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学説紹介 軍隊における上官との付き合い方―米海軍におけるフォロワーシップ―

組織の中で仕事を進める際に多くの人が悩むのが上司との関係です。 これは軍隊においても当てはまる問題であり、仕事の進め方や対人関係をめぐって対立することは珍しいことではありません。 数万名、数十万名という組織を運営しなければならない軍隊にとって、これは決して小さな問題ではなく、上官と部下の関係を適切に処理するためのテクニックについてさまざまな議論が行われています。 今回は、米海軍の参考書を参照しながら、フォロワーシップに関する議論を紹介し、部下が上官とどのような姿勢で付き合うべきなのかを考えてみたいと思います。 フォロワーシップの基本原則 上官に対する部下の姿勢、態度についてはフォロワーシップ(followership)という言葉でよく議論されています。 これはリーダーを「補佐する」能力と誤解されることもありますが、言葉に沿って厳密に定義するならば、これは「服従する」能力といえます。 つまり、フォロワーシップは制度上の指揮系統の中で命令を受ける立場にある人間がどのようにふるまうべきなのかを明らかにするために使われる概念なのです。 フォロワーシップの原則についてはリーダーシップの文献で取り上げられることが多いのですが、例えば「リーダーシップだけでは十分ではない」という論文でまとめられているフォロワーの原則は次のように紹介されています。 「よいフォロアーとは、 (1)自己の仕事とそれがいかに部隊の使命達成に寄与しているかを知っている。 (2)リーダーの特性を知っている。 (3)インスピレーションを与える能力をもっている。 (4)上司および部下に対して忠誠をつくす。 (5)能力に見合うイニシアチブを発揮する。 (6)権限と責任の委譲を容易に受諾し、かつまた受諾する用意がある。 (7)リーダーの決定を受諾し、全幅的にこの決定を実施するために最善をつくす。 (8)リーダーの部下のために配慮する能力と限界を十分に知り、不当な期待をかけることによって、上司のリーダーシップの負担をふやさない」(196-7頁) これは望ましいフォロワーの特性をまとめたチェックリストであり、参考書の著者は「各士官は、リーダーの弱点を探す前に、フォロアーとして自分自身の責任を果たしているかを確かめるべきである」とも述べています(同上、197頁...

学説紹介 戦場で小隊長は何をしているのか―歩兵小隊の組織構造と小隊長の役割について―

時代や地域を超えて、歩兵部隊は常に陸軍の中核的戦力であり続けてきました。 歩兵は文字通り最前線において徒歩で近接戦闘などを遂行する兵科であり、主たる武器は小銃、機関銃、迫撃砲です。 今回は、そんな歩兵小隊がどのように編成されているのかについて、米軍の教範を参考にしながら、戦術の観点から解説してみたいと思います。 そもそも歩兵小隊とは何か 標準的な陸軍の編制として、小隊は分隊の上位、中隊の下位に位置付けられる部隊です。 部隊の規模もさまざまですが、30名から50名程度で編成される場合が多いようです。 現在の米軍の教範では、その組織について次のように説明されています。 「歩兵小隊は、3個の歩兵分隊、武器分隊、小隊本部によって編成される。小隊本部は小隊隷下の分隊及び随伴する部隊を指揮統制し、火力支援システムと後方支援システムとの連絡調整を行う。すべての歩兵小隊は戦闘において教義として定められた同じ基本原則を用いるが、それらの原則を応用する方法については、任務を割り当てた部隊によって異なる」(FM 1.11-1.12) 米軍では歩兵分隊の規模が9名とされ、小銃、自動小銃、擲弾などの装備を使用する人員で編成されるのですが、武器分隊(Weapon Squad)だけは機関銃、対戦車誘導弾といった装備を運用する人員がおり、必要に応じて通常の歩兵分隊を支援できるようになっています。さらに小隊本部には小隊長をサポートする小隊陸曹、小隊無線手がいます。 歩兵小隊は小隊本部(PLT HQ)、3個の歩兵分隊、武器分隊(WPN SQD)で構成されている。 小隊本部には小隊長、小隊陸曹、無線通信手が、武器分隊には機関銃班、対戦車班がある。(FM 31-8: 1.12)を参照。 以上が歩兵小隊の大まかな組織構造であり、状況にもよりますが、攻撃の時には100メートルの正面にわたって分隊を展開し、防御の時にはその2倍の正面を担当する場合もあります。 こうした数値を踏まえると、小隊という部隊の規模は交戦の際に全体を一目で見通すことができる、ぎりぎりの規模だと言えるかもしれません。 したがって、小隊長の仕事として求められるのは、現場で状況の変化に素早く反応し、必要な指揮をとることであると理解することができます。 小隊長は何をすればいいのか さて、この...

