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論文紹介 ロシアの脅威を前にして、欧州の防衛体制は立て直せるのか

イギリスのシンクタンクである国際戦略研究所(IISS)が、ドイツのシンクタンクであるハンス・ザイデル財団と共同で調査研究を実施し、その成果をまとめた短い報告書が2月17日に発表されました。 報告書の表題は「新しい大国間競合の時代における欧州の防衛政策(European defence policy in an era of renewed great-power competition)」であり、ロシアの脅威に対して欧州諸国がさらに防衛体制を強化する必要があるものの、陣営としての結束を維持する難しさが指摘されています。 この記事では3つのポイントに焦点を絞って解説します。 論文情報 Douglas Barrie, Dr Lucie Béraud-Sudreau, Henry Boyd, Nick Childs, Dr Bastian Giegerich, James Hackett, Meia Nouwens. 2020. European Defence Policy in an Era of Renewed Great-Power Competiton , IISS and Hanns Seidel Foundation.( https://www.iiss.org/blogs/research-paper/2020/02/the-future-of-european-defence ) ロシアの脅威が急激に拡大している 第一に、この報告書はロシアからの脅威が増大しており、欧州諸国は速やかに軍事的対応をとらなければならない状況が続いていると主張しています。 報告書ではロシア軍の近代化が着々と進んでいることが指摘されています。戦略ロケット軍が運用する核兵器の近代化もその一つであり、ソ連時代に配備された大陸間弾道ミサイルであるSS-18やSS-19だけでなく、2000年代に配備されたSS-25を更新するプロセスもすでに始まっています(Barrie, et al. 2020: 5)。 これらの代わりとして現在開発途上のRS-28が配備される見通しですが、このRS-28にはアメリカ軍が運用するミサイル防衛の迎撃を回避、突破するための機能を有する アバンガルド・システム が搭載されているため、それまで欧州各国がミサイル防衛に頼ってきた拒否的抑...

連載記事 はじめての安全保障学(2):戦争はどのような事象なのか

安全保障学の研究において戦争は最も重要な問題であり、その原因や影響を明らかにするために、さまざまな研究が行われています。 今回の連載記事「はじめての安全保障学」では、 第1回「安全保障学とは」 に続いて戦争に関する研究成果を取り上げたいと思います。 戦争という問題をより具体的に考えるための一助としていただくことがその目的です。 戦争は少なくとも1年に1度のペースで発生している 1815年から2002年までに起きた戦争を包括的に調査した研究があります(Gleditsch 2004)。 これは独自の集計法で戦争のデータを整理集約した研究であり、戦争がどのような頻度で起きているのかを大まかに知る上で非常に有益な内容です。 この研究成果では、1816年から2002年までの186年間にわたって、少なくとも1年に1度のペースで戦争が勃発していることが報告されました。 この数字はウプサラ紛争データ・プログラムが提供する武力紛争データセットに依拠しており、これは1年間で一定の戦死者が出ていることを武力紛争かどうかの判断基準にしているため、戦死者がほとんど出ていないケースについては除外されていることに留意しなければなりません。 より厳密に言えば、一定数の戦闘で犠牲者を出す戦争が1年に少なくとも1度は起きているという意味であり、相当の烈度を伴った戦争だけを数えていることになります。もし戦争の定義を広げるならば、より多くの戦争が毎年世界各地で発生していると言えるでしょう。 ちなみに、この調査対象の期間で対外戦争は140件確認できますが、内戦は175件確認されており、前者は75%、後者は94%の確率で発生しています。また時代が現在に近づくにつれて内戦が対外戦争よりも多く発生する傾向にあるとも指摘されています。 もちろん、地域や時代によって発生率にはかなりの変化があることも判明しており、それに関する研究も出ています。 軍事バランスが戦争のリスクを大きく左右する 安全保障学の理論的研究には軍事技術が勢力均衡に及ぼす影響を考慮するものがあり、例えばクエスターや、ジャーヴィスの理論がその代表的なものとして挙げられます(Quester 1977; Jervis 1978)。 大国に限定された実証的研究ではありますが、1800年から1997年までの軍事情勢...

