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論文紹介 陸軍の格闘指導官が必要だと考える訓練期間とメンタル・スキルについて

軍隊は有限な時間と労力で兵士に教育訓練を施し、一定の効率で任務を遂行できるようにしなければなりません。つまり、教育訓練の合理化は軍隊の最重要課題の一つであり、そのためには多くの調査研究が重ねられてきました。格闘訓練もその例外ではありません。 今回は、格闘訓練に必要とされる時間がどの程度なのか、特にどの項目を集中的に指導すべきなのかについて考察した論稿を取り上げてみたいと思います。 論文情報 Susan Goodman. Combat Feedback from US Army Combatives Instructors, Infantry , July-September 2017, pp. 14-18. 格闘訓練にどの程度の所要時間を見積もるべきか 戦争を遂行する上で兵士が習得すべき技能の種類は多くありますが、格闘もその一つです。 現代のイラク戦争でも格闘技術の必要性は変わっておらず、イラクに派遣された歩兵旅団に所属する兵士のおよそ4分の1が8カ月の間に徒手格闘の技術を必要とする場面に遭遇したと報告されています(Goodman 2017: 14)。 また別の研究でも2004年から2008年にかけて戦闘任務に19%の兵士が格闘技術を使用したことが報告されています(Ibid.)。 小銃射撃や部隊単位の戦闘訓練などの訓練との兼ね合いも考えなければなりませんが、基本的に兵士にとって格闘技術は必要な技能だということが分かります。 問題は適切な訓練の時間ですが、著者が訓練指導官に調査した結果として得られた所要時間の平均値は79.69時間でした(Ibid.)。 ただし、興味深いことに多くの格闘指導官が一致して毎月、毎週にわたって定期的に訓練を実施すべきだとも主張しており、戦闘員として所要の練度に到達するためには1週当たり4.46時間の訓練が必要であると考えていることが分かりました(Ibid.)。 なぜそれだけの時間を必要とするのか根拠を調査したところ、無意識に格闘技術が使用できる自動化と、状況に応じた技術の選択ができるようになる適応化のために、それだけの時間が必要だと説明されていました。 特に格闘技術の自動化は特に重要だと過半数の指導官(81.48%)が報告しており、定期的な訓練を実施しなければ、成果を出すことは難しいとされていま...

学説紹介 軍隊における上官との付き合い方―米海軍におけるフォロワーシップ―

組織の中で仕事を進める際に多くの人が悩むのが上司との関係です。 これは軍隊においても当てはまる問題であり、仕事の進め方や対人関係をめぐって対立することは珍しいことではありません。 数万名、数十万名という組織を運営しなければならない軍隊にとって、これは決して小さな問題ではなく、上官と部下の関係を適切に処理するためのテクニックについてさまざまな議論が行われています。 今回は、米海軍の参考書を参照しながら、フォロワーシップに関する議論を紹介し、部下が上官とどのような姿勢で付き合うべきなのかを考えてみたいと思います。 フォロワーシップの基本原則 上官に対する部下の姿勢、態度についてはフォロワーシップ(followership)という言葉でよく議論されています。 これはリーダーを「補佐する」能力と誤解されることもありますが、言葉に沿って厳密に定義するならば、これは「服従する」能力といえます。 つまり、フォロワーシップは制度上の指揮系統の中で命令を受ける立場にある人間がどのようにふるまうべきなのかを明らかにするために使われる概念なのです。 フォロワーシップの原則についてはリーダーシップの文献で取り上げられることが多いのですが、例えば「リーダーシップだけでは十分ではない」という論文でまとめられているフォロワーの原則は次のように紹介されています。 「よいフォロアーとは、 (1)自己の仕事とそれがいかに部隊の使命達成に寄与しているかを知っている。 (2)リーダーの特性を知っている。 (3)インスピレーションを与える能力をもっている。 (4)上司および部下に対して忠誠をつくす。 (5)能力に見合うイニシアチブを発揮する。 (6)権限と責任の委譲を容易に受諾し、かつまた受諾する用意がある。 (7)リーダーの決定を受諾し、全幅的にこの決定を実施するために最善をつくす。 (8)リーダーの部下のために配慮する能力と限界を十分に知り、不当な期待をかけることによって、上司のリーダーシップの負担をふやさない」(196-7頁) これは望ましいフォロワーの特性をまとめたチェックリストであり、参考書の著者は「各士官は、リーダーの弱点を探す前に、フォロアーとして自分自身の責任を果たしているかを確かめるべきである」とも述べています(同上、197頁...

