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学説紹介 リアリストから見た国際法―勢力均衡は国際法の血肉である―

国際法という言葉は、あたかも国際社会に国内社会と同じような法体系があるかのような印象を与えるかもしれませんが、両者はまったく異なるものです。 なぜなら、国際法は国内法に伴う強制力が存在せず、それを破ったからといって、無条件に国家の行動が制限されることはないためです。 国際政治学、特にリアリズムの立場から見れば、これは国際法の分権性を示す特徴であり、また国際政治が本質的にアナーキーであることを裏付けてもいます。今回は、この問題に関するモーゲンソーの議論を紹介してみたいと思います。 国際法とは原始的な法体系に似ている モーゲンソーは近代的な国際法の体系が15世紀から16世紀にかけてヨーロッパで出現し、三十年戦争の講和の際に締結されたウェストファリア条約として確立されたとと述べています(モーゲンソー、291頁)。つまり、国際法には少なくとも数百年にわたる発達の歴史があり、国家間の関係を形成する上で影響を及ぼしてきたと認めているのです。 しかし、国際法の影響力を決して過大に評価すべきではないともモーゲンソーは述べており、例えば国際連合憲章のような文章はしばしば無視される場合があると指摘しています(同上、292頁)。その上で次のように述べられています。 「しかし、国際法の存在を認めることは、それが国内法制度と同程度に事項的な法制度であり、より具体的に言えば、国際法が国際情勢における権力闘争を規制して抑制する上で有効だと断定するのと同じことではない。国際法はオーストラリアのアボリジニやカリフォルニア北部のユーロク族のような、文字を持つ以前の社会で一般に見られる法に類似した原始的な類型の法である。それが原始的な類型の法というのは、主としてそれがほとんど完全に分権的な法であるためである」(モーゲンソー、292頁) ここでモーゲンソーが指摘しているのは、国際法が存在したとしても、その国際法が機能するとは限らない、ということです。ここで述べている分権的な法とは、国際社会が単一の権威の下で支配されていないという状態を意味しています。 国内社会とは異なり、国家は自らの権利を自らの実力で守る必要があるのです。 国際法が有効であるための条件とは 分権的な国際法が機能する仕方は国内法とまったく異なりますが、モーゲンソーはそれが国際社会の特徴である分...

学説紹介 対外政策としての帝国主義―武力攻撃だけが現状打破の手段ではない―

帝国主義(imperialism)の定義は論者によってさまざまですが、ここでは国際政治において現状打破を目論む国家の対外政策のことを表しています。 道義的な意味合いを取り除き、対外行動の一形態として帝国主義を捉える見方は政治学者のモーゲンソーによって提案されたものです。 今回は、モーゲンソーが帝国主義をどのように考察していたのかを取り上げ、特に軍事的手段によらずに現状を打破する方法について考えたいと思います。 権力闘争の典型的なパターン モーゲンソーは政治の本質を権力闘争と考え、国際政治、国内政治のいずれの場合も原理は変わらないと考え、次のように述べています。 「国内政治と国際政治は、権力闘争という同一の現象が二つの異なった領域にあらわれたものにすぎない。そのあらわれ方は、それぞれの領域で優勢な道徳的、政治的、社会的な諸条件がことなっているためにちがったものになる」(邦訳、モーゲンソー、43頁) その上でモーゲンソーは権力闘争としての政治には、基本となる3種類の行動パターンが見られると論じます。すなわち、勢力を維持しようとする行動パターン、勢力を増大しようとする行動パターン、そして勢力を誇示しようとする行動パターンです(同上、43頁)。 国際社会における各国の政策はこの3種類のいずれかに含まれるというのがモーゲンソーの議論であり、帝国主義と一般に呼ばれる対外政策は勢力を増大しようとする行動パターンのことなのです。 「これら三つの典型的な政治のパターンには、三つの典型的な国際政策が対応している。ある国家は現状維持政策を追求する。その場合、この国の対外政策は力を保持しようとする傾向をもつが、それは決して力の配分を自分の有利になるように変えるものではない。これに対し、現存の力関係を逆転させることにより、現にもっている以上の力を獲得すること―いいかえれば、対外政策によって力の状況のなかで自国に有利な変更を求めること―をその対外政策の目的とする国家は、帝国主義政策を追求する。また現に有する力を対外政策によって誇示しようとする国家は、カの維持あるいは増大のために威信政策を追求する」(同上、43-44頁) したがって、モーゲンソーは帝国主義を道義的、法的に否定することなく、権力闘争を生き残る上で国家がとり得る政策の一つだと捉えます。このよう...

