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学説紹介 ラッツェルの政治地理学と空間運動(räumliche bewegung)

国家は成立すると同時に領土の占有を行い、そこに住む人々の生活を法令、課税などの方法で統制を加えます。 この地理的範囲は決して固定的なものではなく、時間の経過によって大きくなることもあれば、小さくなることもあります。 政治地理学の研究で国家の空間支配がどのように変化するかを考察することは重要な問題です。今回は地理学者ラッツェル(Friedrich Ratzel)がこの問題についてどのように考えていたのか、その見解に対して研究者からどのような批判が加えられたのかを簡単に紹介してみましょう。 国家とは空間運動を行う有機体である ロシア(地図上部)と英領インド(地図下部)に挟まれた位置関係にあるアフガニスタンだが、ロシアが南に向かう空間運動を加え、それに対抗するイギリスと両国から圧力を加えられる位置関係にある。 (Ratzel 1897: 111) ラッツェルは国家を有機体の一種として捉えるべきと主張したことで知られています。つまり、ラッツェルにとって国家は他の有機体と同じように増大し、成長し、移動する存在なのです。 この移動する国家という考え方から空間運動(räumliche bewegung)という概念が導かれているのですが、これは国家が空間的に支配を及ぼしている領土が拡大し、また縮小するプロセス全体のことを指しています。 ラッツェルはこの空間運動が歴史上、広く認められる事象であり、特に対抗となる国家は空間的拡大を志向することには法則性があると主張しました(Ratzel 1897: 154)。 さらにラッツェルは大国が空間運動を起こす際に選択する方向に地理的なパターンがあると考察し、自然障害が国境形成に与える影響にも規則性があるのではないかという議論を展開しています。 例えばラッツェルは河川のことを政治的方向線(politische richtungslinien)と呼んだのですが、これは河川が海上、内陸の両方を結ぶ重要な交通路であり、国家の歴史を振り返っても河川に沿って空間運動をとった事例が多く見られることが理由とされています(Ibid.: 529)。 また、ラッツェルは文献で地理的地平線(der geographische Horizont)という用語を使っているのですが(Ibid.: 159)、これは国家が空間運動で支...

学説紹介 国土に人口を分散配置せよ―マキアヴェリの考察―

ニッコロ・マキアヴェリの政治思想の特徴は、首尾一貫して実用主義的、実践的な態度で国家の統治方法を論じていることです。 政治家として成功したいのであれば、道徳的に批判される行為でもあえて行うべき状況があり、政治家は尊敬されるよりも恐れられた方がよい、と彼が論じたことはよく知られています。 今回は、そんなマキアヴェリが人口という問題についてどのように考察していたのかを紹介し、特に人口の計画的な配置が国家政策にとってどのような意味を持つのかを考察してみたいと思います。 人口配置を考慮した古代の国家政策の事例 2世紀中葉におけるローマ帝国の植民地の位置を示した地図。ローマを中心としながら勢力圏の拡大に応じて辺境の広範囲に入植していることが分かる。 Cresthaven.2015. Romancoloniae. マキアヴェリの議論には古代史への言及が数多く見られます。 人口の問題に関してもマキアヴェリは古代の君主国や共和国の制度に注目するところから論じ始めています。 「古代の共和国や君主国の偉大で驚嘆すべき制度の中には多くの防備集落や都市が新たに建設される際に、今日では消滅してしまっているが、当時は常に採用されていた制度があった。というのは、最高の君主にとっても、秩序の整った共和国にとっても人々が安心して防衛と耕作ができるように、避難できる防備集落を新たに建設するという統治の制度にまさるものはなかったし、どの地方にとっても、それより有益なものはなかったからである」(マキァヴェッリ、133頁) ここで述べられているのは、古代における国家がその領土を拡張していく典型的なパターンとして地方に「防備集落」という拠点を構築していくことが一般的だったということです。 防備集落は平時においては地方行政の中心であり、また戦時には国境警備に当たる陣地としても活用することができます。 さらにマキアヴェリは、「この制度は、新たな防備集落を建設する原因となったのみならず、敗者の土地を確実に勝者のものにし、無人の土地を住民で満たし、各地方に人々をうまく配分したのである」(同上、133-4頁)と述べており、国土の各地方に拠点を配置することの利点が、軍事と経済の両方面に及ぶということを強調しています。 なぜ人口を国土に広く分散させるべきか ロ...

論文紹介 移民は安全保障上の脅威となり得るか

近年、ヨーロッパ各国では中東、アフリカから押し寄せる難民の受け入れをめぐって大きな国民的議論が巻き起こっています。 各国ごとで議論の内容はさまざまですが、一般に争点となっているのは難民の受け入れによって、その国家の安全保障が脅かされる度合いであり、例えば難民に紛れ込んで国際テロリスト集団の構成員が潜入する可能性がどの程度高まることが懸念されています。 これは難民だけでなく移民の議論にも影響を与えており、国籍取得や在留許可について一層厳密な審査や管理のあり方が検討されています。 今回は、こうした問題が表面化する前の2006年に執筆された論文を紹介し、移民と安全保障の関係を説明してみたいと思います。 文献情報 Adamson, Fiona B. 2006. "Crossing Borders: International Migration and National Security," International Security , 31(1): 165-199. 移民は安全保障上の問題として認識する必要がある 著者によれば、これまでの安全保障学の研究は軍事力と関係を持つ対外的安全保障に注意がかたよる傾向があり、警察力と関係がある対内的安全保障が軽視されやすいという問題がありました。 「安全保障学の主流派の研究者たちは、これまで国内の政治的、政策的課題に対してあまり関心を示さないか、あるいは小さな関心しか示してこなかった。しかし、国際安全保障の研究者と政策立案者は、グローバル化の過程で強化された相互的統合の世界において、移民と安全保障の関係を無視することができないことに気が付き始めている」(Adamson 2006: 167) とはいえ、著者は移民が安全保障に与える影響を考えるためには、移民にもいくつかの種類があることに注意が必要であることも理解しています。 自発的な移民と強制された移民、経済的理由による移民と政治的理由による移民、そして正規の移民と不正規つまり非合法的な移民、定住を目的とした移民と帰国を前提とした移民など、移民といっても一概にその性格を特徴付けることは難しいため、状況に応じて移民の性格を判断することが重要であることも示唆されています(Ibid.: 171-175)。 移民は国家の統治能力、...