文献紹介 どのように歩兵小隊の戦術は変わってきたのか

戦術の発展を促してきた要因は一つではありません。その時代、その地域に主流だった隊形や編制、武器や装備など、多くの要因が相互に影響し合っています。 しかし、兵役制度が戦術思想の発展に与えた影響は比較的理解されているところが少ないかもしれません。 今回は、20世紀の兵役制度の変化が歩兵小隊の戦術をどのように変化させたのかを考察した社会学者アンソニー・キングの研究を紹介したいと思います。 文献情報 King, Anthony. 2013. The Combat Soldier: Infantry Tactics and Cohesion in the Twentieth and Twenty-First Centuries . Oxford: Oxford University Press. 歩兵小隊の戦術が重要な理由 この研究は20世紀に徴兵制から志願制へ兵役制度の移行が進む中で、陸軍の歩兵戦術、特に歩兵小隊の戦術にどのような変化が生じていたのかを研究したものです。 20世紀初頭の各国陸軍では徴兵制によって人員を集めることが一般的でしたが、戦闘効率で問題を抱えていたことを著者は指摘しています。 「20世紀の大衆軍(mass armies)は近代的な武器を使用させる上で集団行為の問題の解答を探し求めるために努力した。市民からなる歩兵部隊は、集団としての戦闘効率で問題を抱えていた」(King 2013: 60) つまるところ、徴兵制で集めた兵士で効率的な戦い方を行わせることには限界があったということです。 また著者は第二次世界大戦で兵士の行動を調査したマーシャルの有名な研究を取り上げ、第一線における兵士の発砲率の低さが指摘されていたことを紹介していますが、この研究も徴兵制で作り上げた陸軍の戦闘効率の低さを示唆しているものだと評価しています(Ibid.)。 しかし、マーシャルをはじめとする過去の研究は、この戦闘効率の改善が進んだ背景として、兵役制度の影響を十分に考察しておらず、この研究はその空白を埋めるためのものとして位置付けられています。 戦術単位としての歩兵小隊の成立 著者の調査によれば、19世紀末から20世紀初頭の歩兵戦術は短間隔、つまり密集した状態で部隊が行動することが前提とされていました。 この思想はプロイ...

学説紹介 下士官の権威で兵卒は戦う

戦場で兵士を戦わせることは大変難しい仕事です。敵前で戦列を乱し、指揮官が射撃を命じても発砲を躊躇し、挙句の果てには旗色が悪いと逃げ出す者まで出てくるのが戦場の実態でした。 軍事学者は19世紀頃から心理学的アプローチによって、兵士の統制や士気に関する問題に取り組むようになるのですが、今回は兵卒を戦わせるために下士官が果たす役割を心理学者デーブ・グロスマン(Dave Grossman)がどのように考察しているかを紹介したいと思います。 攻撃行動につきまとう心理的負担 軍隊の戦闘効率を向上するためには、武器や戦術の問題の前に、すべての兵卒が戦場で集団的な攻撃行動に参加していなければなりません。 ところが兵士全員に照準具の向こう側にいる敵を攻撃させようとしても、見も知らない他人に対して自分から攻撃を加えることを避けたいという心理が働いてしまいます。 敵との物理的、心理的な距離が小さくなるほど、殺人に対する心理的負担は大きくなる傾向があるため、敵と最前線で対峙する兵卒ほど攻撃を回避する傾向が強まっていきます。こうなると戦闘部隊の効率性は致命的なレベルにまで低下してしまいます。 グロスマンはこうした攻撃行動に伴う心理的負担を軽減するため、現場に指揮官が直接命令を達することが重要であると指摘しており、次のように論じています。 「この問題を研究したことがない人は、兵士が敵を殺す際の指揮官の影響をさほど重視しないかもしれない。だが、戦場を経験したことのあるものはそんな愚は犯すまい。1973年の研究において、クランス、カプラン、およびクランスの3人は、兵士が発表する理由を調査している。戦闘経験のない人は、「撃たないと撃たれるから」というのが決定的な理由だと考えたが、戦闘経験者が最大の理由として挙げたのは「撃てと命令されるから」だった」(邦訳、グロスマン、244頁) 実はこのような心理はイェール大学の心理学者スタンリー・ミルグラムによって実証されたことがあり、ミルグラム実験として広く知られています。 ミルグラム実験で分かる攻撃と服従の心理 ミルグラム実験の概略図。実験の略図。被験者であるTは、Lに問題を出して解答を間違える度に電気ショックを次第に強くするよう、実験者Eから命令される。実験ではLはEと打ち合わせし、電気ショックで苦しく様子を演じ...

