えた戦闘部隊が戦地に展開するためには、一定の時...