第四次中東戦争は、政治的観点から考えてみると非常に奇妙な戦争です。 エジプト(およびシリア)はイスラエルに軍事的敗北を喫したはずなのですが、当時の政府は国際社会で高い評価を受け、米国との外交関係の改善にも成功し、しかもその後の外交交渉でイスラエルからシナイ半島を取り戻しているのです。 今回は、第四次中東戦争の概要を紹介した上で、冷戦の研究で世界的に知られる歴史学者ジョン・ギャディス(John L. Gaddis)による考察に沿って、第四次中東戦争におけるエジプトの大統領アンワル・サダト(Muhammad Anwar al-Sādāt 1918-1981)がどのような対外政策をとったのかを説明したいと思います。 第四次中東戦争の概要 中東戦争でイスラエル(青色)と敵対関係にあったアラブ諸国(緑色)の位置関係 この地図ではシナイ半島はまだエジプトの支配下だが、第三次中東戦争でスエズ運河の線までイスラエルに奪われた。 第四次中東戦争は、1973年10月6日から24日にわたって続いたイスラエルとアラブ諸国の戦争です。 エジプトはすでに1967年の第三次中東戦争でイスラエルに敗れており、その結果シナイ半島をイスラエルに奪われてしまいます。 当時、エジプトを指導していた大統領ガマール・ナセル(Gamal Abdel Nasser 1918-1970)は継続的にシナイ半島に配備されたイスラエル軍の部隊に対する砲撃や爆撃を継続的に繰り返していました。 しかし、1970年にナセルが死去すると、ナセル政権での副大統領だったアンワル・サダトが大統領に就任することになります。 政権を掌握したサダトは、ナセルが残したシナイ半島の奪回という課題に取り組みました。 そこで構想された作戦が、シリアとの共同作戦によってイスラエルを南北から奇襲する外線作戦であり、この作戦は1973年10月6日に実行に移されます(松村『世界全戦争史』2494頁)。 この日はユダヤ歴の祭日だったこともあり、イスラエル軍は初動の対応が遅れてしまいました。そのためエジプト軍の先制は大きな戦果を上げることができ、中盤までは優勢に戦いを進めていきました。 しかし、10月9日以降のイスラエルの戦略爆撃の開始で戦局が徐々に変化していきました(同上、2497頁)。 この戦機を...
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