学説紹介 どうすれば士気を高めることができるか

Staff Sgt. Katherine Spessa. Feb. 17, 2017.  士気(morale)は部隊に所属する各個人の心理状態を合わせたものであり、戦闘効率を高める重要な要因として位置付けられています。 統率力(リーダーシップ)を発揮して士気を高めることは、指揮官が任務を遂行する上で欠かすことができないといえます。 今回は、アメリカ海軍協会から刊行された統率論の参考書に沿って、部下の士気を高めるために必要な措置に関する解説を紹介したいと思います。 士気は小さいことの積み重ねである Lance Cpl. Sarah Stegall. Jan. 4, 2017.  Basic Warrior Training is a 48 hour training evolution that covers land navigation. 古来から軍人は士気を高めることの重要性を認識し、統率者の使命はこれを高いレベルに保つことだと考えてきました。 というのも、士気が低下すれば部隊の能力は低下し、転属や退職を願い出る者、規律を乱して事故を起こす者、最悪の場合には命令に従わないなどの重大な事態にまで発展する危険があるためです。 軍隊の戦闘力への影響で見れば、物理的要因の3倍の効果を心理的要因が及ぼすとナポレオンが主張したことは決して誇張ではありませんでした(アメリカ海軍協会、226-7頁)。 しかし、部下の士気を高めることは決して簡単な仕事ではなく、日頃の地道な取り組みがなければ士気を改善することができないと文献でも述べられています。 「「士気とは小さいことの積み重ねである」といわれている。これほど、この重要な要因を正確に表したものはあるまい。なぜならば、人間に満足感を覚えせしめるすべてのものは士気を増強し、個人としての人間を煩わすすべてのものは士気を低下せしめるからである」(同上、227頁) こうした士気の複雑性は、手っ取り早い改善策が存在しないことの裏返しでもあります。 士気とは究極的には各個人の心理状態に起因するものですので、生活状況、食事、住宅、規律、給与、職務内容のすべてが影響してきます(同上)。 こうした諸条件において、その個人が集団の一員として重要な働きをしてい...

論文紹介 軍事教義(military doctrine)の意味を考える

各国の軍隊はそれぞれ自らの得意とする兵力運用の方法を持っています。 それは教義(ドクトリン)と呼ばれており、部隊の編制、武器の性能のような有形の戦力要素だけでなく、戦略・作戦・戦術の概念という無形の戦力要素にも影響を及ぼしています。 今回は、こうした教義の概念を改めて理解するために、歴史的アプローチを用いた研究を取り上げて、その内容を紹介したいと思います。 文献情報 Jay Luvaas. "Some vagrant thoughts on doctrine," Military Review , March 1986, LXVI, No. 2, pp. 56-60. 軍事用語としての教義の定義 軍事用語として教義(doctrine)という言葉が使われ始めたのは、20世紀後半以降のことだと言われています。 第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての米軍の軍事辞典や公式の定義に教義という言葉を見出すことはできません(Luvaas 1986: 56)。 米国の軍事辞典に初めて教義という用語が収められるのは1950年版のことであり、そこでは次のように説明されています。 「(教義とは)ある問題に対して、経験を通じて、もしくは理論により発展してきた原則や方針を集めたものである。採用可能な最善の考え方を表しており、それを実行することを示唆し、また方向付けるが、拘束するものではない。本質的に教義は理性によって定義できる真理、事実、理論を教えるものであり、それは基本的に正しいものとして教えられ、また受け入れられるべきである」(Ibid.) ここで述べられている通り、教義とは軍隊で教育訓練の大前提とされる知識体系として理解することができます。 つまり、教義というものは現代の経営学の用語で言うところの知識管理の手法の一つであり、知識の標準化の産物だと言うこともできるでしょう。 教義そのものを発明したフリードリヒ二世 Anton Graff(1781)Portrait of Friedrich II 古来から軍隊では蓄積された経験に変換し、それを後の世代に継承する取り組みが行われてきましたが、それは暗黙知のまま継承されることが少なくなく、形式知として客観的に管理されていませんでした。 より近代的な...