学説紹介 なぜ勝者が敗者に譲歩すべきなのか:外交により平和を維持する方法

世界の歴史において戦争の勝者は敗者に対して多額の賠償金を課し、領土を割譲し、あるいは軍備を制限するなどの措置をとってきましたが、これらは果たして合理的な措置なのでしょうか。 今回は、戦争の勝者が敗者に対してあえて譲歩を行うような外交には、有利な側面もあるという議論をアイケンベリーの説に沿って紹介してみたいと思います。 将来報復を受けるリスクを考えよ 基本的に戦勝国は講和条約を締結するための条件を敗戦国に対して提示できる立場にあります。 この際に最も強硬な立場をとることもできれば、穏健な立場を示すこともできますが、アイケンベリーは強硬な立場で和平交渉に臨むことには批判的です。 これは将来的に敗戦国が報復してくるリスクを考慮に入れた上で自国の条件を提示することが必要だからであり、最悪の場合、両国の勢力関係が逆転したとしても、敗戦国の軍事行動を阻害する要因を講和の条件に含ませるべきだと彼は考えているのです。 「戦勝国は、勝利の結果、司令的立場に立つ。しかし、戦勝国が運用する戦後秩序に正統性がなければ、戦勝国の支配は十分には実現されず、また、安定もしない。正統的な戦後秩序とは、秩序構成国が進んで参加し、そのシステムの全体的方針に同意する秩序である」(アイケンベリー、57頁) つまり、戦勝国が現段階における軍事的優勢を利用して有利な講和条約を締結する利益が見込めたとしても、それは将来的に予測される敗戦国の軍事的報復によって生じる不利益によって相殺されてしまうので、長期的に考えれば戦勝国の特権を手放して平和を維持できるようにした方がよいと考えられます。 戦勝国は自国の能力の行使を制限すべき それでは将来の平和をより長く維持するには戦勝国はどのような姿勢で敗戦国と交渉を進めるべきなのでしょうか。 この点についてアイケンベリーは意外なことを述べています。それは自国の能力の一部を自ら進んで手放すことだというのです。 「全体として、主導国は、弱小・追随諸国を、戦後秩序に関する一連のルールと制度に縛り付けたいと希望する。言い換えれば、主導国は諸国を予測可能な行動パターンの中に固定し、その一方で、自らは制度的拘束と責務から解放され、自由であることを望む。しかし、新秩序に弱小諸国を積極的に参加させ、これら諸国に秩序ルールを順守させるためには、主導...

学説紹介 リンケージ戦略とは何か:リベラリズムで国際政治を分析する

国際政治の研究ではリアリズムとリベラリズムという二つの理論があることが知られています。 リアリズムの特徴は、国際社会における最も重要な国益を、軍事的安全保障だと想定することであり、実際にこれは敵対関係にある大国の対外政策を説明、予測する上で有効な視点です。 しかし、現実の外交交渉では軍事的安全保障よりも広い争点が存在しており、外交官はその可能性を考慮する必要があります。 この問題を考える上で役に立つのがリベラリズムであり、それは貿易、海運、エネルギーなど多様な争点があると想定しています。 今回は、このリベラリズムの立場から多様な争点を組み合わせて外交交渉を展開するリンケージ戦略について、ロバート・コヘインとジョセフ・ナイの研究に依拠しながら紹介してみたいと思います。 リンケージ戦略とは何か リンケージ戦略とは、複数の争点を組み合わせて交渉することにより、自らの立場を相手に受け入れさせる戦略です。 Aという争点領域で現状打破の立場を主張し、現状維持の立場をとる勢力と対立した場合、その交渉の行方は両者の勢力の優劣で左右されると考えられます。 しかし、ここに新たにBという性質が異なる別の争点領域を設定し、そこで譲歩することを提案した上で、Aの争点領域における譲歩を要求すると、相手はまったく異なる観点から先ほどの交渉戦略を考えることができます。 これがリンケージ戦略の特徴であり、中小国であっても、大国から譲歩を引き出す場合があるのは、この戦略を駆使しているためです。 「たとえば、軍事的に強大な国家か、経済的に強大な国家が通貨政策についての譲歩を、海洋政策について相互に譲歩させるという政策とリンクさせると想定することは難しい。他方、貧しく弱い国家は、国内的利益が複雑に絡み合っていないということもあって、別個のイシューとリンクさせることが妨げられることはない。別個のイシューをリンクすることは、豊かではあるが、狭量な国家から譲歩か追加的支払いを引き出す手段となることがしばしばである」(同上、41頁) リンケージ戦略においても、軍事行動は重要な選択肢の一つですが、それを選択することへの費用、負担はあまりにも大きいので、外交交渉では非常に使いにくい交渉材料となります。 さらに、軍事的安全保障という争点領域では各国の立場が対立しても、双方が死...