論文紹介 軍事教義(military doctrine)の意味を考える

各国の軍隊はそれぞれ自らの得意とする兵力運用の方法を持っています。 それは教義(ドクトリン)と呼ばれており、部隊の編制、武器の性能のような有形の戦力要素だけでなく、戦略・作戦・戦術の概念という無形の戦力要素にも影響を及ぼしています。 今回は、こうした教義の概念を改めて理解するために、歴史的アプローチを用いた研究を取り上げて、その内容を紹介したいと思います。 文献情報 Jay Luvaas. "Some vagrant thoughts on doctrine," Military Review , March 1986, LXVI, No. 2, pp. 56-60. 軍事用語としての教義の定義 軍事用語として教義(doctrine)という言葉が使われ始めたのは、20世紀後半以降のことだと言われています。 第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての米軍の軍事辞典や公式の定義に教義という言葉を見出すことはできません(Luvaas 1986: 56)。 米国の軍事辞典に初めて教義という用語が収められるのは1950年版のことであり、そこでは次のように説明されています。 「(教義とは)ある問題に対して、経験を通じて、もしくは理論により発展してきた原則や方針を集めたものである。採用可能な最善の考え方を表しており、それを実行することを示唆し、また方向付けるが、拘束するものではない。本質的に教義は理性によって定義できる真理、事実、理論を教えるものであり、それは基本的に正しいものとして教えられ、また受け入れられるべきである」(Ibid.) ここで述べられている通り、教義とは軍隊で教育訓練の大前提とされる知識体系として理解することができます。 つまり、教義というものは現代の経営学の用語で言うところの知識管理の手法の一つであり、知識の標準化の産物だと言うこともできるでしょう。 教義そのものを発明したフリードリヒ二世 Anton Graff(1781)Portrait of Friedrich II 古来から軍隊では蓄積された経験に変換し、それを後の世代に継承する取り組みが行われてきましたが、それは暗黙知のまま継承されることが少なくなく、形式知として客観的に管理されていませんでした。 より近代的な...

論文紹介 アメリカ軍を蝕む士官の知的水準の低下

軍隊の基礎は人であるとよく言われます。しかし、優れた人材を獲得し、これを適切に教育し、高い能力水準を維持することは容易なことではありません。世界で最高水準の戦闘能力を誇ると言われているアメリカ軍であっても、こうした問題に近年悩まされています。 今回は、アメリカ軍において人的戦闘力の劣化が知的水準の低下という形で進んでいることを指摘し、教育や人事のあり方を改革すべきであると主張した論文を紹介したいと思います。 論文情報 Matthew F. Cancian. 2016. "Officers Are Less Intelligent: What Does It Mean?" Joint Force Quarterly , Vol 81, No. 2, pp. 54-61. アメリカ軍の士官の知的水準の実態 著者の主張によれば、アメリカ軍に入隊してくる士官候補生の平均的な知的水準は近年ますます低下する傾向にあり、将来的に高級士官として勤務できる人材が不足する可能性が出てきています。 さまざまな根拠が示されていますが、例えば第二次世界大戦に海兵隊が士官候補生に要求した学力水準を現在に適用すると、現在の多くの海兵隊士官がこれを満たすことができないことが指摘されています。 「アメリカ軍は、21世紀の戦いの複雑性に必要とされる指導者を獲得することができていない。この問題は「将来の兵力(Force for the Future)」計画において中心的な役割を果たしたが、現在はそれを裏付ける確固とした証拠がいくつかある。情報公開法の申請に基づいて得られたデータによれば、1980年以来、海兵隊の新しい士官の知能は着実に低下している。2014年に任官した新たな士官の3分の2の学力水準は、1980年の分類で下から3分の1に当たる。2014年の新しい士官の41%は、第二次世界大戦に設定された基準で士官になる資格がなかった。同様に、その人員配置の最終段階において、究極的には高級士官になるであろう極めて理性的な士官が少なくなっているのである」(Cancian 2016: 54-5) ちなみに、海兵隊だけでなく陸軍でも同様の傾向が生じており、陸軍士官候補生に対する調査では、1990年代後半以降になって学力の低下が進行し始めていることが確認されています...