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学説紹介 リデル・ハートの戦略思想と間接アプローチの八原則

軍事学の世界における リデル・ハート (Basil Liddell Hart, 1895-1970)の業績はとてもよく知られています。 特に間接接近(indirect approach)の概念はその後の戦略思想にも大きな影響を与えましたが、その要点は日本ではまだまだ広く知られていません。 今回はリデル・ハートが書き残した戦略の原則について紹介するため、その内容について彼自身の解説を踏まえながら説明したいと思います。 リデル・ハートの説による戦略の原則 ベイジル・リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970) イギリス陸軍を退役した後は軍事史の研究に取り組む、代表作は『戦略論』 リデル・ハートは自著の中で戦略原則という表現はとらず、戦略と戦術の本質(concentrated essence of strategy and tactics)という表現を用いました。つまり、彼は戦略と戦術に共通の原則が存在すると考えていたということです。 それは8個の原則から成り立っており、リデル・ハート自身の言葉を踏まえると、次のように要約できます。 目的を手段に適合させよ。 常に目的を銘記せよ。 最小予期路線(又は最小予期コース)を選択せよ。 最小抵抗線に乗ぜよ。 予備目標への切替えを許す作戦線を選択せよ。 計画及び配備が状況に適合するよう、それらの柔軟性を確保せよ。 相手が油断していないうちは―対手がわが攻撃を撃退し又は回避できる態勢にあるうちは、わが兵力を打撃に投入するな。 一たん失敗した後、それと同一の線(又は同一の形式)に沿う攻撃を再開するな。 これらは、あたかもチェックリストのような構成になっていますが、リデル・ハートはもっと単純な原則として集中という原則を持ち出すことも検討していました。 著述の中では彼は「戦争の原則、それは単なる一つの原則ではなく多数の原則から成り立つものであるが、それを一語に圧縮すると「集中」ということである。しかし、これは事実上「弱点に対する勢力の集中」というふうに敷えんすべきである」と述べていたことが、それにあたります(邦訳、リデル・ハート、366頁)。 それにもかかわらず、リデル・ハートは自身の原則をまとめる上で兵力の集中という言葉は一切用いなかったのは、す...

論文紹介 軍事教義(military doctrine)の意味を考える

各国の軍隊はそれぞれ自らの得意とする兵力運用の方法を持っています。 それは教義(ドクトリン)と呼ばれており、部隊の編制、武器の性能のような有形の戦力要素だけでなく、戦略・作戦・戦術の概念という無形の戦力要素にも影響を及ぼしています。 今回は、こうした教義の概念を改めて理解するために、歴史的アプローチを用いた研究を取り上げて、その内容を紹介したいと思います。 文献情報 Jay Luvaas. "Some vagrant thoughts on doctrine," Military Review , March 1986, LXVI, No. 2, pp. 56-60. 軍事用語としての教義の定義 軍事用語として教義(doctrine)という言葉が使われ始めたのは、20世紀後半以降のことだと言われています。 第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての米軍の軍事辞典や公式の定義に教義という言葉を見出すことはできません(Luvaas 1986: 56)。 米国の軍事辞典に初めて教義という用語が収められるのは1950年版のことであり、そこでは次のように説明されています。 「(教義とは)ある問題に対して、経験を通じて、もしくは理論により発展してきた原則や方針を集めたものである。採用可能な最善の考え方を表しており、それを実行することを示唆し、また方向付けるが、拘束するものではない。本質的に教義は理性によって定義できる真理、事実、理論を教えるものであり、それは基本的に正しいものとして教えられ、また受け入れられるべきである」(Ibid.) ここで述べられている通り、教義とは軍隊で教育訓練の大前提とされる知識体系として理解することができます。 つまり、教義というものは現代の経営学の用語で言うところの知識管理の手法の一つであり、知識の標準化の産物だと言うこともできるでしょう。 教義そのものを発明したフリードリヒ二世 Anton Graff(1781)Portrait of Friedrich II 古来から軍隊では蓄積された経験に変換し、それを後の世代に継承する取り組みが行われてきましたが、それは暗黙知のまま継承されることが少なくなく、形式知として客観的に管理されていませんでした。 より近代的な...

