1988年、レバノン南部に展開するイスラエル軍の前哨陣地。 レバノンでイスラエルが実施した作戦の一つに「ガラリヤの平和」という作戦があります。 ある研究者の言葉を借りれば、この作戦で戦われた航空戦は「第二次大戦以来、最も大規模にして、最も激しい空中戦」に発展し、最終的にイスラエル軍は航空優勢を獲得し、シリア軍を圧倒することができました。 今回は、この時の航空戦闘でイスラエル軍が決定的な勝利を収めることができた理由について説明したいと思います。 レバノン紛争の背景と重要性 事の発端となったのは1982年、イスラエルとレバノン国境に沿ってパレスチナ解放機構(以下、PLO)の砲撃とゲリラ活動が活発化していたことにありました。 イスラエルはPLOに対して武力による報復を行う準備があると警告しましたが、同年6月4日にテロリストによって駐英イスラエル大使が銃撃されると、イスラエル軍はその報復措置として6月6日にレバノンに展開するPLOの部隊を攻撃することを決定しました。こうして始められたのがガラリヤの平和作戦でした。 1982年レバノン紛争の状況図(独語)。 青色で示しているのがイスラエル軍、赤色がシリア軍、緑色がPLO、灰色が親イスラエル民兵の動き。 6月6日に攻勢が開始され、7日にはすでに南部地域を占領下に置いている。 北上するイスラエル軍の最右翼の前進をシリア軍が阻止しようと図り、ここから大規模な航空戦闘に発展した。 レバノン南部に侵攻したイスラエル軍は順調にPLOの部隊を撃破しながら北上し、レバノン南部を非武装化していきました。しかし、レバノン東部でイスラエル軍の進撃を阻止しようと図るシリア軍と戦闘となり、6月8日にはまず地上で大規模な機甲戦が始まり、航空優勢をめぐって上空でも戦闘機が航空戦を交えられました。 当時、シリア空軍に配備されていた機体はソビエトが開発したMiG-21やMiG-23戦闘機であり、イスラエル空軍ではアメリカが開発したF-15、F-16戦闘機が配備されていました。そのため、この航空戦の推移については米ソ両国も重大な関心を払って注目していたのです。 ベッカー高原の上空で戦われた航空戦 ベッカー高原はレバノン山脈とアンチレバノン山脈との間に位置する。 反イスラエル路線をとる武装勢力の拠点も多く政治的...
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