はじめて学ぶ人のための勢力均衡―モーゲンソーの理論を中心に

勢力均衡(balance of power)は政治学でも特に国際政治の領域で重要な概念と見なされています。なぜなら、勢力均衡の維持は国際社会の平和と安定のための条件として見なされているためです。 ただし、その理解の仕方については諸説あるため、はじめて学ぶ人にとって理解することは簡単なことではありません。 今回は、国際関係論における勢力均衡の概念と、それに依拠したモーゲンソーの理論体系があることを簡単に紹介してみたいと思います。 もともと明確ではなかった勢力均衡の概念 勢力均衡とは、国際政治において主要な地位を持つ国家の力が互いに牽制し合うことで均衡を保っている状態、またはそうした状態を目指した政策と定義できます。 ただし、政治学者の文献を読み比べてみても、勢力均衡はかなり広い意味で用いられている概念ですので、使用する際にはどのような意味で使っているのか十分に注意することが求められます。 この点について英国の政治学者リチャード・リトル(R. Little)は次のように解説しています。 「勢力均衡は国際関係に関する定番の概念として一般に考えられている一方で、それは一般的な用語と同じように社会科学で普通に使われている概念として使われている。しかし、国際関係論の領域外において、勢力均衡は特に論争的なものとはみなされていない。この用語は至るところで使われているが、それは我々の勢力(power)に関する論争的な理解を巧みに変形させた隠喩として用いられているためである」(Little 2011: 129) 歴史的に見ても、マキアヴェリ、グィッチャルディーニ、ヒューム、ヴァッテル、ゲンツなど勢力均衡について論じた著述家は数多く挙げられます。彼らはそれぞれ異なる観点から勢力均衡について考察したので、必然的にその用語の意味するところが少しずつ重なり合いながらも変化してきました。 20世紀に入って国際政治という研究領域が確立されてくると、勢力均衡の定義はより明確化されることになり、次第に勢力均衡に関する理論体系も整ってくることになります。 リアリズムの勢力均衡の理解 モーゲンソー(Hans J. Morgenthau)の『国際政治(Politics among Nations)』は第二次世界大戦が終結した3年後の1948年に初めて刊行され、事後の...

学説紹介 モーゲンソーが考える国力の九要素

国際政治を理解する際には、ある国家と別の国家のどちらが優勢なのかを判断することが重要です。ここを間違えてしまうと、どちらの国家から軍事行動を仕掛ける恐れがあるのかを予測することもできず、また外交交渉によって衝突を回避する場合、どの程度の譲歩が必要なのかを検討することもできません。相対的な勢力関係を見積ることは、こうした問題を考える上で役立ちます。 しかし、国際政治において国家が持つ力は必ずしも単一の要素だけで成り立っているわけではありません。国力は非常に複雑な能力であり、政治的、経済的、外交的、軍事的要素などを考慮する必要があります。今回は、こうした国力に対する理解を深めるため、国際政治の分野で大きな業績を残した政治学者ハンス・モーゲンソー(Hans Morgenthau, 1904-1980)の説を取り上げてみたいと思います。 (1)地理 モーゲンソーの著作『諸国民の政治(Politics among Nations)』(邦訳、『国際政治』)においては、国力の要素として第一に地理が取り上げられています。一言で地理と言っても、国土の面積や形態などさまざまな側面がありますが、モーゲンソーはその一つの例として、地球上のどこに立地しているかによって、その国家が有する能力が決まると考えました。 「国家の力を決定する諸要素のなかで、明らかに地理が最も安定した要素である。例えば、アメリカの大陸領土が、東に3000マイル、西に6000マイル以上の広がりを持っている水域によって他の大陸から隔てられているという事実は、世界におけるアメリカの地位を決定する永続的な要因である」(モーゲンソー『国際政治』120頁) 地理的要因の重要性は輸送手段の発達によって低下したという見方もありますが、技術(例えば、航空機、ミサイル)がどれほど発達したとしても、国家の位置関係に関する重要性が低下していると断定すべきではないというのがモーゲンソーの立場でした。 その見解によれば、アメリカの置かれた地理的環境は確かに変化していますが、だからといってその孤立性がなくないと明確に述べています(同上)。これはアメリカがヨーロッパとアジアから切り離されているという地理的事実が持つ意味合いが多少変化したからといって、アメリカの対外政策を恒久的に制約する要因としての地理を軽視してしまう...

モーゲンソーが考える世論対策の重要性

政治学者ハンス・モーゲンソーは国際関係論の古典『国際政治』の中で国力の一要素に「政府の質」が含まれることを論じましたが、具体的には国力を形成する資源と達成すべき政策目標の調整を行う能力、各種資源の間の均衡を図りつつ調整する能力、そして対外政策を推進するために必要な民衆の支持を獲得する能力の三つに注目していました。 今回は、政治的能力として民衆の支持を得るために世論を指導する能力が重要であるというモーゲンソーの議論を紹介したいと思います。 民主主義における政策決定 モーゲンソーは政府が政策を遂行するために各種国力を動員しようとしてもできない状況というものがあり、これは特に現代の民主主義において重要な問題であると認識していました。 「政府は、その対外政策に対する自国民の承認と、国力の諸要素―これが政策を裏付ける―を動員するためにもくろまれる国内政策への国民の承認を獲得しなければならないのである。このような作業が困難なのは、ある対外政策に対する民衆の支持が得られる条件が、対外政策を首尾よく追及できる条件と必ずしも同一ではないからである」(モーゲンソー、157頁) つまり、対外政策で成功を収めるためには、国内政策で国民の支持を失わざるを得ないという状況があり得るということです。 世論が重視する短期的利害 このような状況が生じる背景には情報の非対称性があるとモーゲンソーは説明しています。つまり、政策決定に関与する政治家とその政治家を評価する民衆の間には判断基準において大きな相違があり、共通の視点から国益を考えることを妨げるということです。 そのため政治家は対外的必要性と対内的必要性の両方を同時に判断し、政策決定においては両者の妥協点がどこにあるのかを見極めなければなりません。 「民衆の気持ちは、政治家の考えが優れた特性を持っているのだと、ということに気付かず、たいていの場合、絶対善とか絶対悪とかいった単純な道義主義的かつ法万能主義的な観点からものを判断している。政治家は長期的な見方をとり、ゆっくりと遠回りして進み、大きな利益を得るために小さな損失を支払わなければならない。すなわち政治家は、曖昧な態度をとったり、妥協したり、よい時機を待ったりすることができなければならない。民衆の気持ちは早急な成果を求める。すなわち、今日の表面的な利益のために明日...