学説紹介 リアリストから見た国際法―勢力均衡は国際法の血肉である―

国際法という言葉は、あたかも国際社会に国内社会と同じような法体系があるかのような印象を与えるかもしれませんが、両者はまったく異なるものです。 なぜなら、国際法は国内法に伴う強制力が存在せず、それを破ったからといって、無条件に国家の行動が制限されることはないためです。 国際政治学、特にリアリズムの立場から見れば、これは国際法の分権性を示す特徴であり、また国際政治が本質的にアナーキーであることを裏付けてもいます。今回は、この問題に関するモーゲンソーの議論を紹介してみたいと思います。 国際法とは原始的な法体系に似ている モーゲンソーは近代的な国際法の体系が15世紀から16世紀にかけてヨーロッパで出現し、三十年戦争の講和の際に締結されたウェストファリア条約として確立されたとと述べています(モーゲンソー、291頁)。つまり、国際法には少なくとも数百年にわたる発達の歴史があり、国家間の関係を形成する上で影響を及ぼしてきたと認めているのです。 しかし、国際法の影響力を決して過大に評価すべきではないともモーゲンソーは述べており、例えば国際連合憲章のような文章はしばしば無視される場合があると指摘しています(同上、292頁)。その上で次のように述べられています。 「しかし、国際法の存在を認めることは、それが国内法制度と同程度に事項的な法制度であり、より具体的に言えば、国際法が国際情勢における権力闘争を規制して抑制する上で有効だと断定するのと同じことではない。国際法はオーストラリアのアボリジニやカリフォルニア北部のユーロク族のような、文字を持つ以前の社会で一般に見られる法に類似した原始的な類型の法である。それが原始的な類型の法というのは、主としてそれがほとんど完全に分権的な法であるためである」(モーゲンソー、292頁) ここでモーゲンソーが指摘しているのは、国際法が存在したとしても、その国際法が機能するとは限らない、ということです。ここで述べている分権的な法とは、国際社会が単一の権威の下で支配されていないという状態を意味しています。 国内社会とは異なり、国家は自らの権利を自らの実力で守る必要があるのです。 国際法が有効であるための条件とは 分権的な国際法が機能する仕方は国内法とまったく異なりますが、モーゲンソーはそれが国際社会の特徴である分...