論文紹介 アメリカ軍を蝕む士官の知的水準の低下

軍隊の基礎は人であるとよく言われます。しかし、優れた人材を獲得し、これを適切に教育し、高い能力水準を維持することは容易なことではありません。世界で最高水準の戦闘能力を誇ると言われているアメリカ軍であっても、こうした問題に近年悩まされています。 今回は、アメリカ軍において人的戦闘力の劣化が知的水準の低下という形で進んでいることを指摘し、教育や人事のあり方を改革すべきであると主張した論文を紹介したいと思います。 論文情報 Matthew F. Cancian. 2016. "Officers Are Less Intelligent: What Does It Mean?" Joint Force Quarterly , Vol 81, No. 2, pp. 54-61. アメリカ軍の士官の知的水準の実態 著者の主張によれば、アメリカ軍に入隊してくる士官候補生の平均的な知的水準は近年ますます低下する傾向にあり、将来的に高級士官として勤務できる人材が不足する可能性が出てきています。 さまざまな根拠が示されていますが、例えば第二次世界大戦に海兵隊が士官候補生に要求した学力水準を現在に適用すると、現在の多くの海兵隊士官がこれを満たすことができないことが指摘されています。 「アメリカ軍は、21世紀の戦いの複雑性に必要とされる指導者を獲得することができていない。この問題は「将来の兵力(Force for the Future)」計画において中心的な役割を果たしたが、現在はそれを裏付ける確固とした証拠がいくつかある。情報公開法の申請に基づいて得られたデータによれば、1980年以来、海兵隊の新しい士官の知能は着実に低下している。2014年に任官した新たな士官の3分の2の学力水準は、1980年の分類で下から3分の1に当たる。2014年の新しい士官の41%は、第二次世界大戦に設定された基準で士官になる資格がなかった。同様に、その人員配置の最終段階において、究極的には高級士官になるであろう極めて理性的な士官が少なくなっているのである」(Cancian 2016: 54-5) ちなみに、海兵隊だけでなく陸軍でも同様の傾向が生じており、陸軍士官候補生に対する調査では、1990年代後半以降になって学力の低下が進行し始めていることが確認されています...

論文紹介 サイバー戦のゲームを制作すべし

サイバー安全保障がこれほど大きな問題となっているにもかかわらず、十分な要員を確保することができず困っている国は日本だけではありません。米国では要員確保に取り組む第一歩として、その教育訓練に関する調査研究が進められています。 今回は、サイバー戦に備えるために必要な人員を訓練するためのゲームを提供することが政府として必要であることを提案した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Christopher Herr, and Dennis Allen. 2014. Video Games as a Training Tool to Prepare the Next Generation of Cyber Warriors , Pittsburgh: Software Engineering Institute, Carnegie Mellon University. 米軍におけるゲーム開発の歴史 ゲームを教育目的で利用するという取り組みは目新しいものではありません。 さまざまな分野でゲームが優れた訓練用の教材となり得ることは実証されており、小学校や中学校の生徒に対する学科教育でも大きな成果を上げています。座学のような一方的な情報の伝達ではなく、学習者の自発的な参加が促されることが学習効果を高めると考えられています。 米軍でゲームが軍事訓練のために最初に導入されたのは1962年のこととされており、当時国防総省が出資してマサチューセッツ工科大学が開発した『宇宙戦争(Spacewar)』というゲームでしたが、まだ当時は二次元の空間に艦艇を展開し、ミサイルで交戦するという単純なゲームでした(Herr and Allen 2014: 8)。 戦闘モデルが三次元の空間にまで発展させたゲームは1970年代に開発された『戦闘地域(Battlezone)』であり、これは一人称視点でプレイヤーが戦車の砲手となるゲームであり、米軍はこのゲームを当時開発中だったM2ブラッドレー歩兵戦闘車の訓練用シミュレータに採用しました(Ibid.)。 こうした事業に基づく知見を踏まえて米軍では独自にシミュレーション・ネットワークの構築を始めます。 1982年には数百のシミュレーターをSIMNETと呼ばれるネットワークで結ぶことにより、複数人が戦闘機や戦車を仮想の空間で同...

プラトンは戦争の原因をいかに説明しているのか

世界で最も有名な哲学者であるプラトン(前427年-前347年)は哲学者(知を愛する者)こそが権力者とならなければ、国家は不正から逃れることができないと論じたことで知られています。 当時、プラトンがいた都市国家アテナイの政治体制は民主制でしたが、プラトンは民主制が個々人の私益のために暴走する傾向を持ち、また矛盾と混乱に満ちているとして批判的立場をとっていました。それゆえ、国家を適切に指導する能力を持つ哲学者でなければ権力を掌握するべきではないと考えていたのです。 このようなプラトンの政治哲学はよく知られていますが、今回はプラトンの政治哲学を踏まえた上で、彼が戦争の原因をいかに説明していたのかを紹介してみたいと思います。 アテナイの政治情勢と哲人政治の必要性 当時のアテナイでは民会と呼ばれる市民集会の議決によって政策が策定されていました。民会に出席する議員はアテナイ人を両親に持つ30歳以上の成人男性でなければならず、自由市民としての身分を持ち、また有事においては兵士として従軍する義務を負わなければなりませんでした。 したがって、常備軍は編成されておらず、官僚制に関しても市民がくじ引きで任期ごとに分担しているという状態でした。 言い換えれば、当時のアテナイ市民は兼業として政務に従事しており、政治権力に対するアクセスが容易でした。このことが市民同士の権力闘争を加速させており、プラトンは強い問題意識を持っていたのです。 権力闘争によって国家の結束が損なわれる危険性を除去し、人々が財産や名誉等の短期的な利益ではなく、知恵や謙虚さ、公正さといった重要な美徳に沿って善い人生を送るためには、哲学者(つまり徳の重要性を理解している知識人)が国王の地位に就き、その合理的な判断の下に人々の思想と行動を統制することが重要である、とプラトンは考えました。 しかし、王と言ってもその哲学者は世襲制であってはならないとプラトンは主張しています。 その結果、プラトンの政治哲学では、男女分け隔てなく、あくまでも実力主義に基づいて国民を知的能力に優れた最適者、戦闘能力に優れた守護者、そしてその他の民衆に区分する国家の理想的モデルが提案されています。 現代の研究では、このようなプラトンの政治思想を民主主義の批判に基づく全体主義の擁護として解釈する見方もありますが、その...

