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論文紹介 兵士の士気を保つ要因は何か―軍事社会学者の分析―

軍隊の戦闘効率にとって士気が極めて重要であるということは疑問の余地がありません。士気とは戦闘に進んで参加する兵士の心理的状態であり、これが部隊の中で共有されることによって、戦闘力を効果的に発揮することが可能になります。 しかし、士気の発揚にとってどのような要因が重要なのかについては、さまざまな議論があります。 今回は、第二次世界大戦におけるドイツ軍の士気について軍事社会学の方法で分析している有名な研究成果の一部を紹介してみたいと思います。 論文情報 Shils, E. A., & Janowitz, M. (1948). Cohesion and disintegration in the Wehrmacht in World War II. Public Opinion Quarterly, 12(2), 280-315. プロパガンダで士気は維持できない 1939年に第二次世界大戦が勃発した頃、評論家や専門家の多くがドイツ軍の士気の高さをプロパガンダの巧妙さで説明しようとしていました。 つまり、ドイツ軍は自国の兵士に対する心理的操作が優れているからこそ、士気を保つことができている、という考え方が主流だったのです(Shils and Janowitz 1948: 280)。 しかし、戦後に改めて分析が進むと、著者らはこうした通説が間違っているのではないかと考えるようになりました。 つまり、ドイツ軍の心理戦の能力が特に優れていたから士気を維持できたと主張することには無理があることが判明してきたのです。 「過去3年間におけるドイツ陸軍の士気と戦闘効率に関する研究は、そのような仮説に対して数多くの疑問を投げかけている。というのも、科学的な厳格さに立脚して追及されてきたそれら研究によれば、ドイツ陸軍の忠誠心は政治的な確信や広い意味での民族的な信念から非常に間接的、部分的な影響しか受けていないことが見出されている」(Ibid.) それまでの理解はナチ党が展開するプロパガンダのイメージに引きずられているところがあり、より客観的な観点から説明の仕方を見直すべきだと著者らは指摘します。 その代わりに出された説が親密な個人的関係を共有する一次的集団(primary group)を重視するものでした。 小さな社会集団こそ士...

学説紹介 どうすれば士気を高めることができるか

Staff Sgt. Katherine Spessa. Feb. 17, 2017.  士気(morale)は部隊に所属する各個人の心理状態を合わせたものであり、戦闘効率を高める重要な要因として位置付けられています。 統率力(リーダーシップ)を発揮して士気を高めることは、指揮官が任務を遂行する上で欠かすことができないといえます。 今回は、アメリカ海軍協会から刊行された統率論の参考書に沿って、部下の士気を高めるために必要な措置に関する解説を紹介したいと思います。 士気は小さいことの積み重ねである Lance Cpl. Sarah Stegall. Jan. 4, 2017.  Basic Warrior Training is a 48 hour training evolution that covers land navigation. 古来から軍人は士気を高めることの重要性を認識し、統率者の使命はこれを高いレベルに保つことだと考えてきました。 というのも、士気が低下すれば部隊の能力は低下し、転属や退職を願い出る者、規律を乱して事故を起こす者、最悪の場合には命令に従わないなどの重大な事態にまで発展する危険があるためです。 軍隊の戦闘力への影響で見れば、物理的要因の3倍の効果を心理的要因が及ぼすとナポレオンが主張したことは決して誇張ではありませんでした(アメリカ海軍協会、226-7頁)。 しかし、部下の士気を高めることは決して簡単な仕事ではなく、日頃の地道な取り組みがなければ士気を改善することができないと文献でも述べられています。 「「士気とは小さいことの積み重ねである」といわれている。これほど、この重要な要因を正確に表したものはあるまい。なぜならば、人間に満足感を覚えせしめるすべてのものは士気を増強し、個人としての人間を煩わすすべてのものは士気を低下せしめるからである」(同上、227頁) こうした士気の複雑性は、手っ取り早い改善策が存在しないことの裏返しでもあります。 士気とは究極的には各個人の心理状態に起因するものですので、生活状況、食事、住宅、規律、給与、職務内容のすべてが影響してきます(同上)。 こうした諸条件において、その個人が集団の一員として重要な働きをしてい...

論文紹介 兵士は恐怖との戦い方を知っている

恐怖とは戦争の本質と言えます。しかし、兵士は恐怖を押し殺し、自分の命を危険に晒してでも、断固として与えられた任務を遂行することが求められます。 銃声と爆音が辺りを支配し、敵の散兵と戦車が自分たちに向かって来るのが見えた時、兵士一人ひとりが規律と冷静を保ち、指揮官の命令に基づいて整然と自分の持ち場を守ることは、それ自体が一種の偉業とさえ言えるかもしれません。 しかし、これはどのようにして可能となっているのでしょうか。この疑問を解決するためには、軍事学において戦闘の恐怖がどのように研究されているのかを知る必要があります。 今回は、軍事心理学の研究を踏まえて戦場における恐怖について説明し、それに対応するための方法について考察した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Daddis, Gregory A. 2004. "Understanding Fear's Effect on Unit Effectiveness," Military Review , July-August, pp. 22-27. 誤解されてきた戦場の恐怖 軍事学の歴史を振り返ると、戦争で人間が普遍的に感じるところの恐怖が研究の対象とされるようになったのは比較的最近のことであったと分かります。 これは恐怖を覚える兵士は勇敢であるとは言えない、という間違った通念が支配的だったため、表立って研究されることが少なかったためかもしれません。 著者が研究の出発点として位置付けているのは19世紀のフランスの軍事思想家シャルル・アルダン・ドゥ・ピック(Charles_Ardant_du_Picq)の研究であり、ドゥ・ピックは心理学的な観点から兵士が戦場で覚える恐怖に着目しており、それが「攻撃精神」を低下させ、引いては部隊の任務遂行に悪影響を及ぼしていることを初めて詳細に議論しました(Daddis 2004: 22)。 ただしドゥ・ピックの研究は一個人の研究であり、より体系的な調査が開始されるきっかけとなったのは第一次世界大戦以降のことでした。 この戦争で兵士はそれまでにない激しい砲撃や膨大な死傷者を目の当たりにし、第一線では兵士の恐怖にいかに対処するかが重大な問題として認識されるようになりました。 イギリス軍の軍医チャールズ・ウィルソン(Char...