学説紹介 リベラリズムにおける軍事力の位置付け―コヘインとナイの学説を中心に―

国際政治学では代表的な理論として、リアリズムとリベラリズムという二つの異なる理論があります。 安全保障学の研究はリアリズムに依拠した学説も多いのですが、リベラリズムに依拠する研究も決して少数派というわけではありません。 今回は、リベラリズムについて簡単に紹介し、そこで軍事力がどのように位置付けられているのかを紹介したいと思います。( 学説紹介 いかにリアリズムとリベラリズムを使い分けるべきか も参照) リベラリズムとは何か 諸説あるところですが、一般にリアリズムは国際社会で戦争が引き起こされる要因を各国の勢力関係の不均衡として考える学説です。 つまり、環境的な要因に基づいて各国の対外政策を説明するのに適した理論と言えます。 それに対してリベラリズムは国内政治上の要因、つまり各国の内部で起きる政策決定のメカニズムの結果として考える傾向にあります。 これは各国の政治体制、社会状況を考慮に入れることを重視している理論と言えるでしょう。貿易を通じて経済的相互依存が深まれば、戦争のリスクが低下するという考え方も、この理論から導かれます。 安全保障学の学説史をどのように区切るかにもよりますが、リベラリズムがこの分野で本格的に参照され始めるのは基本的に1970年代以降です。 当時、貿易のグローバル化、国際金融秩序の動揺、エネルギー問題の顕在化などが国家の防衛に影響を及ぼすことが認識されるようになっていました。 人々は軍備や同盟だけでなく、より広い視点から安全保障を捉え直すようになり、そのことが国際政治学におけるリベラリズムの地位を高めることに繋がりました。 リベラリズムにおける安全保障 ロバート・コヘイン(Robert Owen Keohane, 1941-現在) 米国の政治学者、国際関係論でネオリベラリズムの理論を唱えたことで知られる。 リベラリズムの研究で名をはせた米国の政治学者にジョセフ・ナイとロバート・コヘインがいます。彼らの共著『パワーと相互依存』(1977)は今でもよく知られているリベラリズムの文献であり、日本でも最近になって翻訳されました。 彼らはリアリズムが抱く安全保障の考え方は現代の世界情勢に適合しない部分があるのではないかと考え、次のように述べています。 「安全保障上の冷戦的な脅威感が緩むにつれて...

論文紹介 NATO加盟国は対テロ作戦で団結せよ

2015年11月にパリで起きたテロ事件、2015年と2016年にトルコで相次いだテロ事件を受けて、近年のヨーロッパ諸国ではテロリズムに対する脅威が強く認識されるようになっています。 大西洋条約機構(NATO)は対テロリズム作戦の態勢を強化し、これまで以上に域内の対内的安全保障に取り組み始めています。 今回は、このような取り組みにおいて多国間での特殊作戦部隊の連携を重視すべきと主張する研究を紹介したいと思います。 文献情報 Miller, Matthew E. "NATO Special Operations Forces, Counterterrorism and the Resurgence in Europe," Military Review , July-August 2016, pp. 55-60. NATOは専門の対テロ部隊を必要としている 一般にNATOはヨーロッパの防衛の基盤として知られていますが、それは対外的な脅威を想定した組織であり、対内的な脅威は十分に考慮されてきませんでした。そのため、これまでのNATOで特殊作戦部隊は対テロ作戦を主な任務とされていません。著者はこのような現状では大規模なテロリズムの脅威に対処することは困難であるとして、次のように論じています。 「国際テロリストの脅威がNATO全体に及んでいることが明々白々であるにもかかわらず、政策の間違いか、現実からの逃避のいずれかかによって、対テロ作戦(counterterrorism)は未だにNATOの特殊作戦部隊の主要任務となっていない。その結果、公式に定められた対テロ任務を除けば、NATOの特殊作戦部隊は、いざ大規模なテロの危機が起きた際には、協調の問題に取り組むにはあまり効率的ではないやり方であるものの、公式もしくは非公式に加盟国の特殊作戦部隊の対テロ部隊に取って代わられることになるであろう。したがって、ISの急速な拡大とヨーロッパにおけるテロリズムの脅威の拡散という観点から、今こそNATOに対テロ任務を専門とする部隊を創設すべきである」(Miller 2016: 56) 歴史的に見れば、ヨーロッパ諸国では大規模なテロリズムが発生するごとに対テロ作戦の能力を強化してきました。しかし、それは各国が独自の取り組みに止まり、多国間の協調...

