スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(ヘンリー・キッシンジャー)が付いた投稿を表示しています

なぜキッシンジャーは毛沢東の戦略思想を評価したのか

ヘンリー・キッシンジャー(左)と毛沢東(右) ヘンリー・キッシンジャー (Henry Kissinger 1923-)は、世界的に有名な政治学者であり、外交や戦略に関する研究を数多く発表しています。キッシンジャーの業績で特に重要なものは、核戦略に関するものですが、特に著作『核兵器と対外政策』(1957)では全面戦争ばかりを想定した米国の大量報復(massive retaliation)のような戦略を批判し、限定戦争(limited war)の遂行を視野に入れた戦略理論が重要であると主張しました。 しかし、キッシンジャーがこうした立場から、 毛沢東 (1893-1976)の戦略思想を高く評価していたことはあまり知られていません。今回は、キッシンジャーの分析から毛沢東の戦略思想を取り上げている部分を紹介してみたいと思います。 中国の戦略思想はソ連より先行している フリードリヒ・エンゲルス、共産主義の思想家 軍事問題に関する著述を数多く残している 共産主義者の軍事思想には長い歴史があります。カール・マルクスと共に『共産党宣言』の著者として名前を連ねたフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels 1820-1895)は、18世紀末から19世紀初めにかけてヨーロッパで戦われたフランス革命戦争・ナポレオン戦争を唯物史観の観点から議論しており、特に当時のフランスの経済的、社会的要因が軍隊の構造や運用に与えた影響を考察しました。その後も、ロシア革命で共産党を指導したウラジミール・レーニン(Vladimir Lenin 1870-1924)、ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin 1878-1953)もそれぞれに軍事思想に関する考察を書き残しており、特にスターリンの軍事思想はソ連で公式の戦略教義にもなっています。 共産主義の影響を受けた軍事思想の中でも、キッシンジャーは毛沢東の戦略思想に格別な意義があったと考えました。その重要性についてキッシンジャーは著作で次のように論じています。 「ここで注意すべきことは、共産主義の軍事思想の最も優れた理論的論説は、ソ連よりも中共の著作に見られることである。これは偶然ではない。ソ連の膨張は主として政治戦争の巧みな活用と、中欧におけるドイツ勢力の崩壊によって生じた大きな機会のおかげである。しか...

学説紹介 大国に見捨てられるリスク

1949年に署名された北大西洋条約は、米国を中心とする西ヨーロッパ防衛態勢の構築に大きく寄与することになった。その一方で、防衛負担の配分や戦時における作戦行動をめぐって各国の利害が対立する部分もあった。 国力に乏しい中小国が国際社会で自国の安全を確保するためには、大国と同盟を結ぶことが必要となります。大国と同盟を結べば、中小国は自国の兵力よりも大きな兵力をもって攻撃してくる国家に対し、大国に援軍を要請することで、対処することが可能となります。 しかし、中小国の思い通りに大国が常に行動するとは限りません。なぜなら、中小国を支援しようとすることで、大国自身が全面戦争に巻き込まれる恐れがあるためです。 今回は大国が同盟関係にある中小国を見捨てる条件について考えるために、米国の政治学者 ヘンリー・キッシンジャー (Henry Kissinger)の研究を取り上げ、冷戦初期のヨーロッパを防衛するために米国がどれだけの負担を負うべきかを考察した箇所を紹介したいと思います。 米国が同盟国を防衛するにも限界がある ヨーロッパ地域は米国を中心とする北大西洋条約機構と、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構で二分される政治情勢にあり、特に東西ドイツ国境地帯が東西両陣営の勢力圏の重要な境界線となっていた。 冷戦期の西ヨーロッパでは、北大西洋条約機構(NATO)の枠組みの下で、イギリスがドイツに4個師団を、米国は5個師団を駐留させており、その他の同盟国も軍事力を強化していました。しかし、キッシンジャーはこのような中途半端な戦力規模では、ソ連軍の侵略を確実に防ぐ態勢とは言えないと考えていました。 このような戦力の配備が採用された理由として、キッシンジャーは米国で検討されていた戦略理論が局地的な侵略を受けた際に、それを地域紛争として処理するのか、それとも全面戦争として対応するのか不明確であったためだと述べています。 「全面戦争に依存しながら、政治的には地域防衛を公約するという矛盾は、わが連合政策のガンだった。わが戦略理論は、脅威をうけた地域をいかにして護るか、つまりそういう地域を局地的に護るべきか、あるいはそういう地域に対する攻撃を戦争の「原因」として扱うべきか、を決めかねてきた。前者の戦略でゆけば、侵略のおこったところ、つまり少なくともソ連に渡したくない地域で...

文献紹介 限定核戦争のための戦略理論

第二次世界大戦を勝ち抜いた大国が続々と核の開発を成功させると、戦略家たちは核戦争を想定した新たな軍事戦略の研究に着手するようになります。 従来の戦略理論では、作戦地域の決勝点に我が方の戦闘力を集中させることにより、敵を撃破することが可能となると考えられていました。 しかし、東西冷戦という状況の中でこのように核兵器を運用すると、核の応酬が始まってしまい、核戦争を避けることができなくなるという問題点がありました。 今回は、この問題を解決するためには戦略的意図に基づいて制限された武力攻撃が重要であると考えた政治学者 ヘンリー・キッシンジャー の戦略理論を紹介したいと思います。 文献情報 Kissinger, Henry A. 1957. Nuclear Weapons and Foreign Policy , New York: Westview Press.(邦訳、田中武克、桃井真訳『核兵器と外交政策』日本外政学会、1958年) 核が登場してから軍事戦略の研究では核抑止論が主流でしたが、核抑止が失敗した後の問題も依然として重要な課題として検討されていました。著者の関心も抑止に失敗した場合に勃発する核戦争を指導する方法の解明にあったのです。 「核時代における戦略の基本的な問題は抑止政策とそれが失敗した場合に戦争を遂行する戦略の関係を決定する方法であろう」 著者が抱えていた問題意識とは、核戦争を遂行する状況に置かれた場合に従来の軍事戦略の考え方をそのまま適用すると、米国はソ連に屈服するか、それとも全面核戦争を始めるかの二者択一を迫られてしまうということでした。これでは米国の政策上の選択肢を著しく制約されてしまいます。 そこで著者が考案したのは、戦争目的を達成可能な範囲において最小限度の軍事力を使用する戦略理論でした この理論で重要な点は、戦争で達成すべき政治的目的とそこで使用する軍事的手段との関係を慎重に調整することであり、もし戦況によって核の使用が避けられなくなったとしても、全面的な核戦争に至らないように処置するべきだと考えられています。 この戦略理論の特徴を説明するために著者は歴史上の戦争がしばしば限定戦争として遂行されていることを論じています。 「戦争の歴史を見ても大国の間でしばしば限定戦争が発生している。ただし、これら限定戦...