論文紹介 兵士は恐怖との戦い方を知っている

恐怖とは戦争の本質と言えます。しかし、兵士は恐怖を押し殺し、自分の命を危険に晒してでも、断固として与えられた任務を遂行することが求められます。 銃声と爆音が辺りを支配し、敵の散兵と戦車が自分たちに向かって来るのが見えた時、兵士一人ひとりが規律と冷静を保ち、指揮官の命令に基づいて整然と自分の持ち場を守ることは、それ自体が一種の偉業とさえ言えるかもしれません。 しかし、これはどのようにして可能となっているのでしょうか。この疑問を解決するためには、軍事学において戦闘の恐怖がどのように研究されているのかを知る必要があります。 今回は、軍事心理学の研究を踏まえて戦場における恐怖について説明し、それに対応するための方法について考察した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Daddis, Gregory A. 2004. "Understanding Fear's Effect on Unit Effectiveness," Military Review , July-August, pp. 22-27. 誤解されてきた戦場の恐怖 軍事学の歴史を振り返ると、戦争で人間が普遍的に感じるところの恐怖が研究の対象とされるようになったのは比較的最近のことであったと分かります。 これは恐怖を覚える兵士は勇敢であるとは言えない、という間違った通念が支配的だったため、表立って研究されることが少なかったためかもしれません。 著者が研究の出発点として位置付けているのは19世紀のフランスの軍事思想家シャルル・アルダン・ドゥ・ピック(Charles_Ardant_du_Picq)の研究であり、ドゥ・ピックは心理学的な観点から兵士が戦場で覚える恐怖に着目しており、それが「攻撃精神」を低下させ、引いては部隊の任務遂行に悪影響を及ぼしていることを初めて詳細に議論しました(Daddis 2004: 22)。 ただしドゥ・ピックの研究は一個人の研究であり、より体系的な調査が開始されるきっかけとなったのは第一次世界大戦以降のことでした。 この戦争で兵士はそれまでにない激しい砲撃や膨大な死傷者を目の当たりにし、第一線では兵士の恐怖にいかに対処するかが重大な問題として認識されるようになりました。 イギリス軍の軍医チャールズ・ウィルソン(Char...

