スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(弾薬)が付いた投稿を表示しています

文献紹介 不足する弾薬と工廠の役割

兵站において補給を優先しなければならない最も基本的な物資が三つあります。それは、糧食、燃料、そして弾薬です。 戦場において軍事力を発揮するためには、大量に消費される弾薬を適切に補給することが兵站の最も重要な仕事の一部と言えます。 今回はこうした関心から、第一次世界大戦のアメリカにおける弾薬の供給についての著作を紹介したいと思います。 文献情報 Crowell, B. 1919. America's Munitions, 1917-1918 , Washington, DC: U.S. Government Printing Office. 第一次世界大戦では火力戦闘の重要性が高まったため、戦場での弾薬の消費が飛躍的に増加した事情があります。 そのためアメリカでも工廠(軍隊内部の軍需工場)で大規模な弾薬の増産に乗り出さなければならなくなりました。 ワシントンDCに建設された工廠の写真。 事実関係を確認しておくと、アメリカが第一次世界大戦に参戦するのは1917年4月からのことです。 この参戦によってアメリカは第一次世界大戦でのドイツの敗北を決定的なものにしたと研究では一般に言われています。 しかし、この報告書で指摘されているのは、アメリカが兵站の側面で数々の問題を抱えており、特に弾薬の補給に関しては他の連合国に大きく依存していたことです。 あまり知られていないことだと思いますが、報告書によるとアメリカの防衛産業で砲兵の弾薬の増産が本格的に開始されたのは、1918年の夏以降になってからでした。 つまり1917年4月に参戦を決定したことを考慮すれば、弾薬の増産への移行に1年以上の時間を費やさなければならなかったことが分かります。 1914年からドイツと戦っていたフランスやイギリスの産業が供給する一か月あたりの弾薬量と比べると、1918年10月上旬の段階でさえその供給力は半分程度だったことが指摘されています(Ibid: 33)。 したがって、1918年11月に戦争が終結することを考えればアメリカが弾薬の補給に関して連合国の供給に依存していた関係が分かります。 この資料の下の図によると1917年4月1日から1918年11月11日までにイギリスが生産した弾薬を基準にすると、フランスの供給した薬莢が固定された弾薬(完...