貿易で世界が平和になるとは限らない

国際関係論の研究では、貿易によって国家間の経済的な相互依存が強化されれば、戦争が勃発して貿易が不可能になった際に相互に不利益となるため、その結果として平和を維持しやすくなる、と考える立場があります。 これはリベラリズム(liberalism)として以前から知られている学説であり、コヘインやナイ等の研究者によって主張されています(Kohane and Nye 1972, 1977)。 確かに貿易関係の強化が戦争を困難にするという可能性は注目に値するものですが、だからといって経済的相互依存によって平和を維持することが可能になるという考え方がどこまで妥当するのか疑問も残ります。 今回は、この問題を批判的立場から考察するため、20世紀に国際政治の研究で先駆的業績を残したイギリスの外交官エドワード・ハレット・カー(E. H. Carr)の議論に注目したいと思います。 平和が常に各国の共通利益とは限らない 19世紀に後れて統一を果たしたドイツはその成立当初から英仏の勢力圏に挑戦しなければ、自国の植民地を拡大できない状況にあった。1911年4月、モロッコの利権をめぐって英仏西との関係が悪化した第二次モロッコ事件では、軍艦を現地に派遣し、全面戦争も辞さない構えを英仏に示すことで、独領カメルーンを獲得している。 リベラリズムにおいて、戦争は必ずしも国家の 政策を遂行する合理的な方法とは考えられていません。 つまり、国家にとって戦争を遂行するために必要な人的、物的な損害は、その国家が目指す国益をかえって損ねる側面が大きく、結局のところ平和を維持する方が国家として目標を達成しやすいことになります。 こうしたリベラリズムの戦争観(もしくは平和観)について、カーは次のように説明しています。 「利益調和の理論は、政治的には通常次のような考え方に立っていた。すなわち、すべての国家は平和に同一の利益を持っていること、したがって平和を阻もうとする国家はすべて、理性も道義もないのだ、ということである」(カー、114頁) しかし、このような単純化は国際社会の実情から乖離しているとカーは批判しています。 確かに武力を用いずに国家がその政策を遂行することは、多くの国家が望ましいと考えるかもしれません。 しかしそれは国際社会の「現状」を変えようとする諸国と、維持...

現実主義と自由主義では何が異なるのか

国際関係論には大きく分けてリアリズム(現実主義、realism)とリベラリズム(自由主義、liberalism)という二つの理論があると考えられています。いずれも国際関係における国家の行動を分析するための理論なのですが、その相違を理解するには、国家が何を目標として行動するのか、その「選好」に関する想定に相違があることを知らな変えればなりません。 一言で述べれば、リアリズムは「相対的利得(relative gain)」を重視する国家を想定しており、リベラリズムでは「絶対的利得(absolute gain)」を重視する国家が想定しているという違いがあります。 絶対的利得を追求する国家の事例として挙げられるのは19世紀から20世紀前半のヨーロッパ国際政治におけるイギリス、フランス、ロシア、オーストリア、ドイツ、日本などの国家です。 この時代は植民地を獲得するために各国は激しく競い合われ、戦争と外交を駆使して自国の影響力が優先的に行使される勢力圏を少しでも大きくすることが、その国家の経済的繁栄、引いては安全保障に繋がると広く考えられていました。 このような状況においてそれぞれの国家の国益は他の国家の国益と絶えず競合することになります。そのような利得の「相対性」によって互いに少しでも相手より優位に立つことが目指されていました。 しかし、国家は常に相手の利得が自己の利得と競合すると考えているわけではありません。 いわば共通の利益というものがありえると考える状況もあり、ヨーロッパの地域統合の動きはその一例と言えます。 かつてイギリス、フランス、ドイツなどの諸国は激しくその勢力を競い合いましたが、現在ではアメリカの影響の下で北大西洋条約機構の加盟国として防衛線を共有し、経済の統合を推し進めた結果、現在では欧州連合として域内の物流の自由化や貨幣の共通化を行っています。 これは国家の選好が変化したことを示すものであり、自らの利得の捉え方を変えて、相手との比較という観点ではなく、純粋に自国がどれほどの利得を獲得することができるのかという観点から考えるようになったことを示唆しています。 このようなリアリズムとリベラリズムの区別はグリエコ(1988)の研究によって打ち出されました。これはウォルツを中心とするネオリアリズムとコヘインなどを中心とするネオリベラリ...