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学説紹介 現存艦隊(fleet in being)とは何か

戦略はその達成目標の内容が積極的なものか、消極的なものかによって攻勢と防勢に分類できます。 海軍戦略においても攻勢的なものと防勢的なものがあると考えられていますが、海軍の研究者は防勢作戦について現存艦隊(fleet in being)という概念を中心に議論してきました。 今回は、イギリスの研究者ジュリアン・コーベットの解説に依拠しつつ、現存艦隊の原則がどのようなものであるかを紹介したいと思います。 現存艦隊は何を意味するのか イギリスの研究者ジュリアン・コーベット(Julian Corbett 1854 - 1922)『海洋戦略の諸原則』等の業績で知られている。 そもそも海軍の作戦において防勢というものがどのようなものかという点から考えてみましょう。コーベットは次のように述べています。 「海上での主たる概念は、状況が私たちに有利に展開するまで艦隊を現存させておくよう、戦略的ないし戦術的活動によって決戦を避けることである。私たちの海軍の黄金時代には、海軍防衛の基本方針は機動性であって急速ではなかった。その考えは、攪乱作戦により管制を争うこと、私たちが好機だと思う時と場所で管制を行使するのを行使すること、そして敵の注意を常に引くことで優位に立っているにもかかわらず敵が管制を行使するのを阻止することだった」(コーベット『海洋戦略の諸原則』319頁) 要するに、海上作戦における防勢は陸上作戦の防勢とは異なり、陣地に立てこもって戦うことを意味しません。重要なのは敵主力との決戦を避ける機動であり、断続的に敵の海上交通を脅かすことです。 これはゲリラ戦の様相に似ているともいえるかもしれません。コーベット自身も「もちろん、陸上ではこうした防衛手段も良く知られているが、通常の作戦よりはゲリラ戦争に属している」と述べています(同上)。 したがって、「現存艦隊」とは単純に受け身に回る作戦として理解すべきではありません。現存艦隊はこうした海上での防勢を効果的に遂行するため、機動的かつ遊撃的に行動する戦略思想であり、イギリス人は古くからこれを実践してきました。 ウィリアム王戦争におけるイギリスの現存艦隊 初代トリントン伯爵ハーバート(Arthur Herbert, 1647 - 1716)の肖像画、「現存艦隊」の提唱者として知られ...

事例研究 挫折したイギリス軍の統合戦略―第一次世界大戦直前の対ドイツ戦略を巡る論争

1905年からイギリスはドイツを公式に脅威として判断し、戦略の研究に着手した ある戦略上の目標を達成するために陸軍と海軍を連携させようとすると、どうしても統合作戦の準備を整えておく必要が生じてきます。 ただし、それは制度の整備だけではなく、運用といった面での準備ということも意味しています。 今回は、1905年から対ドイツ戦略の一環としてイギリス陸海軍で研究されていた統合戦略の構想が行き詰まり、結局は陸海軍の間で明確な合意に達することができなくなった経緯について考察したいと思います。 20世紀初頭の世界情勢 1902年に帝国防衛委員会を設立した首相アーサー・バルフォア イギリスで戦略問題を議論する帝国防衛委員会が設置された1904年は、東アジアで日露戦争が勃発した年に当たります。 この戦争に先立ってイギリスは近代化を推進していた日本と同盟を結ぶことにより、東アジア地域におけるロシアの南下に対して有効なバランシングを行うことができました(グーチ、563頁)。 こうしてアジアにおけるロシアの脅威が後退したため、イギリスは1905年からヨーロッパにおけるドイツの脅威に対する戦略を本格的に検討し始めます(同上、556頁)。 厳密にいえば、ドイツを仮想敵国であると判断した時期はイギリス海軍が1900年、イギリス陸軍は1902年のことでした(同上、563頁)。 両者はドイツの脅威についてある程度の共通認識を持っていましたが、具体的な戦略の策定段階において合意に達することができるような議論がなかなかできず、調整は難航します。 実はイギリス陸海軍は19世紀からそれぞれ関係を持たず、戦略思想の統一も皆無に近い状態が続いていました。 イギリス陸軍のチャールズ・キャルウェル少佐はそうした伝統的思想に挑戦し、日清戦争、米西戦争、日露戦争の研究成果に基づいて、海上作戦と陸上作戦を一つの戦略の下に指導することが重要だと主張しています(同上、564頁)。 このキャルウェルの統合作戦の思想は、1905年にイギリスがドイツの脅威を公式に認めるようになって以降注目されることになり、その後の帝国防衛委員会でも陸海軍の共通の構想を模索する機運が高まるきっかけとなりました。 研究段階で行き詰まった統合作戦の構想 20世紀初頭当時のシュレスヴィ...

