1919年から1939年の20年間は各国で航空戦力の増強が飛躍的に進んだ時代に当たります。 第一次世界大戦で得られた航空戦の教訓を踏まえ、空軍の役割が活発に議論されたのもこの時期のことです。 当時、専門家の議論をリードした著作が ジュリオ・ドゥーエ の『制空』だったのですが、一方で世界中の空軍士官が彼の戦略思想に傾倒していたというわけでもありませんでした。 今回は、戦間期におけるイギリスとドイツの戦略思想を比較した研究を紹介し、両国の空軍がそれぞれ異なる発展の道を歩んだ歴史的経緯について考察したいと思います。 文献紹介 Murray, Williamson. 1980. "British and German Air Doctrine Between the Wars." Air University Review , 31: 39-57. イギリスとドイツで違った航空戦略 ジュリオ・ドゥーエ(1869-1930) イタリアの軍人、将来の戦争では戦略爆撃の意義が大きくなると主張し、陸海軍から独立した空軍の創設を働きかけた。 この論文の著者は、ドゥーエが航空戦略の先駆者として歴史上、重要な役割を果たしたことを認めていますが、その一方で彼が敵国の政経中枢に対する戦略爆撃(strategic bombing)こそが空軍の最重要任務だと強調するあまり、それ以外の任務を軽視する傾向にあったと批判もしてもいます。 著者の見解によれば、空軍の発達は各国の事情、特に地理的要因によって大きく異なるものでした。 そのため、一概に戦略爆撃だけが空軍の最重要課題であるかのように議論するわけにはいかず、航空偵察や近接航空支援といった陸軍や海軍との統合運用についても考慮すべきという立場を取っています。 このような視点から、著者はイギリス空軍の特徴を次のように述べています。 「まったく異なった戦略的要請から、独特な航空戦略と多様なエアパワー概念が導き出されたことに注意しておかなければならない。イギリス人は、島国に住んでおり、ヨーロッパ最大の海軍を保有しているため、戦略爆撃について考えるだけの余力があった。第一に、イギリスに対して敵が打撃を加えることが可能な手段は航空戦力だけであった。そのため、戦間期を通じてブリテン諸島に対...
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