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戦史研究 アレクサンドロスのペルシア遠征作戦

マケドニア王国のアレクサンドロス三世は、アケメネス朝ペルシアを滅ぼし、その領土を中央アジア、インドにまで拡大させたことで知られる軍事的英雄です。 しかし、遠征が成功した軍事的理由に関しては個々の戦闘における勝利に注目が集まるため、戦略的観点に基づく説明はあまり知られていません。 今回は、リデル・ハートの分析を踏まえて、戦略の観点からアレクサンドロスのペルシア遠征作戦が成功した理由を説明したいと思います。 アナトリア半島で兵站基地を確保したことの意義 小アジアにおけるアレクサンドロスの軍勢の進路。 まず戦略的にパンフィリアの奪取により小アジアの海上交通路を支配。 その後、内陸に進出しているが後にシリアに向かうために南進していることが分かる。 アレクサンドロスのペルシア遠征は紀元前334年春にダーダネルス東岸から開始され、前331年まで続いています。これだけ長期にわたってアレクサンドロスは小アジア、エジプト、メソポタミアに及ぶ広大な戦域を戦い抜かなければなりませんでした。したがって、兵站線の管理は戦略上重要な問題となります。 戦域が広がり、敵と味方の部隊が相互に脅威を及ぼし得る正面が複数の方向へと広がりを見せるようになると、それだけ味方の作戦線を掩護することが難しくなります。もし作戦線を失えば、それは前線で活動する部隊の兵站支援が成り立たなくなることを意味するため、アレクサンドロスは前進目標の選択を慎重に行い、味方の軍の作戦線がペルシア軍によって遮断されないように注意することが重要でした。 この遠征でアレクサンドロスが巧みだったのは、この作戦線の保全を確実にするように作戦を指導していたことです。 まず、アレクサンドロスはダーダネルスを出発し、アナトリア半島に上陸すると、各地のギリシア人の都市を占領し、またペルシア軍の前方展開基地を潰しながら、自らの作戦基地に組み入れていきました。 この段階で重要だった都市はカリア(Karia)、リシア(Lykia)、パンフィリア(Pamfylia)という沿岸都市です(上記地図参照)。 特にパンフィリアから先の地域には大規模な艦隊が拠点とできる沿岸都市が存在していなかったので戦略的に大きな意味がありました。アレクサンドロスはペルシア軍が独占していたアナトリア半島の沿岸地域の作戦基地を奪ったのです。...