論文紹介 海上優勢とは何か

軍事学、特に海軍の戦略研究で使用される概念に海上優勢(maritime superiority, maritime supremacy, sea control)というものがあります。これはある海域を敵が利用することを妨げつつ、我が方が利用することを可能にする活動を指していますが、どのようにすれば制海が可能となるのでしょうか。 今回は、海軍史、戦略の分野で世界的に有名な研究者ジェフリー・ティル(Geoffrey Till, 1945-)が、この海上優勢という概念について考察した記事を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 文献紹介 Till, Geoffrey. "Sea Control and Denial," Trevor N. Dupuy, ed.  International Military and Defense Encyclopedia , New York: Brassey's, pp. 2374-2378. 制海権・海上優勢とは 現代の海上優勢という概念は、かつて制海権(command of the sea)という用語で呼ばれていました。制海権とは戦争状態において海上交通を支配する能力やそれによって実現する状態をいいました。しかし、非常に小型の艦船の航行を一隻残らず完璧に統制するということは、どれほど大きな海上戦力をもってしても技術的に容易なことではなく、また軍事的な意味もさほどありません。著者も、そのような制海権を考えようとしても、過去の戦史にはそれに該当するような状況が見当たらないことを認めています。 「ほとんどの海軍戦略家は、制海権が絶対的なものではなく、相対的な能力であるということに同意している。どの国の海軍でも、そのような能力を多かれ少なかれ保持している。その海軍が能力を持っているかどうかということは、絶対的なものではない。例えば、制海権は時間の関係で制限される場合がある。いくつかの戦争で、いくつかの国家は持続的に制海権を保持しているが、アメリカの戦略家、 アルフレッド・セイヤー・マハン (Alfred Thayer Mahan 1840-1914)は「英国が最も強大だった時でさえ、かつて海洋が排他的に支配されるということはなかった。海の支配権を巡る戦いは、彼我の優劣の変化によっ...

軍事学において制海権は何を意味するのか

制海権(もしくは海上優勢, command of the sea)は海軍の運用を考える上で重要な意味を持つ概念であり、それゆえ現在の軍事学の文献でも広く使用されています。 しかし、制海権が概念的に何を意味するのかという点に関しては、研究者によって微妙に意見が異なる部分もあり、議論の余地があります。 今回は、代表的な戦略研究の学説をいくつか参照し、制海権の概念を理解した上で、それがどのような条件を満たした場合に獲得されるのかを考察したいと思います。 マハンの戦略理論における制海権の理解 アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914) 米国の海軍軍人であり、『海上権力史論』等の著作で海洋戦略の基礎研究に貢献した。 近代的な海軍の戦略と戦術の研究で最も重要な参照点とされる研究者に マハン (Alfred T. Mahan)がいます。制海権という概念を戦略研究に本格的に導入するようになったことは、彼の研究の影響によるところが少なくありません。しかし、マハンは必ずしもその意味を明確に定義しておらず、さまざまな歴史的事例からその重要性を示唆しているに過ぎません。 ただし、1911年の論文で比較的明確にその意味に説明したことがあり、それがマハンの制海権に対する理解を表しています。要するに、制海権とは海上における軍事力の優勢と位置付けられているのです。 「これらの国家的、国際的な機能は明らかに制海権によってのみ理解できるものである。海域を管制する大規模な艦隊が配備された太平洋、大西洋、カリブ海、そしてプエルトリコ、グアンタナモ、パナマ運河地帯、ハワイもこの制海権に依拠している。そして、制海権を代表するのが海軍であり、その意味において艦艇と艦隊はいわば(制海権の)独立変数である。確固とした結論を簡潔に記そう。海軍では制海権の問題に対する関心が年々高まっている。この問題はその用語の厳密な意味において海軍に止まるものではない。それは国家政策、国家安全保障、そして国家目標の一部なのである」(Mahan 1911: 512) ここで重要なことは、制海権の「独立変数」として「艦隊と艦艇」を位置付けたことです。 独立変数とは、ある因果関係を示す数式において、原因に位置付けられる不特定の数という意味です。ちなみに、独立変数の対義語は従属変数であり、こ...