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論文紹介 全体戦争における兵站の問題

今回は兵站学の研究で基本的な文献の一つと位置づけることができる論文を紹介したいと思います。 論文情報 Millett, J. D. 1945. "Logistics and Modern War," Military Affairs , 9(3): 193-207. 論文では、ウェゲティウス、ナポレオン、クラウゼヴィッツの記述から兵站を考察している箇所を示し、「補給の問題は常にあらゆる軍事作戦の推移に影響を及ぼしてきた」ことが述べられています(Millett 1945: 194)。 著者の見解によれば、兵站の歴史において転機となったのは18世紀末のフランス革命でした。 フランス革命を通じて政治体制が共和制に移行すると、一般徴兵制が導入され、従来に見られない規模の兵員を動員することが政治的に可能となったためです(Ibid 197)。 兵站の歴史にとってもう一つ重要だったのは、産業革命でした。 産業革命を通じて武器の製造に必要な工業が発展し、単に労働生産性が向上しただけでなく、戦闘で有用な武器や装備の生産効率が大幅に向上しました(Ibid 197)。 しかし、著者はこうした諸条件の変化がもたらす影響が顕著に現れたのは、第一次世界大戦であったことを述べています。 なぜなら、第一次世界大戦では人的資源、物的資源を戦争の遂行のために動員する努力が体系的な国家兵站として結び付けられた結果、総力戦、全体戦争と呼ばれる新しい戦争の形態を出現させたためです(Ibid 200)。 そして、近代的な兵站の体系が成立したことこそが第二次世界大戦の様相を準備したということを著者は次のように考察しています。 「第二次世界大戦は軍事力の戦いであると同じように、経済力の戦いであった。戦争の原動力は兵士の身体ではなく、国民の労働であったのである」(Ibid 201) 第二次世界大戦において兵站は戦争の推移に対して決定的な役割を果たしていました。 この主張を裏付けるために著者は当時の兵站に関する教訓を判断しています。 第一に述べられているのは工業の即応体制の重要性です。 軍用機、軍用車両、通信装備、弾薬などの供給の担い手となる民間人は数が限られています。 つまり戦争が勃発してから軍需品のための生産体制を強化するためには労働...

モーゲンソーの全体戦争論

国際関係論の研究で知られるモーゲンソーですが、その著作には全体戦争に関する記述のために一章が割かれていることはあまり注目されていません。 モーゲンソーは全体戦争(Total War)に関する研究に依拠しながら、現代の戦争が従来までの限定的な手段によるものではなく、全体的な手段を行使する形態に変化することを主張しています。 特にモーゲンソーが指摘しているのは、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、戦争で使用される軍事力の規模と効率が急激に変化したという点です。 「17世紀、18世紀において、人口の1%を兵役のために徴兵することは滅多に達成することができない大事業であった。第一次世界大戦ではヨーロッパ列強は人口の14%を部隊へと充当した。第二次世界大戦では主な交戦国が戦力に補充した人口の割合はそれよりある程度は低かった。⑩%を超えたのは、恐らくアメリカ、ソビエト、ドイツだけであった。武器の機械化が非常に発展したために、このように減少した」 また軍事力の効率を向上させた要因としてモーゲンソーは武器の発達と輸送や通信の発達を挙げています。 「武器の射程が全世界にまで拡大したことは、現代の戦争の性格や、その性格と現代の世界政治との関係にとって多かれ少なかれ意味があるものであり、しかもその意味は戦争の破壊力の増大がこの武器の射程の増大と歩調を合わせてきたかどうかによって変化する」  「およそ19世紀の半ばまでは、記録に残された史料を見る限り、陸路と海路で最も早い行進速度は時速10マイルであったが、陸路でこの速度に達することは稀であった。20世紀初頭には鉄道により陸路の行進速度は最も速い列車で時速65マイルになったが、それは市場それまで達成された速度の6倍半であった。蒸気船は海路での航行を時速36マイルにまで加速させたが、これは従来の最高速度の3倍半の速度であった」 モーゲンソーにとって戦争がこのように変化したことは、全世界を征服することが技術的に可能となったことを含意していると考えていました。 モーゲンソーの議論によれば、こうした全世界を支配するための技術的条件とは(1)中央集権的な統制による住民の社会的統合の強制、(2)反乱の動きを封じ込める物理的な実力の保有、(3)支配と共生のための手段が世界のすみずみに配備されていることです。...

ルーデンドルフと全体戦争の問題

平素より本ブログをお引き立て下さいまして、誠にありがとうございます。 気が付けば既に閲覧数1000を超えており、つきましてはこの場を借りて、皆様にお礼を申し上げます。今後も安全保障に関する記事を投稿していきます。 さて、今回は戦略学の観点から全体戦争についての議論を紹介したいと思います。 戦略学で全体戦争の議論が始まるきっかけとなったのは第一次世界大戦であり、この時期にドイツでのちの日本の戦略思想にも影響を与えたルーデンドルフが『全体戦争論』という著作を発表します。(日本では『国家総力戦』という題名で知られています) ルーデンドルフは一次大戦の教訓として次のように論じました。 「しかるに世界戦争は過去150年間の全ての戦争と全く異なる性質を現した。 つまり参戦国の軍隊はそれぞれその相手の軍隊の殲滅に努力したばかりでなく、国民自身もまた戦争遂行の作業に深く関係して、戦争行為は直接的に国民に課せられ、国民自身も戦争の困苦を直接経験した。 こうして国民も軍隊も一体となって、その間には明確な区別はなく、文字通りの全体戦争となり、世界の諸国民はそれぞれ終結した全力を挙げて対峙した。 ここにおいて単に軍隊だけでなく参戦国の全国民の生活と精神に及ぼす、いわゆる全体戦争が生じてきたのであり、このことは一つには過去と異なった政治的形態により、一つは人口の増加とこれに伴う一般兵役法の採用、さらにますます威力が増大してきた新兵器に起因するものである。 今や戦場は文字通り交戦国の国土のすべての地域にわたって軍隊だけでなく国民全般もその程度の差こそあれ、直接的、または間接的に戦闘行為の対象となり、ともに戦禍に悩むことになってきたのである (中略)全体戦争の本質は全国民に対する致命的な脅威が実際に発生し、しかして国民が戦争の重荷を担う決意に満たされた場合に初めて実行することができるような性質のものであり、内閣による戦争の時代、限定された政治的目的を持つ戦争の時代は過ぎ去ったのである」 中央の人物 エーリッヒ・ルーデンドルフ ルーデンドルフの業績は全体戦争という概念を戦略概念としてかなり早い段階から定式化し、それに基づいた戦争指導の抜本的な見直しを主張したことでした。戦略的に特に重要な主張として次のものがあり...