論文紹介 下士官はいかに軍隊を支えてきたか―歴史的考察

軍人の階級は士官、下士官、兵卒の三種類に分類できることは、広く知られています。 しかし、下士官が士官と兵卒の中間においてどのような役割を果たしているのかは、それほど広く知られていません。 今回は、歴史的観点から下士官の役割を考察するため、米軍の歴史における下士官の制度の発展を調査した研究について紹介したいと思います。 論文情報 Arms, L. R. 2009. "The NCO: A Short History," NCO Journal , 18(1): 14-20. 創設期のアメリカ軍における下士官の位置付け 米国の歴史で下士官の重要性を最初に明確にした著作は、1778年にシュトイベン(Friedrich von Steuben)が出した『合衆国軍の組織と規律に関する規則(Regulations for the Order and Discipline of the Troops of the United States)』であり、これによって下士官の任務がはじめて体系的に整理されました。 元プロイセン陸軍大尉だったシュトイベンはヨーロッパでもともと就職活動をしていたのですが、最終的にアメリカ独立戦争でイギリス軍と戦っていたアメリカ大陸軍に入隊を果たし、ワシントンの部下として訓練計画や教範作成に携わります。 業務を通じてシュトイベンはアメリカ軍に決定的に欠けているのは下士官であると強く認識するようになります。 先ほどの著作は当時では単に「青本(Blue Book)」と呼ばれたもので、そこでシュトイベンは下士官の階級を伍長(Corporals)、軍曹(Sergeants)、曹長(First Sergeants)、需品軍曹(quartermaster sergeants)、先任曹長(sergeants major)に区別し、それぞれの任務を次のように規定しました(Arms 2009: 14) ・先任曹長 連隊付の副官の業務を補佐し、部隊の名簿を管理し、部隊の内情を掌握し、連隊の対内的な管理や規律に関する問題を処理する。 ・需品軍曹 連隊の需品科士官の業務を補佐し、適切に所要を見積り、行進における連隊の物資の輸送を監視する。 ・曹長 部隊において規律を保ち、任務の遂行を確実にする。また部隊の名簿を管理す...

戦技研究 正しい銃の射ち方を理解するために

正しく目標に向けて銃を射つ能力、技術のことを射撃術(marksmanship)といいます。この言葉の由来となったmarksmanは中世において国王の親衛隊に配属された弓の射手のことを意味していたそうですが、近代以降には銃の射手を意味するようになりました。 射撃術は兵士にとって最も重要な戦技であり、また心理的、精神的要素の影響も非常に大きい奥深い技術でもあります。 しかし、日本では射撃を経験できる機会がほとんどないので、そもそも射撃というものにどのような技術が必要なのかイメージしにくいかもしれません。 このような知識のギャップは戦争の最前線で起きている出来事を理解する上で一つの妨げかと思います。 今回は射撃術の基礎を理解する一助として、主に米軍の教範を参考にしながら、射撃術の基礎となる姿勢(position)、照準(aiming)、呼吸(breath control)、撃発(trigger squeeze)の四点のうち姿勢について説明したいと思います。 正確な射撃は姿勢によって基礎付けられる 米軍の教範においては、姿勢、照準、呼吸、撃発の四点が射撃術の基礎とされており、これら四つの動作を迅速かつ一貫して組み合わせることが正確な射撃に繋がると述べられています。 その中でも姿勢は射撃術の重要な一領域であり、正しい射撃姿勢の理解は射撃術の基礎となります。 とはいえ、射撃姿勢は小火器の発達とともに絶えず変化発展してきた歴史があり、その種類も一通りではありません。伏射ち(ねうち)、ひざ射ち、しゃげみ射ち、肩射ち、かかえ射ち、腰射ち、かがみ射ち、突き射ちなどさまざまな状況に適応した射撃姿勢が考案されているだけでなく、現在においても新たな射撃姿勢の研究が進められています。 このように複雑多岐な射撃姿勢に共通する要素を単純化して取り上げるとすれば、それは左腕、肩、右手、頬の四点で銃を固定するということです。 小銃射撃の場合、銃を次の四点で保持することが重要となる。 (左手の)銃の保持、肩づけ、(右手の)握把の握り、頬づけ。 ここではひざ射ちの姿勢で説明されているが、伏射ちの着眼も同様である。 (FM3-22.9: 4-17) (1)左腕の銃の保持については決して力を入れて握りこんではいけないという原則があります。銃が動揺する要因となるた...

