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論文紹介 第5世代戦闘機F-35には、より強力な情報支援が必要

最近、米空軍で運用が始まったF-35ですが、この航空機については軍人、設計者、研究者の間で賛否両論あります。 今回は、こうした議論に関連して、米空軍の情報支援の態勢を組織的に改善すべきだと主張した研究を取り上げ、その要点を紹介します。 論文情報 Stephanie Anne Fraioli, "Intelligence Support for the F-35A Lightning II," Air & Space Power Journal , Vol. 30, No. 2(Summer 2016), pp. 106-9. F-16とF-35はここが違う この論文では著者はF-35が以前から運用されていたF-16と多くの点で機能が強化されていることを一般的に説明するところから議論を始まっています。 著者の説明によれば、F-35に応用されている「第五世代の技術は、〔敵の勢力によって〕拒否される空域を突破するために設計された」と説明されており、敵国領空を突破する能力が最大の特徴とされています(Fraioli 2016: 106)。 この機能は高度なステルス技術を応用することで可能になった説明されているのですが(Ibid.)、これは第五世代の戦闘機の機能の一部に過ぎないと著者は指摘し、F-35には高度な情報処理能力が付与されており、その違いは第四世代の戦闘機と明らかだとして次のように説明しています。 「F-16からF-35に至る進化は、固定電話からスマートフォンへの発展と結びつけることが可能であり、それは生活のあらゆる側面を自動化し、ソーシャル・メディアと電子メールの状況認識を絶えず保ち、銀行口座情報にいつでもアクセスすることを可能にする。第5世代航空機の作戦は時代遅れの機能を使用する必要がない。なぜなら、航空機が自動的に統合した情報資料を提供するためである。これは専門家の間でセンサー融合(sensor fusion)と呼ばれており、電磁気と赤外線スペクトルの領域で生み出された技術である」(Ibid.: 106-7) つまり、第四世代の戦闘機だと操縦士はさまざまなセンサーを自分自身で操作する必要があったのですが、第五世代の戦闘機、つまりF-35の操縦士はそのような作業から完全に解放される、ということで...

事例研究 空軍史に残るレバノン紛争の航空戦

1988年、レバノン南部に展開するイスラエル軍の前哨陣地。 レバノンでイスラエルが実施した作戦の一つに「ガラリヤの平和」という作戦があります。 ある研究者の言葉を借りれば、この作戦で戦われた航空戦は「第二次大戦以来、最も大規模にして、最も激しい空中戦」に発展し、最終的にイスラエル軍は航空優勢を獲得し、シリア軍を圧倒することができました。 今回は、この時の航空戦闘でイスラエル軍が決定的な勝利を収めることができた理由について説明したいと思います。 レバノン紛争の背景と重要性 事の発端となったのは1982年、イスラエルとレバノン国境に沿ってパレスチナ解放機構(以下、PLO)の砲撃とゲリラ活動が活発化していたことにありました。 イスラエルはPLOに対して武力による報復を行う準備があると警告しましたが、同年6月4日にテロリストによって駐英イスラエル大使が銃撃されると、イスラエル軍はその報復措置として6月6日にレバノンに展開するPLOの部隊を攻撃することを決定しました。こうして始められたのがガラリヤの平和作戦でした。 1982年レバノン紛争の状況図(独語)。 青色で示しているのがイスラエル軍、赤色がシリア軍、緑色がPLO、灰色が親イスラエル民兵の動き。 6月6日に攻勢が開始され、7日にはすでに南部地域を占領下に置いている。 北上するイスラエル軍の最右翼の前進をシリア軍が阻止しようと図り、ここから大規模な航空戦闘に発展した。 レバノン南部に侵攻したイスラエル軍は順調にPLOの部隊を撃破しながら北上し、レバノン南部を非武装化していきました。しかし、レバノン東部でイスラエル軍の進撃を阻止しようと図るシリア軍と戦闘となり、6月8日にはまず地上で大規模な機甲戦が始まり、航空優勢をめぐって上空でも戦闘機が航空戦を交えられました。 当時、シリア空軍に配備されていた機体はソビエトが開発したMiG-21やMiG-23戦闘機であり、イスラエル空軍ではアメリカが開発したF-15、F-16戦闘機が配備されていました。そのため、この航空戦の推移については米ソ両国も重大な関心を払って注目していたのです。 ベッカー高原の上空で戦われた航空戦 ベッカー高原はレバノン山脈とアンチレバノン山脈との間に位置する。 反イスラエル路線をとる武装勢力の拠点も多く政治的...

文献紹介 ジョン・ボイドの空軍戦術

空軍の戦術を語る上でジョン・ボイド(John R. Boyd)の研究を避けて通ることはできません。 現在でも各国の空軍においてボイドが確立した戦術理論が教育されていることを考えれば、その影響はどれほど大きなものであったのかが分かります。 今回は、ボイドの著作の要点を紹介し、空軍戦術の基本的な論点について概観してみたいと思います。 文献情報 Boyd, John R. 1964(1958). Aerial Attack Study , Rev. Maxwell: Air University Library. ボイドの軍歴は1945年に米陸軍に入隊したことに始まりますが、戦闘機の操縦士としてその能力を発揮するのは1951年に再入隊した後のことでした。 朝鮮戦争の航空戦でボイドはF-86の戦闘機の操縦士として実戦を経験し、後に配属された米空軍武器学校で教官として戦術の研究に着手します。 ボイドは操縦士として優れた能力を持っていただけでなく、それを理論として体系化する能力も兼ね備えており、今回紹介した『航空攻撃研究』はその研究成果をまとめたものでした。 ジョン・ボイド(1927-1997)は米国出身の研究者。 米空軍で戦闘機操縦士として朝鮮戦争での作戦に参加した経験を持つ。 その優れた研究成果は、その後の空軍戦術に大きな影響を与えた。 まずボイドは対航空戦の戦術には、戦闘機と爆撃機の交戦のための戦術と、戦闘機と戦闘機の交戦のための戦術、という二つの異なる局面があると考えました。 戦闘機と爆撃機が戦う場合、機動力に優れた戦闘機がいかに爆撃機という目標を効果的に攻撃するのかが戦術の問題となります。 しかし、戦闘機と戦闘機が戦うとなると、互いに相手を攻撃するため積極的に機動するため、より詳細な戦術の分析が必要となります。 つまり、ボイドは空軍の戦術を研究を始める上で、非機動性の目標に対する攻撃と、機動性の目標に対する攻撃という二分法で考えることから始めたのです。 一般に空軍士官たちは敵機の背後に自機を占位させることこそが、戦術の最も重要な要素であることを既に知っていました。 ボイドもその有名な原則を自らの考察に取り入れていますが、そこから発展させてボイドは戦闘機の操縦士にとって爆撃機を攻撃する場合と戦闘機を攻撃する場合では...