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2018年5月11日金曜日

学説紹介 戦略情報が劣化しやすい理由

情報(インテリジェンス、intelligence)とは、国内外の政策、戦略、作戦、戦術の立案、実施、評価を改善することを目的として作成された知識のことです。

情報は軍事学の歴史において最も長い歴史を持つ研究領域でもあり、情報の優劣は戦争の勝敗を左右するほど重要だと考えられています。

今回は、情報を提供する側と、それを利用する側との関係を考察したケントの古典的学説を紹介し、戦略情報が陥りがちな問題について考えてみましょう。

消費者を無視した情報は無益である

シャーマン・ケント(Sherman Kent, 1903-86)もともとイェール大学で歴史学を教えていたが、第二次世界大戦が勃発してから米国の情報機関に入り、戦後も中央情報局で勤務した。
シャーマン・ケント(Sherman Kent, 1903-86)は第二次世界大戦で情報調整局(後の戦略事務局)に入り、戦後には中央情報局で勤務した情報分析の専門家です。
彼の著作は情報作戦の研究において評価が高く、現代においても基本文献として大きな価値があります。

ケントの議論で特に注目すべきは、情報の生産者(つまり情報分析官)と消費者(政策決定者など)との関係を処理する方法に関するものです。
そこで著者は生産者が消費者のニーズを的確に把握することに最大限の注意を払うように促しています。
「本書の主要命題の一つは次のように要約できるだろう。すなわち、ここで議論される類の知識が完全、正確かつ時宜を得たものでないとしたら、また、顕在化した問題や顕在化するであろう問題に適用し得るものでないとしたら、そのような知識は役に立たない、ということである。この命題において認識されるのが、インテリジェンスとは知識のための知識ではなく、行動を起こすための実務的な知識であるという事実である」(ケント、邦訳、235頁)
情報は本質的に知識のための知識ではなく、行動を起こすための知識であるというケントの議論に従うなら、当然のこととして情報の生産者と消費者との間に緊密な関係を築くべきでしょう。

ケントはこの望ましい関係を説明するために「指南」を受けることが重要だと論じています。

指南を通じて情報要求を把握することの意義

ケントが述べる「指南」とは、目標の選定や計画の立案といった活動を担う担当者からの要請を受け取り、それを吟味することです。

この「指南」によって情報機関ははじめて適切な情報を提供することが可能となるものとケントは考えています。
「指南の必要性は明白である。なぜなら、行動が計画実行される場からインテリジェンス要員が隔絶されるようなことがあれば、その職員が生産する知識は相手のニーズを満たすことがないからである」(同上)
もし、何が重要で、何が重要でないのかという優先順位が誤っていれば、情報機関は肝心の意思決定を改善できる情報を提示できなくなります。

ケントは指南が不適切な場合に起きる二つの弊害について次のように論じています。
「決まった形式と質を伴ったインテリジェンスを配布するには、世界中の知識のほぼすべてを体系化し、その更新を行えるほど多数の調査職員を要するだろう。それほど多数の調査職員を擁したとしても、インテリジェンスが次の業務について何らかの事前通告を受けられなければ、所定の成果を達成できるかどうかは疑わしいのである。
 第二に、迅速で時宜性ある指南が欠乏することは、インテリジェンスを苦しめ得る最悪の病へと導く主要因である。それは無責任という病である。インテリジェンスは達成すべき物事に参画する意欲を喪失し、強力に対する至極当然の貢献をなす意欲も失ってしまう」(同上、238頁)
前者の弊害は短期的なものですが、後者の弊害は長期的であり、しかも致命的なものです。

高い品質の情報を供給し続けるために顧客と絶えず接触し、そのニーズを知るための指南を受けることは、情報分析の重要な一部として考えることが重要です。

消費者から離れるほど、情報は劣化する傾向にある

1941年の真珠湾攻撃は戦略的奇襲の事例としてよく知られている。当時の米軍はいくつかの兆候を示す情報資料を把握していたものの、それを戦略情報として活用し、適切な対応をとることができなかった。
ケントは実務の経験を踏まえ、この適切な指南を受けることができなくなる場所で情報が劣化する傾向があることを理解していました。
「戦時には前線に近ければ近いほど、部隊などの行動単位が小規模であればあるほど、生産者と消費者の関係は良好となり、指南も鋭敏になる。他方、前線から遠ければ遠いほど、行動単位が大規模であればあるほど、指南は劣化してしまう。平時には前線に匹敵するような状況はほとんどない。あったとしても、こちら側の人間をすべて味方や仲間にしてしまうような共通の物理的危険要素がないのである」(同上、251頁)
つまり、戦術情報や作戦情報に比べると、戦略情報にはそもそも劣化しやすい傾向性があるということです。
しかも、それは人員や予算の拡充といった方法で解決できない性質の問題であり、指南を受けることが難しいという状況に原因があるのです。

ケントが懸念しているのは、指南が不十分な情報分析官にありがちな無気力な態度であり、それは命をかけるのが自分自身ではないにもかかわらず、どうして完璧な仕事をする必要があるのだろうかという他人まかせな言動に繋がります。

当然、このような仕事に対する姿勢は、情報の生産者と消費者の関係を悪化させることになり、指南のための接触はますます減少します。これが劣悪な戦略情報が生み出される要因だというのがケントの指摘です。

むすびにかえて

戦争において情報の重要性を知らない人はほとんどいません。しかし、適切な情報を得るためにどのような資源、組織、方法が必要なのか、何に気を付ければよいのかを知っている人はそれほど多くないのが実情です。

ケントの情報に関する考察はこうした空白を埋めるためのものであり、情報分析に関する人だけでなく、情報分析を求める人にも知られる価値があるものです。

ケントの議論は、情報機関が任務を遂行する最初の段階から適切な「指南」を受けることで情報要求をはっきりさせておかなければならないことを明らかにしています。

しかし、現場不在の人物が総合的、長期的な観点から戦略情報を作成しなければならない場合、適切な「指南」を受けることは困難になります。
前線で戦う人々からすると、そのような人物に信頼を置くことは難しく、実情を話すことはためらわれるものです。

戦略情報は作戦情報や戦術情報よりもはるかに大きな重要性を持っており、その内容を改善することは極めて大事なことです。だからこそ、その内容が諸事情によって劣化しやすいことを理解しておかなければならないでしょう。

KT