論文紹介 防衛学とは何か、自衛隊の視座から

軍事学には学問として長い歴史があり、時代や地域によって呼び方も変遷してきました。 19世紀には戦争学(study of war)、軍事科学(military science)などの名称もありましたが、20世紀以降になると防衛学(defense studies)、戦略学(strategic studies)、安全保障学(security studies)などの名称も使われるようになります。 とはいえ、それぞれがまったく別の学問として存在しているというわけではありません。 名称が変更される理由としては、研究上の関心が変化を表現すること、研究予算の獲得のための非研究者への説明、また研究組織の新規の立ち上げに当たって、都合が良い名称が変化する等があります。 日本における軍事学の歴史を見ると、警察予備隊から保安隊を経て自衛隊が発足した時に同様の状況があったことが分かります。 防衛大学校では現在でも「軍事学」は研究から外されており、名称としては「防衛学」が研究されています。今回は防衛学という学問をどのように規定するのか、その取り組みについて知ることができる論文を紹介したいと思います。 論文紹介 服部実「防衛学の概念および分類」『防衛大学校紀要』1975年、31号、109-134頁 著者は1916年生まれの旧陸軍士官(50期)であり、復員局勤務を経て1954年からは陸自に勤務していました。1969年から防衛大学校で防衛学の講師として教鞭をとり、1972年以降は教授に就任しています。 この論文では防衛大学校の独自教科でもある防衛学について概念的な整理が行われており、軍事学との差別化を図っています。 まず著者は防衛学という名称がどのような成り立ちを持つかという論点について諸説を検討しています。 「「防衛学」の概念についての意見の一つは、「防衛学」は軍事学あるいは兵学と同義語であるとするものである。警察予備隊発足当時から、世評を慮り、軍、兵、戦、武といった字を極端に避け、戦車を特車といった時代であったから、軍事学とか、兵学という言葉のかわりに、「防衛学」という用語を使ったのだろうと考えられている」(109頁) これは当時の自衛隊が置かれていた社会的、政治的状況を重視する説ですが、著者はそれ以外の説にも注目しています。すなわち、防衛学は軍事学の従...

アダム・スミスが考える防衛意識の問題

近代経済学の確立に寄与したアダム・スミスの名前は日本でもよく知られています。 しかし、アダム・スミスが「国防は富裕よりもはるかに重要である」と指摘し、国防問題に重大な関心を寄せていたことは、それほど注目されていません。 今回はアダム・スミスによる適切な軍事制度に関する考察から、防衛意識に関連する部分を紹介したいと思います。 まずスミスは富の蓄積が近隣諸国の侵略を誘発する危険を高めることを認識していました。 そこで経済力の増大に応じて国家は自らの国富を守るための軍隊を整備する必要が生じます。しかし、防衛体制を整えるにあたり、国民は二つの政策選択に直面すると考えられました。 「それは第一に、非常に厳しい政策をとって、人民の利害関心や天分や好みの傾向などすべておかまいなしに、軍事教練の実習を強制し、兵役適齢期の市民全部、あるいはその一定数を、かれらがたまたまどんな商売なり職業なりを営んでいようと、ある程度まで軍人の職業を兼ねるように義務づけることができよう。さもなければ、第二には、一定数の市民を養い、雇用して、軍事教練を常時実習させておくやり方で、軍人という職業を他のいっさいの職業から独立した別個の一特殊職業とすることができよう」(邦訳3巻14頁) スミスがここで検討した選択肢のうち前者は市民兵を中心とする軍事制度であり、後者は職業軍人を中心とする軍事制度に対応しています。 いずれの選択が経済先進国の安全保障に適しているのか、という疑問についてスミスははっきりと後者を支持しました。 その理由は軍事的専門性の技術的な高度化です。 スミスはさまざまな生産現場で分業化が進むと、技術革新が促進され、それに応じて軍事技術も高度化することを知っていました。 これを言い換えれば、経済成長が進んだ国では、戦闘員の教育訓練に必要な時間や費用が必然的に増大するということです。 ここまでの議論はおおむね私たちの直感とも一致するものでしょう。 しかし、スミスは職業軍人に国防をまかせることによる弊害について考慮しておくことも必要であると同時に考えていました。 なぜなら、国防に触れることなく、各人が自分の専門化された仕事にだけ打ち込むような近代社会では、公共のために武勇の精神を発揮する機会に乏しく、防衛意識が大いに低下すると考えられるためです。 この議論...

