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2018年7月23日月曜日

学説紹介 いかにリアリズムとリベラリズムを使い分けるべきか

リアリズムとリベラリズムは国際政治学で最も初歩的、基礎的な理論モデルとして位置付けられています。
いずれも国際政治における対外行動を説明、予測するためのモデルなのですが、それぞれ前提とする条件に違いがあるため、分析に適用する際には注意が必要です。

今回は政治学の入門者のために、モデル構築の前提の違いに注目した政治学者のジョセフ・ナイの解説を紹介し、どのような状況で使い分けるべきなのか、また使い分けることが難しい場合がどのようなものかを説明したいと思います。

リアリズムとリベラリズムの前提の違い

はじめにナイは、リアリズムとリベラリズム(厳密には複合的相互依存)のモデルが異なる前提に依拠することを説明しています。

その説明によれば、リアリズムには三つの基本的前提があり、それは(1)国家がただ一つの行為主体であり、(2)軍事力こそ重要な手段であること、(3)安全保障が主な政策上の目標であることだと考えられています(ナイ、270頁)。

リベラリズムはこれらの前提を逆転させることで導き出すことができます。

つまり、(1)国家だけでなく、非国家主体も国際政治の行為主体として考えるべきであり、(2)経済政策や国際制度の活用が重要な手段として使われること、(3)安全保障よりもむしろ国民の福祉が追及されることが、リベラリズムの基本的前提といえます(同上)。

つまり、リアリズムとリベラリズムは相補的な関係にある学説であり、それぞれ異なる条件から異なる結果を予測しているのです。

例えば、領土問題を抱えるインドとパキスタンの外交関係を分析する場合にはリアリズムが適切ですが、欧州連合を通じて共通の利害を持つフランスとドイツの外交関係を分析するならリベラリズムの枠組みの方が適合しやすいというように、その時々の国家間の状況によって適用すべきモデルを使い分ける必要が出てきます。

二面性があるアメリカと中国の関係

しかし、分析が一筋縄ではいかない場合もあります。
特に現代のアメリカと中国の関係を分析する際には、リアリズムとリベラリズムの両方の視点が必要になります。

このことについてはナイも説明しています。
まず、アメリカは中国に対する巨額の貿易赤字を抱えていますが、アメリカは中国から禁輸措置を受けたとしても、他国から輸入できるという利点も持っているため、双方とも裏切るより協力した方がよいと判断するだけの条件が整っています(同上、271頁)。

ただし、中国は軍事力を急速に拡張しており、東アジアの勢力均衡を変えようとしているとの認識が持たれています。
特に1996年以後の日米安全保障体制の再構築に見られるように、アメリカとしても近隣諸国と連携し、中国が海洋正面に進出することを食い止める動きを見せています(同上)

以上のことから、米中関係を理解する際には、複数の争点が複雑に組み合わさっていることを分析する必要があり、安全保障上の敵対関係が直ちに全面的な敵対関係に発展することを防ぐような共通の利益もあることを考慮しなければなりません。

このような場合、リアリズムとリベラリズムのモデルを使い分けることは難しくなるため、政治学者の間でも見解の相違が大きくなります。

最近の米中関係をめぐる議論で、東アジアの覇権をめぐって敵対する可能性を重視する論者と、中国と米国が共存できる可能性を重視する論者に分かれているのも、この分析対象に対して適応されているモデルが一定ではないことも関係しています。

むすびにかえて

国際政治学は他の社会科学と同じように不完全な科学であり、発展途上の領域が数多く残されています。
そのため、理論モデルといっても、それですべての事象の説明がつくわけでも、予測が可能になるわけでもありません。

また、ここではリアリズムとリベラリズムの理論的特性を単純化した上で説明してきましたが、より詳細に見ると両者の理論モデルの内容はより細かく分けて議論することもできます。
例えば、ネオクラシカル・リアリズムのように国家の対外行動を国内政治の観点から説明するモデルもあれば、制度論的リベラリズムのように国際法、国際規範による対外行動の規制を重視するモデルもあります。

とはいうものの、国際情勢について学ぶ人にとってリアリズムとリベラリズムの基礎を押さえておけば、敵対勢力に対しては軍事力で対抗し、友好関係にある国とは経済協力を強化するといった対外政策の基本的な考え方を理解できるようになると思います。

KT

参考文献
ジョセフ・S・ナイ・ジュニア『国際紛争』原書7版、有斐閣、2009年(注意、原書最新版をお求めの場合は第10版を確認してください)