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2018年7月14日土曜日

学説紹介 経済的平等が軍隊を強くする―モンテスキューの考察―

18世紀フランスの思想家モンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu、1689年 - 1755年)は政治学の歴史で三権分立を唱えたことで知られています。

しかし、モンテスキューの思想は三権分立にとどまるものではなく、ある国家が世界で一大勢力に発展するには、軍隊が優秀でなければならず、古代ローマが滅亡した要因も、その軍隊が弱体化したことにあったなどと考えていました。

今回は、ローマ軍が弱体化した理由に関するモンテスキューの考察を取り上げ、格差の拡大、つまり国内における経済的不平等が拡大したためだという議論を紹介しましょう。

ローマは戦争によって発展を遂げた

ローマはティレニア海に注ぐテヴェレ川の河口からおよそ25kmほどさかのぼった丘陵地帯に立地する都市国家であり、その国土に平野部は少なく、人口が増加するにつれて農地が不足しやすいという弱点を抱えていました。

そのため、ローマが大国に発展するには、戦争によって周辺諸民族を征服し、新たな土地を併合することが求められました。この点についてモンテスキューは次のように述べています。
「ところで、戦争は大抵の場合人民にとって好ましいものであった。というのは、戦利品を巧妙に分配することによって、戦争を人民にとって有用なものとする方途が見出されていたからである。
 ローマは商業をもたず、またほとんど工芸ももたない都市であったので、略奪が個々人にとって富を得るためにとりうる唯一の手段であった」(モンテスキュー、18頁)
モンテスキューはローマが多くの戦争を経験していたから軍事大国になれたと主張しているわけではありません。

モンテスキューが重視しているのは、戦争で得た資産を配分するメカニズムがよく工夫されており、市民に幅広い恩恵をもたらすようになっていたということです。

紀元前509年にローマで王制が廃されるのは紀元前509年のことであり、それ以来ローマ人は任期付きの執政官に権力を付与する共和制を採用してきました。

共和制それ自体が平等を確証するわけではありませんが、モンテスキューにとって共和政ローマでは少なくとも相対的に土地の分配で公平さを維持するように注意が払われていました。

経済的平等の実現は社会保障のテーマで考えがちですが、モンテスキューはこの政策がローマ軍の強さの源泉となっていたと考えたのです。

つまり、あらゆる市民に一定程度の財産を持たせることで、市民団を一つに団結させ、国防のために貢献する動機づけを強化していたというのです。

財産の再配分を通じて軍事への貢献を強化した

ローマ人は征服した土地を公有地と私有地に二分し、私有地を貧しい公民に配分し、その代わりに地代を国庫に納付する義務を負わせていたとモンテスキューは説明しています(同上、18-9頁)。

いわば、戦争で勝利を重ねるたびにローマでは貧しい市民に土地を与える救済策がとられていたのであって、これは市民の間の不公平を是正するだけでなく、士気を高める効果がありました。
「古代共和国の創設者は土地を平等に分配した。これによってのみ、人民は強力になりえた。すなわち、社会はよく統制されることができたのである。また、これによってこそ、よき軍隊が作られ、各人が祖国を防衛するために、等しく、かつ非常に大きな関心を持つことができたのである」(同上、35頁)
共和政のローマは歩兵を中心とする軍隊を保有しており、その戦闘効率を高く維持するには、厳格な規律と高度な訓練が求められました。

まとまった財産もなく、国庫に納税できる収入もなく、その日を生きるだけで精一杯の住民であれば、戦争になっても国家のために戦うことは不可能です。

そのような人々は、戦場に出ても脱走した方が合理的だと考えるでしょうし、場合によっては敵に通じることさえ考えるかもしれません。

しかし、経済的に余裕を持つ市民であれば、従軍するため一致団結する必要性を理解することも可能です。いわば、ローマは市民が軍事的に貢献することを土地の配分という経済的な誘因(インセンティブ)で促していたのです。

モンテスキューは「あれほどの慎重さでもって戦争を準備し、あれほどの大胆さでもって戦った民族は決していなかった」とローマ軍の強さを高く評価しますが、それは軍隊それ自体の強さというよりも、国家の制度が巧みに運営されていたためだと考えていました(同上、30頁)。

貧富の格差が広がり、市民の美徳は損なわれた

しかし、ローマの経済発展が進むにつれて、ローマ軍の様子は変わり始めます。規律は悪化し、団結も弱化するなど、戦闘能力の低下が見られるようになります。

その要因としてモンテスキューが指摘するのが、市民の間で広がった所得の格差です。
「法律が厳格に順守されなくなると、ある人々の貪欲さ、他の人々の浪費によって、土地は僅かの人間の手に移った」(同上、35頁)。
大地主になった一部の市民が奴隷を使って大規模な農園を経営し始めると、ますます中小農民の市民の事業はますます圧迫され、貧富の格差は広がっていきました。

これがモンテスキューにとって問題なのは、貧困や不公正が道徳的に悪いという理由よりも、戦争が勃発した際に、国防のために貢献しようとする市民がいなくなることにありました。
そうなれば、国家は軍事力の整備で傭兵や外国軍への依存を強めざるを得なくなります。

富裕層は日頃から贅沢に慣れているため、能力の面で国防の役に立たない、とモンテスキューは書き残しましたが(同上、35-6頁)、問題は彼らの軍事的な無能さだけではありません。

より致命的なのは、富裕層の多くが企業家として振る舞うようになるため、「本来的に祖国をもたず、あらゆるところで自分の職業をいかすことができたから、失うものも、守るべきものもほとんど持っていなかった」ことであり、いわば命を懸けてでも国を守るように動機づけられていなかったことでした(同上、36頁)。

財産を失った貧困層はその日暮らしに追われるため、政治への関心を失い、防衛意識もなくなります。
しかも、富裕層と貧困層は社会の中で隔絶されており、共通の利害を持たないため、互いに国家の防衛のために自分を犠牲にしようとは思いません。

こうした社会状況が放置された結果として、ローマの防衛体制はますます空洞化していき、傭兵への依存を招いたというのがモンテスキューの考えです。

まとめ

貧富の格差が社会の分断だけでなく、軍隊の劣化、そして長期的に国家の滅亡をもたらす要因になると指摘したのはモンテスキューだけではありません。

格差の拡大が国家を危険な状態に晒すことは、アリストテレスの時代から繰り返し論じられている問題であり、マキアヴェッリは外国軍や傭兵に依存すれば、国防は必ず危うくなると強調しています。

こうした議論があったことを知れば、モンテスキューの主張は、さほど突飛なものでも、目新しいものでもありません。
しかし、貧富の格差という問題を軍事力の効率と直接的に結び付けて考えたという意味でモンテスキューの議論には独創性があったのだと思います。
現代の軍事社会学の観点から見ても、こうした視点は参考になるところが多いと思います。

所得政策を実施し、所得格差を是正することを通じて、社会の一体性と国家への忠誠心を確保することも、長期の観点で見れば国防政策の一部であり、またそのようにあるべきだともいえるでしょう。

KT

関連項目
学説紹介 アリストテレスが語る、政治の逆説的論理
学説紹介 国土に人口を分散配置せよ―マキアヴェリの考察―
学説紹介 モーゲンソーが考える国力の九要素

参考文献
モンテスキュー『ローマ人盛衰原因論』田中治男、栗田伸子訳、岩波書店、1989年