軍隊の歴史における体育訓練の近代化

体育が軍隊の教育訓練において最も重要な要素の一つであることは明らかです。 どのような職種や職域であれ、兵士たるもの体力に優れていなければならず、それは全体としての部隊の能力にも影響を及ぼします。 しかし、体育を科学的に研究する機関が軍隊で導入されるようになったのは19世紀と最近の出来事でした。 今回は、19世紀デンマーク陸軍での事例を中心に体育訓練の近代化について説明したいと思います。 19世紀に認識された体育訓練の必要性 19世紀ヨーロッパ各国では近代的な軍事制度が導入されるようになり、徴兵制によって入営する多くの新兵に効率的な体育訓練を実施する必要性が高まっていました。 それまでの軍隊における訓練は体育よりも教練を重視することが一般的でした。 入隊すると兵士たちはまず教官の指導の下で「気を付け」、「休め」、「回れ右」等の各個教練を習得し、その次に分隊教練、小隊教練、中隊教練と徐々に規模の大きくして部隊教練に取り組んでいました。 しかし、このような方法では兵士各人の体力を効率的に改善することができませんでした。 さらに加えて、この時期には科学的方法によって体育を研究し、合理的に体力を向上させようとする努力が見られるようになります。 すでに近代的体操の研究は『青少年のための体育』(1793年)の著者であるドイツの教育学者グーツ・ムーツ(Johann Christoph Friedrich GutsMuths)によって始まっています。とはいっても、彼の体育理論が軍隊で本格的に導入されるまでには至っていませんでした。 軍隊と体育を結びつけたナクテガル グーツ・ムーツの体育理論に強い影響を受けた研究者にデンマークの体育学者フランツ・ナクテガル(Franz Nachtegall)がいました。 彼はグーツ・ムーツの体操の研究をさらに発展させるため、1798年に私立の体育クラブを設立し、自らの体育理論の実証的研究に取り組み始めました。 この研究は当時のデンマーク皇太子によってその価値が見いだされ、デンマーク陸軍もナクテガルの研究成果を軍隊の体育訓練に正式に活用する価値があると判断しました。 そして1804年8月25日には軍事体育研究所がコペンハーゲンで創設されることになり、ナクテガルはこの新たな研究所の所長に就任します(Leonard ...

アダム・スミスが考える防衛意識の問題

近代経済学の確立に寄与したアダム・スミスの名前は日本でもよく知られています。 しかし、アダム・スミスが「国防は富裕よりもはるかに重要である」と指摘し、国防問題に重大な関心を寄せていたことは、それほど注目されていません。 今回はアダム・スミスによる適切な軍事制度に関する考察から、防衛意識に関連する部分を紹介したいと思います。 まずスミスは富の蓄積が近隣諸国の侵略を誘発する危険を高めることを認識していました。 そこで経済力の増大に応じて国家は自らの国富を守るための軍隊を整備する必要が生じます。しかし、防衛体制を整えるにあたり、国民は二つの政策選択に直面すると考えられました。 「それは第一に、非常に厳しい政策をとって、人民の利害関心や天分や好みの傾向などすべておかまいなしに、軍事教練の実習を強制し、兵役適齢期の市民全部、あるいはその一定数を、かれらがたまたまどんな商売なり職業なりを営んでいようと、ある程度まで軍人の職業を兼ねるように義務づけることができよう。さもなければ、第二には、一定数の市民を養い、雇用して、軍事教練を常時実習させておくやり方で、軍人という職業を他のいっさいの職業から独立した別個の一特殊職業とすることができよう」(邦訳3巻14頁) スミスがここで検討した選択肢のうち前者は市民兵を中心とする軍事制度であり、後者は職業軍人を中心とする軍事制度に対応しています。 いずれの選択が経済先進国の安全保障に適しているのか、という疑問についてスミスははっきりと後者を支持しました。 その理由は軍事的専門性の技術的な高度化です。 スミスはさまざまな生産現場で分業化が進むと、技術革新が促進され、それに応じて軍事技術も高度化することを知っていました。 これを言い換えれば、経済成長が進んだ国では、戦闘員の教育訓練に必要な時間や費用が必然的に増大するということです。 ここまでの議論はおおむね私たちの直感とも一致するものでしょう。 しかし、スミスは職業軍人に国防をまかせることによる弊害について考慮しておくことも必要であると同時に考えていました。 なぜなら、国防に触れることなく、各人が自分の専門化された仕事にだけ打ち込むような近代社会では、公共のために武勇の精神を発揮する機会に乏しく、防衛意識が大いに低下すると考えられるためです。 この議論...

