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論文紹介 軍事学者マキアヴェリの業績は何か

イタリアのルネサンスは物理学や哲学、芸術などの発達を促しましたが、軍事学もまたそうした恩恵を受けて発展した学問の一つです。 特にニッコロ・マキアヴェリ(1469-1527)の研究はこの時代に近代的な軍事学の基礎をもたらしたとされており、戦争を合理的、体系的に分析するための出発点を残してくれました。 今回は、フェリックス・ギルバートのマキアヴェリ研究を取り上げ、その歴史的な重要性について考察してみたいと思います。 文献情報 フェリックス・ギルバート、山田積昭訳「戦術のルネサンス マキアヴェリ」エドワード・ミード・アール編著、山田積昭、石塚栄、伊藤博邦訳『新戦略の創始者 マキアヴェリからヒトラーまで』上巻、原書房、2011年、10-39頁 マキアヴェリの業績を振り返る フィレンツェの街並み、16世紀のフィレンツェは政権を握っていたメディチ家による文化振興の成果により科学や芸術が飛躍的に発達していたが、傭兵軍に国防を依存していたため、イタリア全土で戦火が広がると、メディチ家は追放され、共和政が樹立された。 ルネサンスはさまざまな文化活動に影響を与えましたが、人文・社会科学の方面における影響としてはギリシア・ローマの古典に関する知的関心が復活したことが挙げられます。 マキアヴェリも古代ギリシア・ローマ史の研究に取り組むのですが、特に彼は古代ローマの軍事制度の価値を再発見し、これを当時のイタリアで再構築することができないかと考えるようになっていきました。 「マキアヴェリは復古主義の子である。マキアヴェリはその意見の正当さを証明する方法として、その根拠を昔の世界に求め、その手法が全巻を通じて用いられている。マキアヴェリがその理論の根拠としたのはローマの軍隊であったということである。したがってマキアヴェリの著作はその大部分をローマの軍事的制度の説明に費やしている」(ギルバート、26頁) しかし、マキアヴェリが単なる古代史の専門家だったわけではなく、彼の軍事思想には古代の軍事思想家に見られない要素、すなわち戦闘の重要性に関する考察が随所に含まれていました。 著者はこれがマキアヴェリ独自の要素であると指摘しています。 「彼は明らかに古代軍事学の復興を主な仕事と考えていたので、このことはとくに注目に値する。ヴェゲティウスとの最も大きなちがい...

学説紹介 国土に人口を分散配置せよ―マキアヴェリの考察―

ニッコロ・マキアヴェリの政治思想の特徴は、首尾一貫して実用主義的、実践的な態度で国家の統治方法を論じていることです。 政治家として成功したいのであれば、道徳的に批判される行為でもあえて行うべき状況があり、政治家は尊敬されるよりも恐れられた方がよい、と彼が論じたことはよく知られています。 今回は、そんなマキアヴェリが人口という問題についてどのように考察していたのかを紹介し、特に人口の計画的な配置が国家政策にとってどのような意味を持つのかを考察してみたいと思います。 人口配置を考慮した古代の国家政策の事例 2世紀中葉におけるローマ帝国の植民地の位置を示した地図。ローマを中心としながら勢力圏の拡大に応じて辺境の広範囲に入植していることが分かる。 Cresthaven.2015. Romancoloniae. マキアヴェリの議論には古代史への言及が数多く見られます。 人口の問題に関してもマキアヴェリは古代の君主国や共和国の制度に注目するところから論じ始めています。 「古代の共和国や君主国の偉大で驚嘆すべき制度の中には多くの防備集落や都市が新たに建設される際に、今日では消滅してしまっているが、当時は常に採用されていた制度があった。というのは、最高の君主にとっても、秩序の整った共和国にとっても人々が安心して防衛と耕作ができるように、避難できる防備集落を新たに建設するという統治の制度にまさるものはなかったし、どの地方にとっても、それより有益なものはなかったからである」(マキァヴェッリ、133頁) ここで述べられているのは、古代における国家がその領土を拡張していく典型的なパターンとして地方に「防備集落」という拠点を構築していくことが一般的だったということです。 防備集落は平時においては地方行政の中心であり、また戦時には国境警備に当たる陣地としても活用することができます。 さらにマキアヴェリは、「この制度は、新たな防備集落を建設する原因となったのみならず、敗者の土地を確実に勝者のものにし、無人の土地を住民で満たし、各地方に人々をうまく配分したのである」(同上、133-4頁)と述べており、国土の各地方に拠点を配置することの利点が、軍事と経済の両方面に及ぶということを強調しています。 なぜ人口を国土に広く分散させるべきか ロ...

マキアヴェリから権力者への助言

政治家にとって権力を保持すること以上に重要なことなど存在するのでしょうか。 もし一旦権力を奪われれば、自分が望む政策を実行することも、自分を支持する人々を味方に繋ぎとめることも、政敵の合法的、非合法的な攻撃から身を護ることもできなくなります。 政治家にとって権力は重要な目標であるからこそ、古来より政治学者は権力を掌握する方法やそれを奪取する方法について考察してきたのです。 今回は、この問題を考えるために、政治家がその地位を守り通すための手法に関する政治哲学者ニッコロ・マキアヴェリの考察を紹介したいと思います。 味方を増やし、敵を封じ込める 1492年、グラナダは2年間にわたる攻囲を受けた末にスペインに降伏した。 左で騎乗した人物がグラナダ国王ボアブディル、中央で騎乗しているのがフェルディナント五世。 国家を統治する政治家の職務の基本は政策の立案、執行および評価であり、国民一般はその事業の成果によって利益を得ることが期待されます。 そのため、マキアヴェリも良い政策を遂行し、その事業で成果を上げることができれば、その政治家は名声を高め、支持を盤石なものにできると考えていました。 ただし、良い政策を行っていればそれでよいというわけではなく、マキアヴェリはその政策によって自分の政敵の動きを封じることが重要であることも示唆しています。 マキアヴェリはスペイン国王のフェルナンド五世(1452-1516)が当初はわずかな勢力しか持たないにもかかわらず、強大な権力を獲得できた理由について次のように説明しています。 フェルナンド五世はシチリア、カスティーリャの統治権を獲得すると、当時イベリア半島南部を領有していたイスラム王朝のグラナダ王国との戦争に踏み切りました。 英仏百年戦争で軍務の経験を積んでいたフェルナンド五世が戦争によって長年の国土回復を実現する見通しを持っていましたが、それだけでなくスペイン国内でしばしば国王に歯向かってくる地方貴族の注意を対外戦争へと向ける効果があったのです。 「当初はゆっくりと、そして疑念から邪魔が入らないようにフェルナンドは攻撃を続け、カスティーリャの封建領主の気持ちをそちらへと向けさせておいた。その戦争に気を取られて、彼らが反乱を起こすことなどを思いつかないようにしたのである。そして、その間にフェルディナ...