孫武 (前535?-?)は世界最古の兵書『孫子』の著者として知られている。その生い立ちはほとんど明らかになっていないが、その後の軍事学の基本文献として現在に至るまで研究されてきた。鳥取県湯梨浜町の孫武像 『孫子』は今なお多くの読者を得ている軍事学の古典であり、その解釈に関してはさまざまな研究が行われてきました。 その戦略思想の特徴としてしばしば指摘されるのは、不戦屈敵の考え方であり、つまり武力の行使は可能な限り避けるべしとする用兵思想です。 これは戦争を忌避する現代のわれわれにとっても親しみやすい軍事思想といえるかもしれません。 今回は、そんな『孫子』の戦略思想を考える上で特に重要な「謀攻篇」の一部の内容を取り上げ、戦略学の観点から解説したいと思います。 『孫子』の根本思想にある不戦屈敵 『孫子』の不戦屈敵は「謀攻篇」の冒頭においてはっきりと語られています。 「孫子曰く、凡そ用兵の法、国を全うするを上と為し、国を破る之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破る之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破る之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破る之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破る之に次ぐ。之の故に百戦百勝は、前の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なり」(金谷『孫子』44-5頁) つまり、あらゆる戦争術の基本原則として、敵対する国家、軍勢をそのままの状態で屈服させることこそが優れた用兵であり、これを打ち破ることはよくない用兵である、ということです(伍は大体5名、卒は100名、旅は500名、軍は12,500名の部隊のことです)。 戦闘によらず敵の軍勢をそのままの状態で降伏させることができれば、それに勝る手はないというのが『孫子』の基本的な立場なのですが、ある研究ではこれが近代戦争においてまったく無視されてきたことが指摘されています。 「しかるに、近代戦の本質を如実に語る世界大戦は、孫子のそれとは全く反対に、ただに敵軍の殲滅を企図したばかりでなく、残虐にも無防御の都市を空襲して、非戦闘員である老若婦女子を殺戮し、或は無制限潜航艇戦を行って非戦闘員を海底の藻屑たらしめ、或は敵国の人民を飢餓に陥らしめ、肉体の水防によってそれに宿る抵抗意志を捥ぎとり、否応なしに屈服を強いるようなひどい手段を使用することになった...
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