論文紹介 女性を戦闘から排除すべきなのか

近年、米軍では戦闘任務に女性の兵士を充てることが適切かどうかが盛んに議論されています。 戦争の長い歴史を振り返ると、戦場で命を落としてきたのは圧倒的に男性であり、女性はそもそも兵士として見なされていませんでした。 したがって、女性が兵士として戦闘を担当するべきかどうかという問題は、新しい論点であると言えるかもしれません。 今回は、女性が歩兵として戦闘任務に直接的に従事することの妥当性を検討した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Rice, Charles E. 2015. "Women in the Infantry: Understanding Issues of Physical Strength, Economics, and Small-Unit Cohesion," Military Review , (March-April): 48-55. 著者によれば、女性が兵士として戦闘に従事する契機となったのは、国防長官のパネッタ(Leon Panetta)による規制の撤廃でした。 元々、米軍では旅団以下のレベルで女性が地上戦闘に直接的に従事することを認めていませんでした(Rice 2015: 48)。 しかし、男女の機会平等という考え方が政府内部で普及すると、これまで男性だけに認められていた任務を女性にも開放することが平等ではないかというパネッタのような見解が一般に述べられるようになります。 著者は、このパネッタの見解に対して反対の立場をとっており、その理由の一つとして戦闘の特性について多角的に考察しています。 例えば、パネッタは戦場における女性兵士の勇敢さが男性兵士に劣るものではないとしています。 この論点について著者は、女性兵士が男性兵士に勇敢さで劣るものではないことは誰も異議をさしはさむものではないと断った上で、本質的な問題はそこにあるのではなく、地上戦闘で敵と近接する歩兵などの任務に必要な身体的特性を持っていないことであると指摘しています(Rice 2015: 49)。 「全般的に言えば、歩兵の任務に従事するために必要な体力の基準は二つの側面から成り立っている。一つの側面は、筋力、速力、持久力、敏捷性である。第二の側面は大規模な戦闘行動の異化ストレス(catabolic stress)に晒...

学説紹介 戦闘で兵士の内面で何が起きるのか

戦場から戻ってきた兵士はその経験を生涯にわたって忘れることはありません。 その経験は兵士でない人々にとって理解しがたいことが多く、退役軍人は社会復帰しても深い孤独感にさいなまれることがしばしばあります。 軍事心理学の研究者たちは、戦闘という経験が兵士の心身の健康状態にどのような影響を与えるのかを長年考察してきました。 今回は、マーシャルとシャイの研究成果を紹介し、それらに基づいて戦闘経験が精神状態に与える影響を考察したいと思います。 戦闘ストレスから逃れようとする兵士 第二次世界大戦、太平洋戦域で従軍する米軍の兵士たち。マーシャルの研究によって実際に戦闘行動に参加して射撃している兵士が極めて少数であることを解明し、その後の戦闘訓練の考え方に大きな影響を及ぼした。: - National Park Service (National Archives). Marines mopping up Tinian Island drop into firing positions when enemy is sighted. マーシャルは第二次世界大戦に従軍したアメリカ軍の兵士を調査し、軍事心理学の研究を発展させることに大きく貢献した研究者です。 彼は兵士に戦闘を回避しようとする一般的な傾向があるという大胆な仮説を打ち出したことでよく知られています。 彼の研究成果によれば、戦闘において実際に自分の武器を使用しているのは全体の15%から20%だと見積もられており、その原因として戦闘が兵士に与える身体的、心理的なストレスが大きいためであると説明されています。 ここで述べているストレスとは、必ずしも戦闘で自分の命を危険に晒すことだけではありません。 マーシャルによれば、兵士は敵を殺傷する行為そのものに対する嫌悪感を持っており、その遂行にストレスを感じてしまうのです。 したがって、戦闘ストレスは殺される恐怖だけでなく、殺すことへの恐怖が複合して生じていることになります。 この画期的な研究は軍事訓練のあり方を見直す必要性を強く示唆していました。従来の方法であれば、兵士をうまく戦闘に従事させることができないことは明らかでした。 後にマーシャルは朝鮮戦争にも派遣され、兵士の低い発砲率を改善するための訓練方法の研究に取り組み、55%程...