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文献紹介 第一次世界大戦の心理戦と移民コミュニティーの宣伝活動

L'exécution des notables de Blégny, 1914 近年、欧米諸国では移民の流入が大きな問題となっており、安全保障に対する移民の影響を考察する研究も増加する傾向にあります。 そうした研究動向を受けて、移民コミュニティーが母国のために外国で活発な宣伝活動を展開していたことも検討されるようになり、これを心理作戦(psychological warfare)、特に宣伝(propaganda)の観点で考察する研究者も出てきました。 今回は、第一次世界大戦の最中に米国でドイツ系移民コミュニティーが民間レベルでどのような世論工作に取り組んでいたのかを心理戦の視点から検討した研究を紹介したいと思います。 文献紹介 Chad R. Fulwider. 2016.  German Propaganda and US Neutrality in World War I . Columbus, MO: University of Missouri Press. 米国におけるドイツ系移民コミュニティー 1872年に実施された調査でドイツ系の移民が居住する地域の分布を示した米国東海岸の地図 The Statistics of the Population of the United States, Compiled from the Original Returns of the Ninth Census, 1872. Perry-Castañeda Library Map Collection. 本書は不特定多数の大衆に対する心理作戦の歴史を取り扱ったものであり、世論工作がその中心を占めています。 第一次世界大戦で米国の世論を操作するために、ドイツ系の移民コミュニティーがドイツ政府の情報戦略とどのように結びついていたのかという課題に著者は取り組みました。 当時の時代背景を説明しておくと、第一次世界大戦が勃発した時点で米国には大規模なドイツ系移民のコミュニティーがすでに形成されていました。 ドイツでは19世紀後半から国内で維持し切れない余剰人口がますます大きくなり、政府批判の傾向を強めていたため、米国に限らず外国にドイツ人が移り住むようになっていたためです。 ドイツからの移民は現地の社会に同...

モーゲンソーが考える世論対策の重要性

政治学者ハンス・モーゲンソーは国際関係論の古典『国際政治』の中で国力の一要素に「政府の質」が含まれることを論じましたが、具体的には国力を形成する資源と達成すべき政策目標の調整を行う能力、各種資源の間の均衡を図りつつ調整する能力、そして対外政策を推進するために必要な民衆の支持を獲得する能力の三つに注目していました。 今回は、政治的能力として民衆の支持を得るために世論を指導する能力が重要であるというモーゲンソーの議論を紹介したいと思います。 民主主義における政策決定 モーゲンソーは政府が政策を遂行するために各種国力を動員しようとしてもできない状況というものがあり、これは特に現代の民主主義において重要な問題であると認識していました。 「政府は、その対外政策に対する自国民の承認と、国力の諸要素―これが政策を裏付ける―を動員するためにもくろまれる国内政策への国民の承認を獲得しなければならないのである。このような作業が困難なのは、ある対外政策に対する民衆の支持が得られる条件が、対外政策を首尾よく追及できる条件と必ずしも同一ではないからである」(モーゲンソー、157頁) つまり、対外政策で成功を収めるためには、国内政策で国民の支持を失わざるを得ないという状況があり得るということです。 世論が重視する短期的利害 このような状況が生じる背景には情報の非対称性があるとモーゲンソーは説明しています。つまり、政策決定に関与する政治家とその政治家を評価する民衆の間には判断基準において大きな相違があり、共通の視点から国益を考えることを妨げるということです。 そのため政治家は対外的必要性と対内的必要性の両方を同時に判断し、政策決定においては両者の妥協点がどこにあるのかを見極めなければなりません。 「民衆の気持ちは、政治家の考えが優れた特性を持っているのだと、ということに気付かず、たいていの場合、絶対善とか絶対悪とかいった単純な道義主義的かつ法万能主義的な観点からものを判断している。政治家は長期的な見方をとり、ゆっくりと遠回りして進み、大きな利益を得るために小さな損失を支払わなければならない。すなわち政治家は、曖昧な態度をとったり、妥協したり、よい時機を待ったりすることができなければならない。民衆の気持ちは早急な成果を求める。すなわち、今日の表面的な利益のために明日...

論文紹介 いかに作戦を命名するのか

読者の皆様には歴史上の作戦の名前で特に印象深く記憶しているものがあるでしょうか。 作戦を命名するという慣習は戦争についての広報という側面が密接に関係しており、一種の心理作戦の様相も備えています。 今回はそうした観点から作戦の命名について歴史的に考察した論文を紹介します。 文献情報 Sieminski, G. C. 1995. "Art of Naming Operations," Parameters , (Autumn): 81-98. 目次 1.世界大戦における作戦 2.認識形成のための略称使用 3.朝鮮戦争での作戦 4.ベトナム戦争での作戦 5.ポスト・ベトナムの自動化 6.ジャスト・コーズ、それとも無意味なメッセージか? 7.砂漠の盾からシー・エンジェル 8.作戦を命名するためのガイドライン この論文の主要な特徴は作戦の命名というテーマを歴史的に考察することによって、作戦に付与される名称を適切に選択することの重要性を情報戦略の観点から論じていることです。 著者の調査によれば、軍事史において幕僚が作戦を命名し始めたのは第一次世界大戦からのことであり、特に1916年から1918年という戦争末期の2年間以降のことでした。 当初、ドイツ軍は作戦を秘匿するためにこれを実施していました。しかし、作戦に秘匿名(Code Name)を命名しておくと、過去の作戦の事例を参照する上でも便利であることが判明しました。 また、各部隊の戦闘行動を同時に整合させる作戦術がこの時期に成立したことも関連していると著者は指摘しています。 ただし、当時のドイツ軍では作戦の名称は覚えやすいことが優先されており、あまり印象深さやメッセージ性というものを考慮していませんでした。 例えば1918年の西部戦線における春季攻勢で用いられた作戦の名称は、聖ジョージ作戦、ローランド作戦、マルス作戦などがあり、ヨーロッパの知識人にとってはなじみ深い聖書や神話の固有名詞から選択されていましたが、作戦の内容と直接的に関連付けられた名称というわけではありませんでした。 作戦の名称という問題を情報保全とは全く異なる観点から考察した最初の人物として著者が挙げているのはウィンストン・チャーチルです。 文学の才能も備えた政治家チャーチル...