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学説紹介 革命の戦略家、マルクスとエンゲルス

カール・マルクス(1818年5月5日 - 1883年3 月14日)とフリードリヒ・エンゲルス(1820年11月28日 - 1895年8月5日)は政治経済学の思想家と思われがちですが、軍事学でも大きな功績を残しています。 特にエンゲルスの著作には軍事問題を取り扱ったものが多く、19世紀以降の革命家の戦略にも影響を与えたと考えられています。 今回は、ジグムント・ノイマンとマーク・フォン・ハーゲンの研究に沿って、マルクスとエンゲルスの戦略思想の特徴について紹介してみたいと思います。 マルクスとエンゲルスの共同研究 左がカール・マルクス、右がフリードリヒ・エンゲルス エンゲルスはマルクスと深い友情を結び、40年間の長きにわたって共に研究を行いましたが、彼らの共通の関心はやはり革命を起こして社会主義を実現することにありました。 彼らが生きた時代は「諸国民の春」として歴史家に知られる1848年革命の時期と重なっています。当然、マルクスとエンゲルスもこの革命に興味を持っていました(ノイマン、ハーゲン「エンゲルス、マルクスと革命・戦争・軍隊」235頁)。 しかし、当初期待したように事態は進まず、ヨーロッパ各地で同時多発的に発生した革命運動もやがて目に見える成果を残すことなく立ち消えてしまいます。 そのため、この敗因を究明することがマルクスとエンゲルスにとって重要な研究課題となり、特に革命の重要な手段である暴動が研究対象として位置付けられるようになります(同上、236頁)。 この研究はやがて軍事戦略の観点から暴動を考察した論文としてまとめられ、エンゲルスが執筆し、マルクスの編集を経て、マルクスの名前により1851年からおよそ1年にわたって『ニューヨーク・トリビューン』で連載されています(同上)。 暴動は戦争と同じく技術の問題である マルクスとエンゲルスは暴動を戦争と同じく技術の問題だと考えました。つまり、そこには研究を要する法則性があり、それに従って遂行しなければならないのです。 彼らの議論は多岐に渡りますが、第一に重要なことは暴動を起こす前に準備を万全に整えておくことであり、それは暴動の後に続いて生じる状況に対応することも視野に入れたものでなければならないということです(同上)。 第二に重視すべき事柄は...

なぜキッシンジャーは毛沢東の戦略思想を評価したのか

ヘンリー・キッシンジャー(左)と毛沢東(右) ヘンリー・キッシンジャー (Henry Kissinger 1923-)は、世界的に有名な政治学者であり、外交や戦略に関する研究を数多く発表しています。キッシンジャーの業績で特に重要なものは、核戦略に関するものですが、特に著作『核兵器と対外政策』(1957)では全面戦争ばかりを想定した米国の大量報復(massive retaliation)のような戦略を批判し、限定戦争(limited war)の遂行を視野に入れた戦略理論が重要であると主張しました。 しかし、キッシンジャーがこうした立場から、 毛沢東 (1893-1976)の戦略思想を高く評価していたことはあまり知られていません。今回は、キッシンジャーの分析から毛沢東の戦略思想を取り上げている部分を紹介してみたいと思います。 中国の戦略思想はソ連より先行している フリードリヒ・エンゲルス、共産主義の思想家 軍事問題に関する著述を数多く残している 共産主義者の軍事思想には長い歴史があります。カール・マルクスと共に『共産党宣言』の著者として名前を連ねたフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels 1820-1895)は、18世紀末から19世紀初めにかけてヨーロッパで戦われたフランス革命戦争・ナポレオン戦争を唯物史観の観点から議論しており、特に当時のフランスの経済的、社会的要因が軍隊の構造や運用に与えた影響を考察しました。その後も、ロシア革命で共産党を指導したウラジミール・レーニン(Vladimir Lenin 1870-1924)、ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin 1878-1953)もそれぞれに軍事思想に関する考察を書き残しており、特にスターリンの軍事思想はソ連で公式の戦略教義にもなっています。 共産主義の影響を受けた軍事思想の中でも、キッシンジャーは毛沢東の戦略思想に格別な意義があったと考えました。その重要性についてキッシンジャーは著作で次のように論じています。 「ここで注意すべきことは、共産主義の軍事思想の最も優れた理論的論説は、ソ連よりも中共の著作に見られることである。これは偶然ではない。ソ連の膨張は主として政治戦争の巧みな活用と、中欧におけるドイツ勢力の崩壊によって生じた大きな機会のおかげである。しか...

文献紹介 エンゲルスが考える散兵戦術の歴史的重要性

フランス革命戦争で最初の勝利を収めたとされるヴァルミーの戦い。 マルクスと共に社会主義の研究で有名なフリードリヒ・エンゲルスは、軍事学の方面において数多くの論文を書き残しています。 今回は彼がフランス革命戦争・ナポレオン戦争の戦術について取り上げた未完成の論文「1852年における革命的フランスに対する神聖同盟の戦争の諸条件と見通し」の内容を一部紹介したいと思います。 フランス革命戦争・ナポレオン戦争での戦術でエンゲルスが注目したものに散兵がありました。 それまでの戦術において兵士は大隊ごとに戦列と呼ばれる密集隊形をとり、指揮官の号令によって集団的に部隊行動をとっていました。 いわば、兵士の仕事は指揮官が出す「横隊、前へ進め」、「横隊、止まれ」、「目標正面、控え銃」等の号令に従って動くだけであり、自らの判断に基づいて行動する余地は一切なかったのです。 しかし、当時のフランス革命軍が採用した散兵方式はこのような戦列と大きく異なる戦い方を可能にしました。 散兵は密集隊形をとらず、敵の射撃を避けるために散開しましたが、それだけ散兵は自分自身で判断する必要が増大しました。 ただし、散兵だと指揮官が部隊行動を統制しずらいため白兵戦闘には不向きであり、それゆえ19世紀以降も一部で戦列は使用され続けるのですが、エンゲルスはフランス革命戦争における散兵戦術の登場が近代以降の戦術にとって重要な意味を持っていると考えたのです。 その理由として、エンゲルスはこの戦い方は従来よりも部隊行動で大きな「運動性」を発揮することを可能にしたことを挙げています。 そして、この部隊行動の運動性を高めるためには、下士官と兵士の教育水準の向上が欠かせなかったことを指摘しています。 「しかし、この運動性には、兵士のある教養程度が必要であり、兵士は多くの場合自分自身でやってゆくことを知っていなければならない。斥候や糧秣徴発や前哨勤務等々がいちじるしく拡大したこと、兵士の一人一人に要求される積極的行動性がより大きくなったこと、兵士が各個に行動し各自の知力にたよらざるをえない場合がよりしばしば繰り返されること、そして最後にその成功は各個の兵士の知力や眼識および精力に依存している散兵戦の大きな意義などが、すべて、老フリッツの時代にくらべて、下士官や、兵士の、より大きな教養度を前提と...