事例研究 アルゴンヌの戦い、ホイットルセーの死闘

第一次世界大戦に参戦した米国の欧州派遣軍の兵士たち。 戦争で指揮官が立派に任務を遂行した功績は、時として美談として語られることも少なくありませんが、そのことがかえって軍事上の教訓を分かりにくくすることもあります。 第一次世界大戦で名誉勲章を授与された米陸軍のホイットルセーの功績もこれに含まれると思います。彼はアルゴンヌの戦いでドイツ軍に完全包囲される中、粘り強く戦い抜いたことが高く評価されましたが、師団の立場で見れば重大な戦力運用上の過失が見られました。 今回は、アルゴンヌの戦いを紹介し、この事例からどのような軍事的教訓を読み取ることができるのかを考察してみたいと思います。 ムーズ・アルゴンヌ攻勢の概要 ムース・アルゴンヌ攻勢(1918年9月-11月)。 フランスとベルギーの国境付近の地域で実施され、 赤線が独軍の主抵抗線を表す。 地図で見ると米軍部隊の左翼が南方から北進し、ドイツ軍を後退させていることが分かる。 1914年に勃発した第一次世界大戦はすでに四年目に入り、ドイツ軍の戦闘力は限界に達しつつありました。1918年、米国は部隊を西部戦線に配置し、ドイツ軍に対する数的優勢を確保しながら戦うことができるようになりました。 この機会を利用するため、米軍は大規模な攻勢作戦を計画します。この攻勢はムーズ・アルゴンヌ攻勢と呼ばれています。 9月から実施されたムーズ・アルゴンヌ攻勢は、第一次世界大戦の最終局面を形成する重要な作戦でした。この攻勢作戦において特に主攻の目標とされたのは、交通の要所であるセダン(Sedan)でしたが、単にセダンを奪取するだけでなく、ドイツ軍に決定的な打撃を加え、戦争を早期に終結へと導くことが戦略的に意図されていました。 ムーズ・アルゴンヌ攻勢におけるアルゴンヌの戦闘 ホイットルセー(Charles W. Whittlesey)少佐。 ハーバード大学法科大学院修了、米国が参戦を決定した1917年に陸軍入隊。 アルゴンヌの戦闘を指揮した功績で名誉勲章が授与されている。 1918年10月2日、セダンを目標とする攻勢作戦に参加していた米軍の第七十七歩兵師団では、アルゴンヌの森の北端部を占領するドイツ軍の防御陣地に対して攻撃が実施されることになりました。 この攻撃に使用された部隊の一つにホイッ...

学説紹介 戦闘で兵士の内面で何が起きるのか

戦場から戻ってきた兵士はその経験を生涯にわたって忘れることはありません。 その経験は兵士でない人々にとって理解しがたいことが多く、退役軍人は社会復帰しても深い孤独感にさいなまれることがしばしばあります。 軍事心理学の研究者たちは、戦闘という経験が兵士の心身の健康状態にどのような影響を与えるのかを長年考察してきました。 今回は、マーシャルとシャイの研究成果を紹介し、それらに基づいて戦闘経験が精神状態に与える影響を考察したいと思います。 戦闘ストレスから逃れようとする兵士 第二次世界大戦、太平洋戦域で従軍する米軍の兵士たち。マーシャルの研究によって実際に戦闘行動に参加して射撃している兵士が極めて少数であることを解明し、その後の戦闘訓練の考え方に大きな影響を及ぼした。: - National Park Service (National Archives). Marines mopping up Tinian Island drop into firing positions when enemy is sighted. マーシャルは第二次世界大戦に従軍したアメリカ軍の兵士を調査し、軍事心理学の研究を発展させることに大きく貢献した研究者です。 彼は兵士に戦闘を回避しようとする一般的な傾向があるという大胆な仮説を打ち出したことでよく知られています。 彼の研究成果によれば、戦闘において実際に自分の武器を使用しているのは全体の15%から20%だと見積もられており、その原因として戦闘が兵士に与える身体的、心理的なストレスが大きいためであると説明されています。 ここで述べているストレスとは、必ずしも戦闘で自分の命を危険に晒すことだけではありません。 マーシャルによれば、兵士は敵を殺傷する行為そのものに対する嫌悪感を持っており、その遂行にストレスを感じてしまうのです。 したがって、戦闘ストレスは殺される恐怖だけでなく、殺すことへの恐怖が複合して生じていることになります。 この画期的な研究は軍事訓練のあり方を見直す必要性を強く示唆していました。従来の方法であれば、兵士をうまく戦闘に従事させることができないことは明らかでした。 後にマーシャルは朝鮮戦争にも派遣され、兵士の低い発砲率を改善するための訓練方法の研究に取り組み、55%程...