なぜ大学で軍事を研究するべきなのか

先日の修了式で、とある修了生とお別れのご挨拶をした際に、少し気になるテーマについて話す機会がありました。 それは大学で軍事力を研究する意義というものが依然として理解されていないのではないかという問題です。 彼は東アジア地域における相対的な海上戦力の優劣について興味深い分析を修士論文にまとめたのですが、論文の執筆や研究の過程で軍事力を研究テーマとすることが学問的ではないと指導教官や周囲の学生に思われていることに、違和感を覚えたことを率直に話して頂きました。また、私もその印象については共感を覚えるところが少なくありませんでした。 今回は、なぜ大学において軍事が研究テーマとされる必要が出てくるのか、その理由について政治学の立場から改めて考察してみたいと思います。 1.軍事力の政治的重要性 政治学の範囲や目標を規定する立場はさまざまですが、例えばハロルド・ラスウェルのような政治学者は政治学の主たる研究対象とは権力であると考えていました。 実際、権力はまぎれもなく政治学の最重要概念であり、いかにして他者の行動を自分の意志の下でコントロールするかを考えるためには権力を理解しなければなりません。 政治学では権力の概念が次のようにして定義されてきました。すなわち、 「他者からの働きかけがなければaがしないであろうことをAがaに行わせることができる時、Aはaに対して権力を持つ」 「(権力の大きさとは)Aがaに対して何もしない時に、aがある行為Xをする確率とAがaにある働きかけを行った時に、aがXを行う確率の差」 これは政治学者ロバート・ダールの定義ですが、この定義から考えれば軍事力とはまさに真正の権力に他なりません。 特に国際関係において他国からの威圧を無効にし、また他国に対して特定の行動を強制することができます。 また国内政治においても、例えば革命や反乱のような事態に陥った場合においては軍事力の優劣がその内戦の結果を大いに左右し、その後の政治体制に決定的な影響を与えます。 したがって、政治学者は軍事力に関心を持つ必要があり、特に国際関係論の研究を進める上では持たざるをえないと思われます。少なくとも私は、政治において武力こそが究極の権力であると考えています。 2.研究対象としての軍事力の多面性 よくある誤解かもしれませんが、学問領...

軍事学は何を研究しているのか

どのような分野であれ、長い時間をかけて内容が分化、複雑化してきた学問の全体像を一言でまとめることは簡単なことではありません。 軍事学(Military Studies)もその例外ではなく、研究対象や方法論の多様さによって一概にその内容を特徴づけることはできなくなっています。 ある研究者は次のような説明で軍事学の研究領域を包括しようとしています。 「軍事学とは、戦争の研究や組織化された強制的な武力の理論とその応用とともに、軍事上の意思決定過程などの手続き、部隊や軍隊などの制度、そして戦時または平時における個人や部隊の行動に関する学問である」(Jordan, 2013: 880) また具体的な研究領域としては、以下のものが挙げられます。 ・統率(Military Leadership) ・軍事組織(Military Organization) ・軍事教育・訓練(Military Education and Training) ・軍事史(Military History) ・軍事倫理(Military Ethics) ・軍事教義(Military Doctrine) ・戦術・作戦・戦略(Strategy, Operations, Tactics) ・軍事地理学(Military Geography) ・軍事技術(Military Technology) こうした領域から軍事学の研究は主に構成されていることが説明されており、この一覧を見ただけでも非常に幅の広い研究が行われていることが分かります(Jordan 2013: 884-885)。 これらの中でも特に戦略や戦術、軍事史は軍事行動に直接的に関係する事柄であることから、軍事学の中心的な分野として位置付けられてきました。日本では軍事学という代わりに、安全保障学または防衛学として研究がなされています。 そもそも、軍事という言葉は軍隊の運用に関する事柄を指すものであり、次のように定義することができます。 「軍事とは民事に対する言葉であって、伝統的に軍人、軍隊、軍事力、戦争、防衛などに関することの総称である。軍事は、外交・経済・運輸・教育などと並ぶ国家行政機能としての要素を持ち、軍隊(軍事力)を維持・管理し、戦争に際しては、政治が命ずる使命に対してその保有する力をどのように行...